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11話 悪役令息と幼なじみ達「第三回ルーファスを応援する会」

「さて、早速だが第三回ルーファスを応援する会を始める」  いつもの生徒会室でいつものソファーに座ったローラントと幼なじみたちは、ルーファスを囲んでいつもよりかなり真剣な表情を浮かべていた。そしていつも元気なアンドリューが勢い込んで手を上げた。 「はいはいはいはい――っ!」 「はい、アンドリュー」 「昼食の時も、授業の時もルーファスの様子がおかしかったです!」 「わかってる。だからそれを話し合うために今集まってるんだろ」 「でも、あんなルーファス見たことない! 『下民が』って、今までのルーファスじゃ考えられないような言動! もしかして……」 「もしかして?」 「こいつ、ルーファスの偽物?」  期待して聞いていたローラントと幼なじみたちは、アンドリューの言葉にがっくりして肩を落とす。 「こんな人間国宝みたいな顔面の男が二人もいてたまるか!」 「そうだよねー。こんな顔、滅多にいないよね」 「後光が差してるんじゃないかと思うくらい綺麗ですからねえ」 「確かに。顔は綺麗だよね。見慣れるまでは大変だったけど」 「顔……」  顔のことしか言われないルーファスは、顎あたりを手で撫でている。そんな何気ない仕草でも、目を奪われるくらい美麗だ。 「それでも、昼のあの三文芝居はなんだったんだ?」 「あ、確かに。下民って何? ルーファス、何か悪いものでも食べた?」 「転びそうになったサッシャ君を心配したんだろうけど、言い方があるだろう言い方が」 「全くだ。初恋に戸惑っているのはわかるが、サッシャ君と上手く行きたいなら、わたしたちの助言を聞いてちゃんと考えろ。前の二回の会について何も覚えていないのかい? リース、見本を」 「へ? 俺? えーっと、転んだりしたら危ないから俺の腕に掴まってくれないか。出来れば永遠に」 「まずまずだな。次タルベット」 「まずまずって褒め言葉じゃななくね?」 「では、見本を聞かせてやろうか、リース」 「うるせー、頭でっかちの癖に!」 「二人とも喧嘩をしない! さあ、タルベット、見本を聞かせて貰おうか」 「んん、……愛しい人、ちゃんと足元を見てないと危ないよ。ん? 私だけを見ていたい? それじゃ仕方ないから、いつだって私が抱え上げて運んであげるよ」  クイッとメガネを押し上げ、どうだと言わんばかりのタルベットの態度に、リースが悪態をつく。 「はっ……安っぽい口説き文句だな」 「なんだと!」  向かい合って睨んでいる二人を、ローラントはやんわりと止めた。 「二人ともやめないか。これはルーファスに教えるためのものであって、どれが素晴らしいか勝負しているわけではないだろう。リースのはいつも一緒にいたいって感情が出ていて良かったし、タルベットのはいつだって触れ合いたいって伝えていてこちらも良かったよ」 「ローラント……ごめん、つい」 「俺も……」 「いいんだよ」 「じゃあ、真打登場だね! マイ・スウィートハート、俺以外に触れないで。嫉妬でどうにかなりそうなんだ。きみの意識を奪うものは、なんだって許せない。それくらい激しい嫉妬さ。こんなのおかしいだろう? でも本当なんだ。きみに近づく男は全て排除したいっていつも考えてる。なーんてどう?」  自信満々に言い切ったアンドリューに、タルベットもリースも怖いものを見たような視線を向けている。 「……少し、狂気を感じるが、まあルーファスよりマシだな」 「こっわ……っ」 「嫉妬心に身を焦がしているのがよくわかる言葉だったな。ルーファス、サッシャ君はただ石に躓いてわたしの方によろけただけだよ。それをあんな風に言うなんて、きっと傷ついている。保健室に行った時にちゃんと謝ったのかい?」  ちゃんと謝ったので、ルーファスは頷く。それを見て四人は安心したように「そうか!」「良かった!」と言い合っている。 「問題は、教室でのことだよ。サッシャ君の教科書が破られていたのも問題だけど、今までの特待生にも無かったわけじゃない。それより、なんか変な噂が流れている」 「あー、ルーファスがローラントに近づくサッシャ君に嫉妬して、いじめてるってやつ?」 「そうそう。なんでそうなるの? サッシャ君に近づくローラントに嫉妬して、八つ当たりしている、ならわかるけど……」  わけがわからなくて幼なじみたちは考え込んでしまう。ローラントはそんな三人に自分の考えを告げた。 「『真実の愛』、って舞台の所為じゃないかな」 「それって、市井で支持を受けて今爆発的に人気の劇団がやってる劇のこと?」 「あー、めちゃくちゃ流行ってるから行きたかったのに、チケットが手に入らなかったやつだ」 「ローラント、観たの? 興味ないって顔してたのに?」  ずるいずるいと騒ぐ幼なじみたちを、ローラントは手で制する。 「二番目の兄上のお共でご一緒しただけだ」 「え? 第二王子殿下ってそんな俗な舞台を観られるんですか?」 「二の兄上は創作物が好きだよ。部屋の奥にある個人的部屋は書棚が所狭しと置かれて、ぎっしり本が詰まってる」 「へえー……って、そんなことより、ローラント自分だけ観に行ったの! ずるい、俺も観たかったのに」 「そうですよ。社会勉強と称して観に行きましょうっと誘った時は、興味ないとおっしゃったじゃないですか」 「わたしも観るつもりはなかったんだが、二の兄上がどうしてもとおっしゃってね。付き合いで観たんだ」 「それで、どんな物語だったんですか? 真実の愛というくらいですから、胸掻き毟られるような悲恋?」  タルベットが興味津々に聞けば、ローラントは複雑そうな顔をして答えた。 「いや、ある種の人間には最高のハッピーエンドだったろうね。とある国の皇太子が学園に入学して、市井の娘と恋に落ち、婚約者の妨害にもめげず、その愛を貫き通す話だ」 「は?」 「へ?」 「何それ? 婚約者いたのに、そいつ浮気したの?」  心変わりや浮気という言葉に敏感なアンドリューが、頬を膨らませて憤る。 「そうそう、皇太子の婚約者を悪役令嬢と呼んでいたな」 「は?」 「へ?」 「何それ! 自分が婚約者を裏切って浮気したくせに、その相手に向かって悪役令嬢なんて呼んで、最低じゃん!」 「まあ、創作なんだからそんなに怒るな」 「怒ってない! 俺は……」 「うん。立場が違うとこんなに見方が変わるのかって思ったよ。市井のものに人気なのもわかった」 「どういう意味!」  アンドリューは身を乗り出してローラントに食ってかかる。 「貧しい少女が皇太子に見初められ、皇妃になるっていう、いわゆる成り上がりストーリーだ。そこに妨害する敵を悪として添えれば物語の盛り上がりが違う。努力して学園に通い、ある程度の学力があり皇太子に見初められるくらいの美貌を持つ市井の娘と、貴族の娘だが性格が悪く、皇太子をその娘に取られまいと学園内で取り巻きを使ってその娘を学園から追い出そうとしたり、傷つけようとしたり、最後には暴漢に襲わせようとした悪役令嬢、平民がどちらを応援するかわかるだろう? それに最終的に王子が選んだのは市井の娘だった。愛を選んだんだと言えるだろう?」 「何が愛だよ。ただ下半身が緩い男と女の話だろ」 「……そうかもしれないね。舞台の中でもそんな描写はあったから」 「あーヤダヤダ。浮気男と浮気女が揃っただけの舞台じゃん。気分悪い。観なくて良かった!」  アンドリューが悪し様にいうのを聞いて、ルーファスはその頭を撫でてやる。アンドリューは浮気や移り気な男女の恋愛が嫌いだ。 「けれど酷い話ですね。その貴族令嬢が婚約者を取られまいとするのは当然のことでは? 婚約とは家と家の契約でそう簡単に覆せるものではないのですから。ましてや皇室の人間が?」 「婚約解消なんてされたら、次の婚約者はうんと歳の離れたスキもので再婚者ってことも聞くし、家の恥だと修道院に押し込まれるなんて話も聞くぜ。暴漢に襲わせるのは悪手だったかもしれないけど、とても悪役令嬢なんて言われるような令嬢には思えないな」  貴族令嬢が婚約を解消または破棄されるということは、それだけ大事だ。ましてや皇太子の妻となるべく、幼い頃から教育を受けてきたであろうその貴族令嬢は、それまで皇太子妃になるという矜持と、市井の娘に未来の夫を奪われてなるものかという意地もあっただろう。 「まあね。僕たちは王族や貴族だから受け取り方が平民とは違う。平民に受け入れられ絶大な人気を誇ったのは、市井の娘が貴族の娘の妨害にもめげず、皇太子との愛を貫いた、そこだけなんだよ。その中に悪役令嬢のことなんてこれっぽっちも考えてない。だって、悪役だからね。劇の中で行われた学園主催のダンスパーティーでそれまでの悪事を断罪され、修道院へ行かされて終わりだった。あとは皇太子と市井の娘の結婚式が盛大に行われ、人々は幸せに暮らしましたで終わっていたよ」 「これが現実だったらその市井の娘は愛人か妾、よくて側室ですからね」 「どこかの貴族に運よく養女に出来たら、だろ」 「まあそうなんですが。はあ、そんな舞台が流行ってるんですねえ」 「そうだね」 「ローラントは、ルーファスが悪役令息になったら、サッシャ君をお嫁さんにするの?」 「どんな想像をしたのかわからないけど、わたしは恋しないよ。わたしの婚姻は国の為にするものだからね。ルーファスの恋は応援するけれど、自分の恋なんてするつもりはない」  あと、ルーファスの表情が怖いから、わたしがサッシャ君をお嫁さんにするとか言わないで欲しいとローラントは心もちルーファスから離れた。 「そっか」 「うん。そうだよ。さ、この話はここでおしまいだ。ルーファス、サッシャ君の教科書が破かれていたことについて怒ったからあんな行動を取ったのはわかるが、やり方がまずい」 「そうだよ。隣の席の男爵令息、真っ青になって震えてたじゃん」 「汚れたハンカチで涙を拭いて欲しくないから、ハンカチを奪ったのもわかったけど、それならもっと言いようがあったはずだよな!」 「そうだよー。せめて、涙を拭くなら俺のハンカチを使って欲しいと言えば、あんな噂なんて出なかったんだよー」 「きみの涙はとても綺麗だけど、見ていると胸が痛む。頼むから俺の胸で泣いてくれないか? それなら、痛みも少なくなる。……ってくらい言えば良かったんですよ! どうして、これがハンカチ? って言葉が出るんです! 最悪ですよ! まるでサッシャ君のハンカチが汚いみたいな言い方じゃないですか! みんな誤解してましたっ」  タルベットがはさりげなく自分ならどんな風に伝えるかを入れてきた。 「そうだよ。それに、泣いているのか? って言ってたけど、きみの教科書を破いた者には天罰を与える。神々の名に誓って、いや、きみに誓って必ず……くらい言えば、周りだってルーファスがサッシャ君に恋してるってわかったのに! 婚約者を取られそうになってサッシャ君に意地悪してるって噂なんて出てこなかったよ!」  リースも負けずに参考になりそうな言葉を散りばめてきた。  授業中のことについてもダメ出しを食らい、ルーファスは無表情のまま困っていた。あれは意識せずにしてしまったことで、直せるかどうかもわからない。サッシャの大事にしていた教科書をボロボロにした犯人は必ず見つけると、すでにキンケイド家の影を動かした。生まれてきたことを後悔するような目に合わせてもまだ足りない。それくらいルーファスは怒っていた。  そして自分が怒りを感じていることを不思議な思いで感じていた。 「ルーファス、なんだか悪いことを考えているような表情をしているけれど……、いや、いいんだ。感情が顔に出るようになったことを喜べば良いんだ」 「ルーファスの顔ってめちゃくちゃ整ってるからか、慣れてないと正面から目が合うだけで相手は萎縮しちゃうんだよな」 「ねえ、サッシャ君ってそんなこと全然なくない? 最初からルーファスの顔真正面で見てたよね?」 「確かに!」  アンドリューとリースが手を取り合って喜んでいると、タルベットが間に入ってきた。 「そう興奮するな。考えてみろ。ルーファスに向かって、料理人見習いを消しちゃってと言うくらいなんだぞ。肝が据わってるに決まってる」 「確かにー!」 「あれは怖かったな」 「サッシャが望むなら、今からでも消してくる」  不愉快なことを思い出したし、あの見習いはサッシャの肌に触れた大罪人だ。 「あの犯罪者はどこに収監された?」 「え? あはは、あの、犯罪者はもう王都にはいないよ。な、タルベット」 「え、ええ、すでに刑が決まり、地方の鉱山へ移送されたと聞いています」 「すでに終わったことだ。ルーファス、それよりサッシャ君が寮で待ってるんじゃないのか? 教科書を破られて気落ちしているかもしれない。こんな時こそそばにいてあげるのが理想的な恋人、はまだ早いか。今は友人みたいなものか?」 「友人……」 「そうそう。俺たちみたいな立ち位置から徐々に段階を踏んで好意を上げていって恋人になるのも良いかもしれないぜ」 「リースからサッシャに?」 「そんな嫌そうな顔するくらい、俺のこと嫌いなのっ!?」  幼なじみたちとサッシャでは全く違う。サッシャは別なのだ。友人なんてカテゴリーでくくれるような存在ではない。なぜか目が離せないし、気になってしまうし、それに触れたいと思う。 「ルーファスがそんなことを言うなんて……!」 「成長を喜ぶために、お祝いしようよー」 「お、いいね。ルーファスの情緒が見事に育ってるお祝い……って、ルーファス?」  口に出していたなんて気が付かなかったルーファスは、手で口を押さえて立ち上がる。 「ルーファス、これだけは言っておくけど、触れるのはサッシャ君に許可を貰ってからだよ。勝手に触れるのはダメだよ」 「……わかった」  サッシャに勝手に触れたことなどないと言おうとして、許可を取ったこともないことに気づく。 「あ、気づいた」 「いっつも勝手に抱っこしてたもんねー」  確かに頬に触れたり、髪に触れたり、抱き上げたりしたが一度も許可は取ってない。泣いている時に抱きしめてしまったこともある。  貴族令息としての教育はきちんと受けて身についていたはずなのに、そんなことを思い出すこともなく行動していた。 「好きな子には触れたくなる気持ちもわかるけど、そこは節度を持とうね」 「……わかった」  好きな子、と言われてそうなのかと考える。けれど今まで経験したことのないことばかりで、自分の感情がわからなかった。でもサッシャは友人ではない。それだけはわかっていた。  ルーファスの後ろ姿を見送ったローラントと幼なじみたちは、顔を突き合わせるようにしてローテーブルを囲んでいた。 「ルーファスの成長は喜ばしいが、あんまり先に進んでいる気がしませんね」 「確かに。ルーファス、情緒がお子ちゃまだから」 「リースに言われたらおしまいだと思うけどー。それよりさ、肝心なサッシャ君の気持ち、俺たち考えてなかったと思わない?」 「そうだね。ルーファスの気持ちにばかり目がいってたけれど、サッシャ君がルーファスをどう思っているのか考えてなかったね」 「でもよお、サッシャ君ってさ、あの見習いに襲われてた時、ルーファスのことしか見てなかったよな」  リースの言葉に三人は確かに、と頷く。 「震えながらぎゅっとルーファスに抱きついていて可愛かった!」 「あんな風に自分だけに頼られたら、ぐっときますね」 「辛い思いをしたはずなのに、涙はルーファスにしか見せないなんて健気なところがあります」 「でもまあ、サッシャ君の言動もたまにおかしくなる時があるよねー」  アンドリューの指摘にリースも同意する。 「それな!」 「なんて言うのか演技してる? って感じる時がある」 「でもさあ、孤児院育ちの特待生に、貴族令息である俺たちに向かって市全体で接しろって言うのが無理じゃねーか?」 「確かに。でもわたしたちに丁寧に接するのは、身分差を考えてのことでは? 言動がおかしいのは、接し方がわからないから、ではないでしょうか?」 「うーん。そーかなー。ローラントに対してだけなんか言葉使いが違うっていうか……媚びてるみたいでさー」 「それ言ったら、ルーファスの時は無意識だろうけど、地がでてた」 「結局、サッシャ君がルーファスをどう思ってるかなんて、本人しかわからないことですよ。それより、そろそろお開きにしますか。侍従がドアの外でお待ちですよ、第三王子殿下」 「おっと、時間か。では、第三回ルーファスを応援する会を終了する」  ローラントたちの疑問はこれから先の事件の中で、大きくなっていくのだった。  

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