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7話 悪役令息と幼なじみたち「第二回ルーファスを応援する会」
午後の授業が終わり、サッシャに寮に帰るように促した後、五人は生徒会室に移動する。生徒会室に入った王子と幼なじみたちはドアを閉めた途端、テーブルに集まっていた。
生徒会の仕事をするつもりではない、今日は他に大事な案件があるからだ。
「第二回ルーファスを応援する会を始める」
テーブルについたローラントが、重々しい表情を浮かべて宣言をする。そしてぼんやりと立っていたルーファスを、自分の隣に座らせた。幼なじみたちもそれぞれソファーに座る。
「はい、ローラント議長!」
「リース、発言を許可する」
手を上げて発言の許可を貰ったリースも、ローラントと同じように厳しい表情をしていた。
「ルーファスが昼食の時にバイトしてる暇があるなら、勉強しろって言ってたけど言い方って大事だと思います」
「そうだな」
今度はアンドリューが手を上げて発言する。
「もっと他に言いようがあったと思いまーす!」
「はい、アンドリュー、例えば?」
「成績を落とさないため、きみがとても努力しているのは知っている。だから、クッキーを焼く時間があれば休んで欲しい。きみが大切なんだ。……なんてどーですかー?」
「採用。ルーファス、今のアンドリューの言葉を心に刻んでおけ。では次にいく」
ローラントは次にタルベットを指差す。タルベットはうむむ……と考えてからメガネを押し上げ、発言した。
「特待生という待遇で学園に通っている生徒は、日々寝る間も惜しんで勉強しているのが普通と聞く。そんな忙しい日々の中、バイトなんかしたら体を壊すんじゃないかと心配だ。……なんてどうだろう?」
「模範解答にしたいくらいの答えだな。ルーファス、お前がサッシャ君に言った言葉は、相手を心配したから出た言葉だろう。わたしたちはつき合いが長いからそれがわかる。が、あれじゃサッシャ君には通じない。いいか、心配ならそれを素直に言葉にするんだ。あれはない」
あれはない、ともう一度ローラントは言い、幼なじみたちも同じように深く頷いている。幼なじみたちに囲まれてソファーに座っていたルーファスは、昼間のサッシャとの会話にダメ出しされていることに気づくが四人の会話に口を挟むようなことはしなかった。
「それに、すごく棒読みだったけど、貧乏人はこんなケーキなど食したことがないだろうってあれなに? 美味しそうに食べる姿見て和んだらなんて言うか知ってる? はい、タルベット!」
指名されたタルベットが、もう一度メガネをくいっと上げながらすぐに答える。
「ケーキが好きなのか? 良かったらこれもどうぞ」
「はい、次リース」
「甘いものは苦手なんだ。代わりに食べてくれる?」
甘えっ子末っ子のリースは、ウインクしながら答えた。
「はい、次アンドリュー」
「ケーキをどうぞ。え? 俺の分? それならきみを食べるから平気さ」
アンドリューが答えると、タルベットとリースが負けた! と悔しがっている。ローラントは満足そうに頷くと、ルーファスに視線を向ける。
「百点満点の答えだ。いいか、ルーファス、今三人が話してくれた見本の言葉をよーく覚えておくんだ」
サッシャには褒められた悪役令息ぽい行動と言動は、ローラントたちには不評らしい。それに気づいても止めることは出来ない。自分が悪役令息をやらないと、サッシャが泣いてしまうかもしれないからだ。サッシャの涙はなにより重い。もう二度流させたくないし、避けたい事態だ。
けれどあの行動が幼なじみたちにこんなにダメ出しされるとは思わなかった。
そんなことを考えているとは知らない幼なじみたちは、話を聞いているのかいないのか、ぼんやりしているルーファスにローラントが声をかける。
「ルーファス?」
「サッシャが……」
「んん? サッシャ君がどうした。今日は寮の部屋にこもっているように伝えたんだろう?」
確かに伝えたのでルーファスは頷く。そしてローラントの王子様然とした容姿を見て、サッシャの言葉を思い出す。
『僕は、王子と恋するんだ』
胸の奥がチリ……っと痛んで、そしていつもなら絶対にローラントに対して感じない苛立ちを、初めて感じた。
「ちょ、ルーファス!?」
「何してるんだっ!」
「早く、離さないと! そろそろ侍従が呼びに来るんだよ!」
ルーファスの手はローラントの顔に伸びていて、指でその頬を摘んでいた。
「な、なんで?」
そんな扱いをルーファスはもとより誰にもされたことのなかったローラントは、驚きに動けない。
「なんとなく」
「なんとなくで王族の頬を摘むな!」
「他の人に見られる前に手を離して!」
「ローラントだから一回は許してくれると思う。でも、今すぐ離さないと!」
ルーファスは幼なじみたちに言われるまま手を離す。ローラントの頬にはうっすらと赤い跡がついていて、滑らかな肌が痛々しく見える。
「ルーファス、わたし何か……気に触ることをしたかい?」
「してない」
それは本当だった。
ローラントに悪い所なんてない。ただ、頭の中でサッシャの声が響いた途端、手が伸びてローラントの頬を抓っていた。
「すまない」
なぜこんなことをしてしまったのか、それすらわからなかったが、悪いことをしてしまったことはルーファスにだって理解出来た。
「いや、いいんだ。ルーファスの情緒が育っている所為かもしれない。第二次性徴期だね」
「四、五年前には始まってるだろ」
「それは体だけだからね」
「……まあ、こんなに体はでっかいけど、恋心がまだ理解出来ないくらい情緒は幼いから……」
「俺に恋心を理解する調薬が出来ればいーんだけどねぇ」
しみじみとした雰囲気になったところで、ドアがノックされる。アンドリューが立ち上がって誰何すれば、侍従が準備が出来たと呼びに来ていた。ローラントは立ち上がりながら、幼なじみたちとルーファスに向かって問いかける。
「そういえば、学園長には誰か許可貰った?」
「私が話を通しておきました」
ローラントの疑問に優秀なタルベットが答え、一緒に歩き出す。
「サッシャ君と、ついでに寮生の美味しい食事の為に、さあ、行こうか」
ローラントの言葉に、ルーファスは俄然やる気を出したように先を歩き始める。サッシャが食べていたサンドウィッチは、素材も悪く、はっきり言ってこの学園の寮で出されるレベルをかなり下回っていた。回して食べたので王子も幼なじみたちもその味はわかっている。
「こんなに早く証拠を掴むなんて、王家の影でも使ったのか?」
「キンケイド家が動いたんだよ」
「ひぇっ……ルーファス、サッシャ君が絡むと、かなりなりふり構わない感じ?」
「恋って人を変えるんだなー」
「偉大だな。恋は」
王子と幼なじみたちは好き勝手に話しながら、生徒会室を出ていく。
「あの、第三王子殿下、キンケイド侯爵令息様は先に行かれましたが……」
生徒会室の中に入った侍従が、出入り口で止まっている王子と幼なじみたちにおずおずと声を掛けた。気がついた四人が廊下を見れば、遠くにルーファスの後ろ姿が見える。
「置いてきぼりにするなんて……」
「俺たちの友情はどこに行ったんだ?」
「それだけ相手が大切ってことなのかなー」
「……そうだね。わたしたちも急ごう! ルーファスに置いていかれるよ」
廊下を走ってはなりません、という侍従の叫びを後ろに聞きながら、ローラントと幼なじみたちは駆け出す。
校舎を出る前に追いついた四人は、ルーファスに飛び掛かり置いていくなと注意をし、一緒に目的に向かって歩き始めるのだった。
***
「なあ、ローラント……あれ、触れる?」
あれ、とはエッケザックスと呼ばれる、ニーラサ国の国宝である精霊の宿る剣のことだ。エッケザックスが幼いルーファスを選んだ時、四人ともとても怒られた。ルーファスがローラントの婚約者に選ばれた最大の理由とも言える。
「リースは昔、触ろうとして弾き飛ばされたこと、まだ覚えているだろう? わたしだって同じだ」
「捕まえた見習いと料理人たちは近衛が連れて行ってくれるから良いとしても、これ置きっぱなしで帰っちゃダメだよね」
「時間が経てば、ルーファスの元に還るだろう? なら、別にここに刺してても……」
「国宝だ」
うーんと唸りながら四人はその場に座り込む。その時、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「第三王子殿下、キンケイド侯爵令息様よりこちらに通すようにご指示されております、新しい料理人です」
侍従が案内してきたのは、寮の新しい料理人たちだ。まだ年若く料理人になったばかりに見える。ルーファスが暴れたおかげで散らかり放題の厨房を見て、ぞっとしたように表情を堅くしていた。
「ああ、新しい料理人たちか。こちらを片付けて今夜の夕食の準備をしてくれないか」
「……あの、これは一体……?」
「ルーファスが悪いやつをやっつける為に暴れた結果だよー」
「ルーファス様が? そうなんですね。それでは私たちはこちらを片付けて仕事に入らせて貰います」
ルーファスがやったと言ったのに、新しい料理人たちは、それなら! とやる気を出して安心して働き始める。
他に人がいる所為で、四人はそこから動くことが出来ず、床に座り込んでいる。そんな四人が気になったのか、料理人の一人が落ちた鍋を片付けながら提案してくる。
「よろしければお茶をお入れいたしましょうか?」
「わー、いいの? ありがとう。よろしく!」
アンドリューが嬉しそうに礼を言うと、ローラントはもう一つ頼む。
「バスケットにお茶と焼き菓子を入れてくれないか」
「ローラント、なんで……あ、そうか。サッシャ君に」
「ああ、ルーファスがついているから心配はしていないが、温かいお茶があれば少しは落ち着くんじゃないかと思ってね」
「あの、ルーファス様にお持ちするものでしょうか?」
「いや、ルーファスの……大切な人に、かな」
「それではとびきりのお茶を淹れましょう。ちょうど、茶葉を持ってきてますし、お茶菓子もご用意してます」
この料理人たちは、キンケイド家……、いやルーファスに恩のある料理人で、学園の寮で料理人をして欲しいとルーファスに願われ、即座に了承してキンケイド家から寮へやってきた。
この料理人たちはそろそろ独り立ちして、王都で店を持つか、領地の屋敷に向かうか考えている時だったが、大恩あるルーファスに願われたらそれを叶えるために行動するだけだ。
そんなわけで新しい料理人たちは、ルーファスがここに通う間は、寮での料理人をする予定で、あとを任せる見習いも数人雇い入れる予定だった。
「ルーファス様の大切な方、どんな方なんですかねえ」
新しい料理人が誰ともなしに呟いた言葉に、ローラントが答える。
「とんでもない、大物かもね」
ローラントは先ほど、ルーファスを止めて欲しいと頼んだのに、全く正反対に「消しちゃって」とルーファスの行動を応援したサッシャを思い出し、小さく笑う。
「まさかあの時、サッシャ君がルーファスを止めないとは思わなかったな」
「確かに~~でも気持ちわかるな。あんなの許せないもんね」
「ルーファスが後でこっそり見習い料理人を始末しないように、一番重い刑罰を与えないと、またこれを出すのでは?」
「ちょんぎっちゃう?」
「おまっ恐ろしいことをさらっと言うな」
幼なじみたちは眩く輝くエッケザックスを見ながら、呑気に話している。
「……まあ、考えておこう」
確かにあの暴走ぶりでは、それくらいしないと秘密裏に存在ごと消してしまいそうだ。ルーファスは公平で私利私欲に走るような貴族令息ではなかった。けれど、サッシャと出会ってから、少しずつ変わっていってるような気がする。
「恋って大変なんだ……」
王族として恋なんてもので将来が決められるものではない。自分の婚姻は国のために行われる。誰かに恋したとしても、それを封じて生きていくのが、王族に生まれた勤めでもある。
だから自分との結婚に巻き込んでしまったルーファスに対して、ローラントは負い目があった。
まだはっきりとした感情になっておらず、初めての感情に戸惑っているであろうルーファスの為になんでもしてあげたかった。
「ねえ、ローラント。きみはさ、ルーファスの恋を応援しているけど、恋と結婚は別なの?」
二人は婚約者同士で、ローラントは卒業すれば公爵位を与えられ、ルーファスはその伴侶となる。アンドリューはいつものふわふわした雰囲気から、真剣な眼差しをローラントに向けていた。まるでその答えによっては、何かが壊れてしまうような危うさも含んでいるようだった。
「まさか。少し前に流行った断罪式でも派手にやって、ルーファスと婚約破棄してやるさ」
「そーなの? なら俺も協力する! ルーファスの恋が叶いますように!」
「いざとなったら、二人を隣国に逃して結婚させるってのはどう?」
「いいね。隣国は生粋の実力主義だ。ルーファスならどこでもやっていけるし、サッシャ君の学園での成績は素晴らしい。学ぶ姿勢も前向きで、どんどん知識を吸収していると先生方からも好評だった。二人揃っていたら、どこでだって大丈夫だろう。でもまあ、そんなことにならないよう、わたしたちが守ってやろう」
ローラントの言葉に、幼なじみたちは力強く頷く。
この後、お茶を侍従に運ばせ、エッケザックスが顕現をやめ、ルーファスの元に戻るとローラントと幼なじみたちも寮を出て帰っていった。
この日からルーファスが寮に住んでいると、後で知ったローラントと幼なじみたちは、見習い料理人の刑罰を重くし、いち早く王都から追放したのだった。
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