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10話 悪役令息の黒い噂

 ゆっくり椅子に腰かけ、手に持った破れた教科書を机の上に置く。僕のこれからの行動選択はふたつある。  ひとつは隣の席のクラスメートに可愛くお願いして、教科書を見せて欲しいと頼むこと、もうひとつは地獄の果まで追いかけて犯人を見つけることだ。  けれどこの王立学園「ニーラサ」には王侯貴族が多い。平民で孤児の僕が犯人探しをしても、もし犯人が貴族子息だったら未来を潰されるだけだ。  でも、転んでもタダでは済まさないぞ、と僕は心の中で気合を入れる。 「ぐす……、ヒック……っ」  心持ち大きな音を出して鼻を啜り、僕は気合いで涙を流す。これは僕の得意技だ。悲しくなくても涙が出ちゃう、作戦で行く。 「……ガードナー、一体何が」  教室中の視線が一気に集まるのを感じる。僕は、指先で優しく破れた教科書を撫でながら、何も言わないでいた。 「教科書がボロボロだな。隣のきみ、見せてあげなさい」  教師に促される隣の席のクラスメートは、痛ましげに僕を見てから、そっと教科書をふたりの間に置いてくれた。確か男爵子息だったと思うが、平民にも優しい貴族子息らしい。殆ど会話らしい会話をしたことがなかったから知らなかった。 「ありがとうございます」  儚げに微笑んで礼を言えば、頬を赤くしているのが見えた。僕の顔はBLゲームのヒロイン(♂)らしくよく見れば整っているし、可愛らしい部類だからこれくらいは出来るのだ。  けれどあの教師は僕の教科書がボロボロになっていても犯人探しをする気のない、貴族には尻尾を振るタイプだとわかった。この学園内では貴族も平民も平等を謳っているが、まあそんなものだろう。これが担任のデューダー先生ならば、授業が中断するくらい紛糾したと思う。  僕は流した涙を拭こうとハンカチを探すが、ポケットには入っていなかった。今朝、ポケットにハンカチを入れた記憶はあるから、どこに行ったのだろうと思っていると隣の席のクラスメートが声をかけてきた。 「ハンカチを貸そうか?」 「いえ、大丈夫です。もう、乾きました……」  涙で潤んだ瞳で見つめながらそう返せば、ドギマギした様子でハンカチを引っ込めている。その初々しい様子に悪い奴に騙されないかと心配していると、床に落ちているハンカチを見つけた。僕が拾う前に隣の席のクラスメートが、さっと拾い上げてくれる。 「拾ってくださって、ありがとうございます」  隣の席のクラスメート、本当に良い人だな。恋愛ゲームでよくいる、お助けキャラ的なタイプだ。ヒロインに優しく親切で、裏がない。僕は気分よく拾って貰ったハンカチを受け取ろうと手を伸ばす。そして僕の目の前で、ハンカチが消えてしまった。 「!」 「キ、キンケイド侯爵令息様……」  いつの間にかルーファスが目の前にいて、拾ってくれたハンカチを奪うように手にしていた。 「あ、の……そのハンカチは、ガードナー君のものでは……」  勇気を出して言ってくてたのだろう、その心意気は賞賛する。けれど、悪役令息然としたルーファスに一瞥されただけで、体を震わせて口を噤むのだから、もう黙っていた方が良いと思う。ルーファスの美しい容貌と、空色の冴えた眼差しで見下すように見られたら誰だってそうなると思うし、むしろ頑張った方だ。僕はルーファスに向き直り、手を差し出した。 「キンケイド侯爵令息様、そのハンカチは僕が落としたものなのです。お返しいただけますか?」 「これがハンカチ?」  ルーファス、きみって奴は、本当に悪役令息が似合う。僕のハンカチは年季が入っていて少し黄ばんでいる。クッキーを包んでいたハンカチが一番綺麗で新しいものだったのだ。  隣の席のクラスメートはルーファスの物言いに目を見開いていた。そりゃ公平明大、清廉潔白だと噂のルーファス・キンケイド侯爵令息がまるで汚物を見るような目で落としたハンカチを差してそう表現すれば驚くだろう。  ルーファスの言葉は、これがハンカチとは信じられないと言わんばかりの態度だったからだ。 「泣いているのか?」 「いえ、もう……止まりました」  ルーファスは本当に怒りを抑えているようにぐっと形の良い唇を引き締めて、チラリと隣の席のクラスメートを見下ろす。高身長から繰り出されるその視線の矢はとても居心地が悪いだろう。わかる。僕もルーファスじゃなかったらチビっていたかもしれない。 「ルーファス、お前何やってんだよ。席に戻れ!」 「ほら、先生が授業できなくて困ってるよー」  リースとアンドリューが前の席から急いでやってきて、ルーファスの腕をそれぞれ掴んで引っ張るが全く動く気配がない。リースなど騎士として鍛えているのでそれなりに力があるはずなのに、ルーファスの体は全く動かなかった。 「ちょ、動かない!?」 「重い〜〜っ」  ルーファスがふたりを気にすることなく、じっと隣の席のクラスメートを見つめている所為で可哀想なくらい青ざめていた。 「キンケイド侯爵令息様、席にお戻りくださいませんか?」 「黙れ」  ルーファスは僕の教科書をボロボロにしたのは隣の席にいた男爵令息じゃないかと疑っていて、見極めようとしているようだ。でも僕の直感が、男爵令息じゃないと言っている。だって、男爵令息がそんなことをしても全くメリットがないからだ。一番疑われる隣の席だし、担任であるデューダー先生は貴族や平民関係なくこんな行為を許さない人だ。 「ルーファス、先生が困ってらっしゃる。席に戻りなさい。サッシャ君、きみの教科書はわたしが責任を持って、新しいものに取り替えるので心配しないように」 「は、はい。王子、ありがとうございますぅ」  なかなか席に戻らないルーファスの為に、王子がわざわざ迎えに来てくれた。それでもルーファスはそこから動こうとしないどころか王子に暴言とも取れるよう物言いをする。 「ローラント、口を出すな。お前が平民の教科書について責任を持つなど、王族としての自覚を持て」 「ルーファス……?」  あ、あ、あ、悪役令息がそこにいる――っ! と喝采をあげそうになるのを、僕は拳を握りしめて我慢する。それは男爵令息にはどうしようもない身分への差別に悔しがっているように見えたようだ。 「キンケイド侯爵令息様、その言い方は……」 「貴様に関係があるのか?」 「……あ、ありません、です」  勇気を持ってルーファスを止めようとしたけれど、撃沈している。もうそこで止めておこうね、男爵令息。きみの実家が心配になる。 「僕には教科書は必要ないとおっしゃっているのですか?」 「そうだ」  事実、僕は教科書の内容をそらで覚えているので、必要ないと言えば必要ない。けれどこの教科書は孤児院出身の人が寄付してくれた大切な教科書なのだ。犯人を見つけたら生きていることを後悔するような罰を与えたい。出来ないけど。 「……え? 今の言葉、孤児に教科書は勿体無いって意味ですの?」 「流石にそれは……。高位貴族とはいえ、言い過ぎでは」 「キンケイド侯爵令息は公平な方と噂だったが、本当にただの噂だったのか?」 「もしかして婚約者である第三王子殿下が特待生とはいえ、平民に手を差し伸べられたのか気に入らないとか」 「まあ、それは……どれほどお美しくても、人の心は自由になりませんのね」  教室中に広がって行くヒソヒソとした会話に、僕は喜ぶ前にゾッとしてしまう。そんなことは誤解だ。ルーファスほど清廉潔白で心の綺麗な人を見たことがない。寛大でおおらかで、誰よりも優しい人だ。そう大声で叫びたい。なのに僕はただ椅子に座り込み、それを聞いているだけだった。ルーファスは僕の為に、悪役令息をやってくれているだけなのに。  情けなさと自分への怒りで体が震え、ぐっと奥歯を噛み締める。 「まあ、お可哀想に。震えていらっしゃるわ」 「あの方、高位貴族に目をつけられてしまいましたわね」 「特待生としては致命的では?」  特待生は国が携わる仕事、文官などに就くことが多い。そこには当然貴族子息もいて、目障りな存在と思われれば裏で陰気に陥れられる。その為平民は大抵のことは貴族に遜りそんな目に遭わないようにしていた。 「煩い小蝿だな」  ルーファスが一言、そう呟いただけで、教室は水を打ったように静かになる。  本当にルーファスさん、内面はとっても綺麗なのに、悪役令息が似合いすぎる。チラリと周囲を見渡すための流し目が、これまた恐ろしいくらい鋭くてうっかり目があったら天国に召されそうなくらいの威力を持っている。 「ルーファス、いい加減にして席にもど……」  王子も周囲の異様な雰囲気を感じて、ここから引き離そうとしていたがその前に授業終了の鐘が鳴る。教師は「これで授業は終了です」と言い置いて、そそくさと教室を出ていく。 「ローラントにまで迷惑をかけて何をしているのですか、ルーファス。さっさと席に戻りなさい。サッシャ君にも迷惑です」  王子にリースにアンドリュー、そして席で待っていたタルベットまでやってきて、四人でルーファスを前の席に押し戻していく。ルーファスは流石にまずいと思ったのか、反抗せずに戻って行こうとした。 「ハンカチはこれを使え」  そう言って机の上に施しを行ったように、ハンカチを投げて行くのも忘れない。一瞬教室がまたざわついたが、ルーファスが首を回して周囲を見ればすぐにそれも収まる。  人目のあるところでルーファスが悪役令息をやると、こんなふうになってしまうのかと僕は漠然と考えていた。だから、教科書がボロボロになったことなんて記憶の彼方に飛んでいた。  僕の教科書ボロボロ事件はこうやって終わったのだった。  今日の授業が終わり、放課後に行われる部活に入っていない僕は寮に戻った。早めに風呂に入り、勉強机に向かって明日からの予習復習をしていると部屋のドアがノックされる。  誰が来たんだろうと疑問に思いながら、立ってドアまで歩いて開けると想像していた人物がそこに居た。 「ルーファス!」 「……サッシャ、ドアを開ける前に誰が来たのか確かめなければダメだ」 「えー、僕の部屋に来るのなんて、ルーファスかナイジェル様くらいしかいないから、平気だよ」 「……隣国の留学生か。あいつをこの部屋に入れたことは?」 「ないよ。廊下で会ったらちょっと話すくらいだし」  教室でも寮でも僕は立派なぼっちだ。部屋を訪ねてくれる友達なんていやしない。前世ではほとんど病院に入院していて、友達なんて作る状況じゃなかったし、今世は孤児で孤児院では僕より年下ばかりだったから友達っていうより手のかかる弟がたくさんいるような感じだった。 「そうか」  安心したように目に見えてホッとしたルーファスを不思議に思いながら、部屋の中に促す。 「ちょうど良かった。明日からの悪役令息について、話したいと思ってたんだ」 「……その前にサッシャ、髪が濡れている。風呂に入ったのか?」 「うん。お風呂気持ち良かったよ。寮は毎日お風呂に入れて良いねえ。孤児院じゃ水に濡らしたタオルで体を拭くくらいだったから、ここは天国みたいに思えるよ」  前世、入院中も風呂に入れない時は体を拭いて貰っていたが、風呂に入れる時は入っていた。僕は日本人らしく体を清潔に保ちたいと思っているヒロイン(♂)だ。 「このまま放置しては風邪をひく」  僕の髪は柔らかい猫っ毛だ。濡れたまま放置して、首にタオルを巻いて自然乾燥させようと目論んでいたが、ルーファスには許してもらえそうもない。 「大丈夫だよ。毎日こんな感じだけど、風邪ひいたことなんてないし」  髪を乾かす時間、本を読んでいた方が良いと考えている僕は、ルーファスの手を避けた。しかしルーファスは僕の頭を鷲掴みして、頭上から見下ろしてくる。 「濡れたままではダメだ」  ボールのように頭を掴まれてもう一度言われたら、引き下がるしかない。 「……じゃあ、ルーファスが拭いてよ。僕、本を読むので忙しいんだ」 「わかった」  ルーファスは僕を勉強机に座らせると、後ろに回って首からタオルを引き抜いた。大きな手が優しく僕の髪を拭いてくれる。 「櫛はないのか?」 「ないよ」  ルーファスはその返事に一瞬動きが止まったが、すぐにタオルを外して手櫛で髪を梳いてくれた。優しい手つきになんだか眠くなってしまう。  僕は眠らないように、開いていた本のページに視線を落とした。しばらくそうしていたが、髪を梳く手が止まり、ルーファスが頭上から声を掛けてくる。 「少し待っててくれ」 「え?」  なにを? と問う前に、ルーファスはドアの所まで移動していた。 「ルーファス?」 「直ぐに戻る」 「うん?」  ルーファスは風のようにドアを開けてその場から消えた。 「なんだったんだ?」  椅子に座ったまま、振り返ってドアを見てるとまたノックされる。 「はーい、どなた様ですか?」 「俺だ」 「はーい、どうぞー」  ドアを開けるとルーファスがまた立って待っている。鍵なんてかけてないんだから、勝手に入ればいいのにと考えているが、これはルーファスからの試験だ。 「ちゃんと誰何して開けたな」 「まあ、さっき言われたばかりだしね」  ドアを開ける度に注意されるのは避けたいので、とりあえず今は言うことを聞いておくつもりだ。 「習慣にしてくれ」 「わかったわかった。それで、それなに?」  その手には櫛となにか小瓶が握られていた。櫛はわかるが小瓶の使用用途がわからず指をさして聞いてみる。話題を訪問者の誰何から離すためでもある。 「化粧水とクリームだ」 「ルーファスがつけるの?」 「サッシャだ」 「なんで?」 「……」  理由は言えないのか言いたくないのか、それともないのか、ルーファスは黙り込んでしまう。 「まあいいや。僕本を読んでるからやりたいなら勝手にやりなよ」  本当は面白がっていたが、それを表には出せない。だってこんなのまるで友達みたいじゃないか。くすぐったい気持ちになりながら、僕はルーファスに話しかける。 「ねえ、ルーファス」 「ん?」  櫛をもって僕の猫っ毛と格闘しながら、ルーファスは気の抜けた返事をしている。ルーファスも僕といる時は少し気を抜いているのだと思えば嬉しくなる。梳かし終わったのか、僕の猫っ毛はふわふわのサラサラになっていた。ルーファスは櫛を勉強机に置くと、明日からこれで梳かすようにと言う。 「それからサッシャ、風呂上がりにはこの化粧水をつけて、クリームを塗るんだ」 「は? わ、なに!?」  ぬるついた手のひらが後ろから回ってきて頬を包む。くすぐったくて、温かくて気持ち良い。 「……すまない、サッシャ」 「え? なにが?」 「許可を取らずに触れてしまった」  それでもルーファスの手のひらは僕の頬から離れない。少し葛藤しているような雰囲気はしているが、まるで大切で守りたくて離せないように思えた。  胸の奥まで温かくなって、僕はくすくす笑うとルーファスに向き直る。 「許可ねぇ。まあいいよ。ルーファスに触られるの嫌いじゃないし」 「そうか」 「うん、そう」  ルーファスはほっとしたようにまた手を動かし始める。 「僕さ、友達って今までいなかったんだけど、その、ルーファスって友達みたいだなって思ってるんだ。ねぇ、ルーファス僕と友達になってくれる?」 「サッシャと、友達には……なれない」  胸を滅多刺しにされてもこちらの方が痛かっただろう。それくらいの衝撃を心に受けた。僕はルーファスが断るなんてこれっぽっちも考えてなかった。呑気に笑って頬に化粧水なんてつけられていたが、僕とルーファスの身分には天と地ほどの差がある。前世の日本では身分なんてものはなかったが、それでも貧富の差があることは知っていたし、自分は一応病院に入院できるだけの資産を持った父親がいた。けれど今は生まれたばかりの頃、孤児院の前に捨てられていたし、どんな犯罪者が親なのかもわからない孤児だ。 「そーだよね。そーだ、わかってた。ごめん、変なこと言った。孤児の僕と高位貴族のルーファスが友達なんて、おかしいよね」  声が震えてしまったけれど、どうしようもないくらい僕は焦っていた。 「サッシャ、違う」 「違わないよ。本当にごめんね、ルーファス。今だけだから、今だけ王子との恋の為に協力してもらうだけの関係だから。勘違いしちゃってごめん。そういえばさ、僕言ったっけ? ゲームでは王子以外の攻略対象者もいるけど、そっちはやってなかったって。理由はね、簡単なんだ。王子以外の攻略対象者にどう対応すればいいのか全然わかんなかったんだ」  僕は前世、病弱だった。病院にずっと入院していた。けれど血縁上の父親とは数える程度しか会ったことがない。ほとんと顔も覚えてない。なぜなのか、それは僕が浮気相手の生んだ子どもだったからだ。産んだ後僕の心臓がポンコツだとわかって、母親は僕を浮気相手の父親に押しつけて消えたらしい。本当かどうかは知らないが、一度も会ったことがないから、捨てたのは本当なのだろう。父親は僕に関わることを全て部下に命じて、金だけを払っていた。一度だけ、父親の妻と名乗る女と、その息子が来たことがある。  蔑むような眼差しで息子の自慢をして、早く死ねばいいのにと言って去っていった。だから僕は女に恋なんてしない。浮気男も大嫌いだ。ちゃんとした夫婦の間に生まれた優秀な兄弟なんて見たくもない。  僕には寄り添ってくれる人なんていなかった。友達の一人もいなかった。  ぺらぺらと話すのを止められず、僕はくだらないことまで話していた。 「でもさあ、僕に怒りを向けるの筋違いじゃない? 浮気した夫を責めろよって思っちゃったよ。僕はただ、生まれただけで、何もしてないのにね」  ルーファスは僕の言葉に何も言えないのか、黙ったままだ。 「前世の話なんてどうでもいいか。大事なのは今だもんね。そうそう、どうして僕が王子を攻略しようと思ったのかってことだけど、アンドリューの不義の子とか、タルベットの機能不全家族とか、リースの兄弟への嫉妬とか、どう寄り添っていいのか全然わかんなかったんだ。だって僕がそうなんだから。でも、王子は簡単だった。優秀な婚約者を羨み、妬むなんて人間誰でも感じる感情だよ。天真爛漫に振る舞って、王子の憂さを晴らしてやれば良かった。まあ、今はみんな仲良しで僕の出番なんてないみたいだけどさ。でも、王子とルーファスは恋をしてないんでしょ? だから、僕に協力してくれるんだよね?」 「……そうだ」 「僕は孤児だし、第三王子とはいえ、王族と結婚なんて無理だと思う。望んでもいないしね。でもこの学園にいる間くらい恋は出来ると思うんだ。だから、ルーファス……悪役令息になって」 「わかっている」  心臓が冷たく凍えてしまったような気がする。何かを感じることが出来なくて、僕は必死に笑顔を作った。 「ありがとう、ルーファス」  生まれ変わっても友達も家族も出来なかった。それならたった一つの恋くらいしてもいいだろう。ルーファスはそれに協力はしてくれるという。  なら、それに甘えてしまおう。 「さあ、明日からの悪役令息のやり方を教えるよ」 「サッシャ、俺は……」 「やってくれないの、ルーファス?」  まだ何か言おうとするルーファスの言葉を遮れば、目を伏せて頷いてくれた。僕はルーファスに甘えていた。優しいから、拒否しないから、初めて僕自身を見てくれたから、この人なら受け入れてくれるんじゃないかと勝手に期待して、勝手に落ち込んでいる。  バカだな、サッシャ・ガードナー。薄汚い孤児のお前なんかと友達になってくれるような貴族がいるわけないだろう。  勝手に盛り上がって、期待を裏切られたような気分になって、ルーファスに八つ当たりするなんて僕は酷い人間だ。ルーファスはこんな僕の為に、悪役令息なんてやってくれるお人好しなのに。 「明日はさ……」  僕は自分の感情を綺麗に消して、ルーファスに向き直る。王子と早く恋をしなくちゃならない、それだけを心に残して。

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