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 対する先輩は、にこりと笑って片手を挙げる。人の好さそうな笑みだった。 「上月は有名人だからね。キミのことを知らない人間は、学内にいない」 「……そうですか」  納得したような声をあげるけど、亜玲は先輩をにらんでいる。  そして、亜玲の視線は先輩の腕に移動した。先輩の腕は、俺の腰に回ったままだ。 「祈に触るな」  地を這うような低い声で、亜玲が先輩に命じる。  俺ははっとして亜玲をなだめようとした。でも、ほかでもない先輩が俺を止めた。 「キミは祈のなにかな? 彼氏面、やめたほうがいいんじゃない?」  明らかな挑発だった。  亜玲が人の挑発に乗ることはめったにない。飄々と躱してしまう……はずだった。 「……なに? あんたが祈の次の恋人?」  顔をしかめ、亜玲が先輩をにらむ。先輩は余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。 「もし、正解だったらどうするの?」 「あんたを引きはがす」 「だけど、僕はなにがあっても祈を裏切らないよ。――歴代の恋人みたいに、ね」  先輩がすっと目を細めた。亜玲が息を呑んで、先輩から顔を逸らす。  その後、小さく舌打ち。いつもの亜玲らしくない態度に、俺の心臓が嫌な音を鳴らす。  亜玲は逃げるように先輩に背中を向ける。 「しっかり考えたほうがよかったよ。……キミがしていることは、なんの解決策にもなってないってね」  背中に強く告げた先輩は、俺の腰を抱き寄せる。なんだか、普段より先輩と俺の距離が近い。 「キミは賢いから、本当はわかっているはずだ。――こんなことをしても、自分が幸せになることはないってさ」  言葉を背中にかけられ、亜玲は逃げ出すように駆けていく。小さくなっていく背中は、どこかさみしそうで。 (――亜玲)  胸がきゅうっと締め付けられるみたいだ。  俺は、どうするべきなんだろう。何度も何度も、思考が同じところをループしている。答えが、見つからない。  亜玲がいなくなった場所を見つめていると、一人の男がこちらに近づいてきた。……あ、城川だ。 「……亜玲先輩、どこか行っちゃったんだけど」  上目遣いになりながら、城川は俺をにらむ。愛らしい顔立ちにこれでもかと敵意がこもっていた。 「亜玲先輩と一緒にお茶をする予定だったのに、どうしてくれるんだよ!」  俺にぐっと詰め寄って、城川が耳元で叫ぶ。そんなこと、俺に言われても……という感じだ。 (というか、これ俺のせいじゃないだろ――!)  駄々っ子のようなことを言い続ける城川に、俺はあきれていた。話を聞き流しつつ、場が収まるを待つ。  しかし、その態度が余計に城川をイラつかせたらしい。城川は思い切り手を振り上げて――俺の頬を叩いた。  パシンっ! ――という小気味よい音が、あたりに響く。頬をぶたれた俺は、呆然とたたかれた頬に触れる。  瞬きを繰り返す。城川を見ると、あいつ自身もなにをしたのかわかっていないみたいだった。  そして、見る見るうちに城川の目に涙がたまった。愛らしい双眸で俺をにらんだかと思うと、踵を返して駆けていく。 「し、ろかわ!」  名前を呼んで、追いかけようとした。  でも、肩をつかまれた。俺を止めたのは先輩だった。 「行かないほうがいい」 「ですけど、放っておくなんて」 「祈が行っても逆効果だ。だから、ここは僕に任せて」  先輩は俺の肩をぽんと軽くたたくと、城川を追いかける。 (俺、迷惑ばっかりかけてるな)  こうやって先輩にたくさんの迷惑をかけて。亜玲や城川を振り回している。  自分の気持ちがわからないだけで、こんなにたくさんの人を振り回している。 (俺、きちんと亜玲に向き合うって決めたはずなのに)  まだ、中途半端な気持ちでいたのだろう。今更、実感した。

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