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3話 悪役令息と幼なじみたち「第一回ルーファスを応援す会」
ルーファスはサッシャの寮の部屋を出てから、学園内にある馬車止まりに向かった。手に触れたサッシャの柔らかい肌の感触がまだ残っているようで、思わず手を開いて見てしまう。
そしてぐっとその手を握りしめながら、足早に歩く。サッシャから悪役令息という役割を与えられたので、早急に行動しなければならない。
ふと前を見れば、キンケイド家の馬車が停まっている場所に人影が見えた。
「何故先に帰ってない?」
そこにいたのは第三王子を筆頭に四人いる幼なじみたちだ。
ルーファスの疑問に四人は次々と答えてきた。
「あんな風に連れ去られて、帰れるわけないだろ」
騎士団長の末っ子、リース・ハルベリーが肩を組んできた。
「こんなに面白いことを見逃すほど愚かではありませんよ」
宰相の次男、タルベット・カーヤがメガネを人差し指で上げながら面白そうに笑う。
「あの子が欲しいなら、俺の作った惚れ薬使う?」
法務大臣の甥であり、薬学の世界ですでに名を上げているアンドリュー・ダンカンがポケットから怪しげな小瓶を差し出してきたが、使う必要性が感じられず首を横に振って断る。
「みんなの意見が出揃ったね。とりあえず場所を移して詳しく聞くよ。第一回ルーファスを応援する会だ」
金色の巻毛を揺らしたこの国の第三王子、ローラント・エル・ニーラサが絶対逃さないと言わんばかりに、馬車を指差して告げる。
この四人は幼い頃から一緒にいる幼なじみたちであり、将来的に第三王子の側近となるべく育てられた、いわば悪友どもだ。
ルーファスが何か言う前に馬車に押し込められ、王城に連行されたのだった。
王城に移動して王子の居室にあるソファーに座らせられる。すぐにお茶が運ばれ侍女が下がると、ローラントと幼なじみたちは茶を見向きもせず身を乗り出してくる。
「で、ちゃんと告白してきたの?」
そう言ったのはローラントだった。
「何の話だ?」
訳がわからずそう聞き返せば、不満げな答えが返ってくる。
「一時間以上もあの子とふたりでいて、何もせずに帰ってきたわけ?」
ローラントの驚きにルーファスはカップに手を伸ばして茶を口にする。王子に出すお茶なので、品質は最高級の物だろうが、美味いとも何とも思わない。ただ喉を潤すだけの物だ。
サッシャが作ったクッキーは本当に美味しくて一枚も逃したくなかった。サッシャの指で摘んでいる分も欲しかったが、それはサッシャが食べてしまい残念に思った。他のクッキーを勧められ数枚あったクッキーはあっという間に胃の中に入り無くなってしまった。
美味しくてたまらず、出来ればもっと食べたかった。
「……あ」
ポケットから取り出した真っ白なハンカチに包まれた物は、サッシャがローラントへ渡そうとしていたクッキーだ。
勉強机の引き出しに入れられていた油紙はきっと、厨房でもらった物だろう。そしてこのハンカチはサッシャの私物のはずだ。学園生活に必要なものは物資で与えられているはずだが、特待生は贅沢をしないことを知っている。数少ないハンカチをクッキーを包むために使ってしまったサッシャを思い、何だか訳の分からない感情が湧き上がる。
「国は、特待生に対して少し放置気味ではないか。衣食住だけでは保障が足りないのでは? こんな風に菓子を食いたくなってもそれを得る金銭がない」
「ああ、確かにそれは以前も議題に上がったことがあるが、金銭を渡すことを渋る者もいてね」
「そのリストがあるならくれ」
「……えっと、何があったのか話してくれる?」
リストを使って何をやるのかわからないから、渡せないなと言いつつ、ローラントは話の続きを促す。
ルーファスは金銭的に不自由な特待生たちは、勉学をおろそかにしない為と言うことで学園生活に必要な衣服住を与えられているが、寮で三度の食事以外を得ることが出来ないことを話す。貴族子息たちが金銭で厨房に食事以外の要件も依頼するため、依頼は全て金銭が発生すると厨房の料理人までも誤解しているのだ。
依頼可能な日程はある程度貰うが、サッシャはただ、厨房にクッキー作成の依頼書を出すだけで良かった。その料金は国が既に払っているのだ。突発する貴族子息の要望を叶えるために、平民の寮生の依頼書が後回しされてきた弊害だろう。
だからこそ、サッシャは厨房で働き、その対価にクッキーの材料とそれを作る為に厨房を借りたのだ。
「寮生が厨房で皿洗いをしてクッキーの材料を得るなど、由々しき問題だな」
「人は幸福に暮らしてこそ、本領を発揮出来る。衣食住が整えられているとはいえ、やっぱり多少の金銭は必要だよ」
「どうせ財務相のおっさんが出し渋ってるんでしょ。俺の媚薬盛ってスキャンダルでも捏造して失職に追い込む?」
「きみたち、犯罪に手を染めないって約束したでしょ。兄上にそれとなく申上しておく。……早めにやるから睨まない」
幼なじみの四人の言葉にルーファスは頷き、ハンカチの中に入っているクッキーを一枚取り出す。サクッとした口当たりで何枚でも食べれそうだ。
「あ、それ! わたしが貰ったものなのに、なんでルーファスが食べてるの?」
「……毒味」
「じゃあ、もう済んだんだからわたしにも一枚ちょーだい」
「……」
ハンカチの中からもう一枚取り出していたルーファスは、それを半分に割り、また半分に割った。四分の一になったクッキーをローラントの差し出した手に置く。ローラントは信じられない! という眼差しをルーファスに向けている
「……あの割った四枚のうち、一枚ずつくらい俺たちにもくれるかな?」
「くれないと思うから、ねだりましょう」
「くれないと、惚れ薬あけないぞ!」
三つ差し出された手を見てルーファスは嘆息すると、四つに割ったクッキーをそれぞれに渡してやる。本当は一枚たりとも渡さず、全部自分のものにしてしまいたいが、幼なじみたちにそんなことをすればどんな罵りが待っているか知っているからだ。
「あー……そ、素朴な味がするね」
「やっすい小麦粉とやっすいバターとやっすい砂糖の味、……いや、そ、素朴な味だな!」
「そ、素朴……」
タルベット、アンドリュー、リースと感想を言うのを聞き、ちらりとローラントを見れば口に入れて咀嚼したあと、興味深げに呟いていた。
「市井の者が作るクッキーか。興味深いね」
「寮の食事の質が少し落ちているようだ。予算は適正か?」
確かに寮には平民もいるが、半分は貴族子息だ。その為、料理の質は平民が食べるものより質が高いはずだった。このようにすぐに分かるほど品質が低い材料を使っているとは思えない。
「物価なんかも考慮して、予算を組んでるよ。あそこには貴族子息もいる。質が落ちれば報告が来るはずだけど……まさか?」
「平民と貴族でメニューを変えている?」
「……寮内での横領も考えられるな。父上にも奏上しておこう」
宰相を父に持つタルベットがルーファスに向かって頷いている。学園は国の宝と呼ばれている。ここから素晴らしい人材が出てくるのだ。疎かには出来ない。
そしてもうひとつローラントに聞かなければらならないことがあった。
「ローラント、美味いか?」
「え? ああ、美味しいよ」
これで要件は済んだ。
「ねーねー、そんなことよりルーファスの恋について話さないの?」
アンドリューがわくわくした顔をして、問いかけてくる。
「恋?」
サッシャのクッキーから寮内での不正について話していたのに、なぜそんな話になるのかわからない。
「この朴念仁に恋なんて早かったんじゃないか?」
リースが笑いながら無理無理というように手を振れば、アンドリューがポケットからまた怪しげな小瓶を出してくる。
「だから、俺の惚れ薬を飲ませれば一発だって!」
「ローラントも言ってただろう。犯罪はダメだよ犯罪は。薬物を与えて相手の心を操るなんて。それにルーファスだって俺たちで恋のノウハウを教えたら、なんとかあの子と恋仲になるくらいは出来るだろう」
タルベットがまるで幼い子を見るような目でルーファスを見つめていた。
「……恋仲とはなんだ? 俺はサッシャ・ガードナーいや、……サッシャに協力いや、……なんでもない」
サッシャと話したことは口止めなんてされていないが、それでも前世なんてことを話したら奇異な目で見られるかもしれない。キラキラと瞳を輝かせて話していた、王子と恋するというサッシャの願いは叶えてやりたかった。
「えー? ルーファス、自分の気持ちまだわかんないの?」
「いや待て。さっきまでフルネームで呼んでたあの子のことを今は呼び捨てにしてるぞ。なにか進展があったんだな!」
「名前を呼ぶ許可を貰った」
「そうか、やったな! それじゃあ、サッシャとの今後の為の意見交換をしようか……って、なんで睨んでんだよ」
「リースはサッシャから名前を呼ぶ許可を貰ったのか?」
「……貰ってねーけど」
「まあまあ、ルーファス落ち着いてください。それじゃあこうしましょう。ルーファスはサッシャと呼ぶ、私たちはサッシャ君と呼ぶ。ガードナー君では孤児院出身とすぐにわかるから学園内ではやめた方がいいと思う。どうです?」
「……良いだろう。だが、必要以上にサッシャの名前を呼ぶな」
「それは……」
タルベットはそこで絶句し、リースに目配せした。リースはアンドリューを見て、アンドリューはローラトを見る。四人はルーファスと反対側のソファーに集まり、こそこそと話し始めた。
「これで無自覚ってあんのか?」
「ルーファスはそっちの情緒が育ってないんです。真面目で四角四面なところもありますからね」
「俺、恋の自覚薬なんて作れないよ?」
「……見守るだけでは、先に進まないかもね。わたしたちに出来ることは協力しようじゃないか」
「ローラント、ルーファスとの婚約が解消になってもいいの?」
アンドリューが心配そうに聞けば、ローラントは何事もないように頷く。
「ルーファスの初恋が実る方が優先だと?」
タルベットも問えば、もう一度頷いた。
「当然だろう。ルーファスには幸せになって欲しいよ。もちろん、きみたちもね」
ローラントの言葉を聞き、三人は目を見合せ、そして頷き合う。
「というか、きみたちだってルーファスの初恋に興味津々だろう?」
「もっちろん!」
リースは立ち上がってテーブルに乗り上げ腕を振り上げる。
「当たり前じゃないですか。あのルーファスが恋に落ちるなんて、こんなに面白……、楽し……、こんなにめでたいことはないですね!」
「俺の発明品の出番!」
タルベットは面白がるのを全く隠せていないし、アンドリューは自分の作った発明品を使う気満々だ。
「きみたち、少しは建前というものを覚えようね。でも、確かにこんなに面白いことはないな!」
ローラントは先程までの王子様然とした表情を崩し、楽しそうに笑いながら茶を飲んでいるルーファスを見つめる。
「くっそ真面目で四角四面なルーファスの初めての恋だ。盛大に祝おうぜ」
「一人では上手くいかないかもしれません。私たちで万全のバックアップをしなければ」
「まず、惚れ薬をサッシャ君に飲ませて、その前にルーファスを立たせればいいんじゃないの?」
アンドリューの提案は三人に丸っと無視され、ローラントは人差し指を立ててこれからの作戦を話し始める。
「とりあえず、名前で呼ぶことを許されたんですから、次の目標は挨拶から始まって日常的な会話、でしょうか」
「日常的な会話ってさあ、ルーファスに天気の話とか出来ると思う?」
「そこで登場するのはわたしたち、幼なじみですよ。わたしたちの会話にサッシャ君を引き込み、ルーファスと話させるんです。幸い、ルーファスもサッシャ君なら会話らしい会話をしますし」
「ああ……確かに、あんなに喋るルーファスなんて初めて見たよな」
「黙ってれば周囲が誤解していい様に判断されるルーファスだから、今までそれに甘えてろくに話さなかったんだよな。自ら話しかけていくだけでもサッシャ君は貴重な人だよなー」
「中身はただのものぐさで、めんどくさがりなんだけどね」
「では、挨拶から日常会話、それから趣味などを聞くために……、明日からサッシャ君をランチに誘いましょう。理由は、そうだな。将来臣下に降りるわたしが、民の生活をもっと身近で知りたくなりサッシャ君に色々教えて貰っている、というのはどうだろう?」
「いいと思いまーす」
「賛成でーす!」
「それなら市街地に出かけるのも視察って名目で出来ますね。六人で出かけて、俺たちはこっそり抜けて二人きりにしてあげましょう。きっとデートは楽しいですよ」
タルベットがそう提案すると、他の三人は「天才か?」と褒めちぎっている。
「話は終わったか? そろそろ帰って準備することがある」
「ええ、もう終わりですよ」
「明日のためにゆっくり休んで、その無駄に整った容姿を磨いておくんですよ」
「俺が渡した美容液はまだある? なかったら新しいの渡すけど」
「まだある」
アンドリューはルーファスにその無駄に整った顔は国の家宝だから、きちんと手入れをしろと手作りした化粧品を渡していた。それがなければ水で洗うだけだと知っているからだ。
「さあ、明日から忙しくなるよ。ルーファス、わたしたちがついているから頑張るんだよ!」
そう言われたルーファスは何を頑張るのか何も理解出来ないまま素直に頷く。
幼なじみたちが楽しそうでなりよりだと思う。そして、初めて見た時からサッシャもとても楽しそうに過ごしているなと思っていた。カップをソーサーに戻して立ち上がる。サッシャがクッキーを包んでいたハンカチは綺麗に折りたたんでポケットにしまっている。
ハンカチを一枚失ったサッシャには、新しいハンカチが必要ではないか、と考える。ルーファスはまだ騒いでいる幼なじみたちに「帰る」と言うと、王城を後にしたのだった。
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