17 / 21
16話 悪役令息とヒロイン(♂)
僕は東屋を出てから、急ぎ足で寮に帰った。もう小走りみたいな感じで急ぐ。急いでいるのはもう一度ルーファスに悪役令息は終わりだと、はっきり告げるつもりだからだ。
もう僕に悪役令息は必要ない、と再度はっきり告げて、悪役令息は終了になる。
それから明日学園に登校したら、みんなの前でルーファスの悪役令息は自分がやらせていた自作自演だと真実を告げるのだ。
自室に戻って制服から着替えるのももどかしく、窓辺に近づいてルーファスが見えないか額をガラスに押し付ける。いつの間にか部屋のカーテンは新しいものに変わっていたし、何故か手鏡は別に、タンスの横には細長い姿見まで設置されていた。こっそりやっているつもりのようだが、ルーファスの仕業なのは明白だ。指摘すればここで俺も使うからと言っていたが、ルーファスがこの部屋でなにかを使っているところなんて見たことない。
せいぜいブラシを使うくらいだが、それだって僕の髪を梳かす為だ。
「ルーファス……」
早く来て欲しい気持ちと、来ないで欲しい気持ちがせめぎ合う。
もう一日だけ、という悪魔のような囁きが頭をよぎる。ガラスに手のひらをくっつければ、その冷たさに我に返る。ずるずると先延ばしにするのはダメだ。ちゃんとルーファスに話して、これからは別々に生きていくのだ。
「夢、叶わなかったな……」
学校に通って恋をする。前世ではごく普通の願いだった。今も努力さえすれば叶うはずだった。ゲームの世界ことなんて忘れて、この現実世界で頑張れば出来たかもしれない。
「でも僕は、恋なんてしたことないんだから、わからなかったんだ……」
恋はしたいと思って出来るものではないし、いつの間にか心にあって、ある日突然気づくのだ。
「ルーファスが好きだ」
本人になんて決して言えないけれど、今だけだと自分を甘やかし口に出してしまう。胸が痛くて仕方ない。もう二度と口に出せない言葉が溢れてしまった。
自業自得だ。いつだって引き返すことは出来たはずなのに、僕はここをBLゲームの世界だと思い込もうとしていた。ちゃんと生まれ変わって、健康な体を手に入れて、学園まで通えたのに。
恋だけ上手くいかなったなと思いながら、僕は目を閉じる。深く息を吐き出しせば、一瞬だけガラスが白く曇る。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。ぱっと顔を上げて、ドアに駆け寄る。この時の僕は、ルーファスから言われていたことをすっかり忘れていた。
「ルーファス、話があ……っ」
相手を確かめる前に、ドアを開けてしまったのだ。僕の意識はそこで真っ黒になった。
目を覚ませば、薄暗い中に横たわっていた。土の香りがする。地面だ。湿った感触がするので、地下なのかもしれない。ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。狭い部屋は古びた石壁で、正面には鉄の棒が人が通るのには無理な幅で等間隔に並んでいる。
「牢屋?」
なんとか薄らと見えるのは、天井に近いところに、手のひらで覆えば隠れてしまいそうなくらいの大きさの明り取りの穴が空いているからだ。
「あ、気がついた? 結構長く眠ってたから、心配したよ」
「ナイジェル様……」
そこにいたのは、一学年上の隣国からの留学生、ナイジェル・ヴィーだった。
「てめー! こんなことろに閉じ込めやがって、せーふくが汚れたじゃねーか。クリーニングして返せっ!」
僕は怒りに思わず檻を掴んで揺さぶる。素が出た。堅牢な檻はぴくりとも動かなかったし手のひらが痛くなっただけだったが言いたいことを言って少しスッキリする。檻から手を離して手のひらで殴りつけても、ビタンと音がして痛みが倍になっただけだった。
「……サッシャ、そんな性格だったんだ」
「だから何。あんたに気を使う必要がなくなっただけじゃん。僕がどんな性格してようが関係なくない?」
僕は痛む手のひらに息を吹きかけながら、悪態をつく。こんなやつに丁寧に接する必要ない。
「まあ……確かにそうだね」
図々しく答えれば、素直に頷かれた。拍子抜けするほど悪いことをしているという自覚がナイジェルにはないようだ。睨んでやれば笑顔を返された。
「手のひら、痛いでしょ。そんな細っこいのに喧嘩っ早いなんて面白いなあ」
そう言いながらナイジェルは懐から白くて細長い紙を檻の間から差し出してきた。
「あ、それ……僕を階段から突き落としたやつ!」
「あーあの時はごめんね。でも怪我しないように魔術紙で守りながら落としたから許してくれる?」
「誰が許すか! 僕が怪我したってルーファスが大騒ぎして、三日も学園を休む羽目になったじゃねーか!」
「あはは、勤勉なサッシャはもう少し自堕落に過ごすことを覚えたほうがいいんじゃない? はい、これで痛みもなくなるはず」
檻の間から差し出された白い紙がシュルッと痛む手に巻き付くと小さな光を放ってからボロボロになって消えていく。
「これ、魔術?」
ナイジェルが言ったように、痛みはすっと消えていった。赤くなっていた手のひらは、何事もなかったかのように綺麗になっていた。
「そう、僕は隣国の……んー、まあいいか。俺は魔術を使えるよ」
「僕を階段から落としたのも魔術で、ルーファスの悪い噂を流したのもあんたなのか?」
いきなり親しげにしてきたクラスメートが、図書館で自我がなくなったように去っていったことを思い出す。
「正解。ホント、サッシャは察しがいいねえ。ところで、こんなことした理由は聞かないの?」
ナイジェルからの質問に、僕はそっぽを向く。理由を言いたいなら言えばいい。僕がそれで納得するなんて思わないけれど。
「俺ね、ローラント王子が好きなの。欲しいの。だからきみも、ルーファス・キンケイドも邪魔なんだよね」
「はあぁあっ!?」
完全に死角からの攻撃だった。全く考えてもいなかった理由で、僕は思わず大声を出す。
「王子が好きって、それって……」
王子には婚約者、つまりルーファスがいる。
「そう俺はローラントが欲しい。だから、きみも邪魔だし、特にルーファスは完全に貴族社会からも抹消しないとね。あいつの手には国宝があるし」
「国宝?」
「あれ、知らないの? 教室で抜こうとしていた剣があったでしょう」
「エッケザックス?」
「そうそれ。あんな伝説級の宝剣の持ち主なんて、再起不能なまでにしないとおちおちローラントを愛でられないよ。……だから、排除する」
「はあ? ルーファスを排除だって、馬鹿なことやめなよ。あいつの顔見たことあんの? 近くで見ても、遠くから見ても、本当に人間かってくらい顔が整ってる。あんたなんて足元にも及ばないよ。そんなルーファスをちっさい頃から見てる王子があんたなんかに靡くわけねーじゃん。無駄なことやめな」
「……本当に、きみはサッシャかい? 口が悪いだけじゃなくて、心抉ってくるね」
「まあね。孤児院育ちだし、面倒ごとに巻き込まれないようにオンオフの切り替えはバッチリさ。で、やめるよね?」
「やめない。悪役令息ルーファス・キンケイドには断罪式が待ってるんだよ。嫉妬のあまりきみを虐めて殺してしまったことで、ローラントに愛想を尽かされ、貴族としての立場もなくなる。そうダンスパーティーでの断罪式さ。舞台「真実の愛」の物語のように、悪役令息には退場してもらう」
「真実の愛?」
「そうか、きみは観たことがないんだな。今流行りの劇団が興行している舞台さ。勇敢な皇太子に健気な市井の少女、それから皇太子の婚約者だった悪役令嬢が出るんだ。学園で出会い恋をした二人に嫉妬した悪役令嬢が、悪行の限りを尽くし邪魔しようとするがそれを跳ね除けて真実の愛を貫く話なんだ。機会があれば見てみてばいいよ。おもし……」
僕はナイジェルの話を遮り、耳の穴に指を突っ込みながらつまらないとはっきり告げる。
「くっそつまんなそうな話だよな! 大体、婚約者のいる相手に横恋慕する女は性格わりーし、目新しい女がいたらすぐに手を出す浮気者の皇太子も最悪だ。俺が悪役れ……婚約者の友だちだったら、そんな皇太子なんかさっさと捨てて、別の相手見つけた方がいいって助言するよ」
自分自身にグサグサ刺さる言葉を吐きながら、僕は緊張に心臓が痛いくらいドキドキしていた。
「おや? 狙いをルーファス・キンケイドに定めたのかい?」
「違う。ルーファスは、と……もだちにはなれなかったけど、それでも僕の大切な人だ」
僕はルーファスを守ると決めた。それだけはなんとしても果たしたい。
「ふうん。それは残念だね。貴族令息が平民と友達になるなんて、それこそ創作の世界みたいなものだろうけど。きみが悪役令息になってくれるようルーファスに頼んだことをローラントに話した時はどうしようかと思っていたよ。彼にはね、悪役令息のままでいてもらわなきゃならないからね。おっと、時間切れかな。そろそろ戻らないと。きみにはしばらくここにて貰うね。大丈夫、孤児のきみには悪いようにしない。断罪式が終われば、ここから出してあげよう。学園にもまた通えるようにしてあげる。きみが将来この国の文官を狙うなら、その地位を買うくらいのお金も渡してあげる。まあ、前世がある、なんて面白いことを言うきみだから、国に持って帰って調査する方が面白いかな? だから、俺がローラントを幸せにするから、そこから見ていればいいよ。恋のライバルさんっと、もうライバルでもないのか」
「おいっ!」
もう一度檻を握ってなんとか壊そうとしても、それはびくともしなかった。ナイジェルは話すことが終わったのか、先ほども見た白く細長い紙が現れナイジェルの体を包むとその場からスウっと消えた。
「おい、待てよ。待てったらっ! おい! ここどこだよ、出せよ、このっ」
呼びかけてもナイジェルは戻ってこなかった。しん……とした牢屋は薄暗くて湿っていて少し寒い。
「あ……」
どうしよう、という言葉だけが頭の中を駆け巡る。僕の腕力じゃこの檻を壊すことなんて出来ない。
「そうだ!」
こういう檻は下の方が少し土に埋められているだけで、掘れば外せるかもしれない。僕は冷たく固い地面に座り込んで、必死に土を掘った。爪が割れて血が流れても構わず掘り進めるが、深く埋められているのか先が見えない。
僕はかなり長い時間、土を掘り続けたが、固い地面はそう簡単に掘らせてくれなかった。夜が来て、朝が来て、また夜が来る。何度も起きて、寝てを繰り返し日に日に焦燥感が強くなるが檻は外れなかった。
ナイジェルがここに現れることはなかったが、食事はいつの間にか現れてこれが魔術かと感心する。いや、感心なんてしてる場合じゃない。
ルーファスが危ないんだ。急いでここから出なければならないのに、どうして僕はこんなに腕力がないのだろう。今更言っても無駄なんだろうが、可愛さが売りのヒロイン(♂)じゃなくて、力自慢の剣士とかに転生したかった。
「くそ……僕はBLゲームのヒロイン(♂)なんだぞ。強制力でもなんでもいいから、今ここから出してくれ」
そうしないとルーファスが大変なことになる。もしかして僕を捕まえていることをナイジェルから脅されて言うことをきいてしまうかもしれない。そんなこと自分が許せなかった。ルーファスの足を引っ張ることだけは嫌だ。
「強制力とかわかんねーけど、出てきてやったぞ、正義の味方!」
いきなり目の前にキラキラと輝く何かが現れてそう宣言する。僕はゆっくりと顔を上げてそれを確認した。ナイジェルが戻ってきたわけではなさそうだ。
「ルーファスよりオメーに着いてた方が面白そうだ。あいつオレを抜くなって言われて十年オレを抜かなかったのに、オメーに何かあるとホイホイ抜いててめちゃ面白いと思ってたけどな。でも、オメーの方が百倍面白そうだから、こっちにきてやったぞ!」
「あの、どちら様で?」
僕はもう驚くのをやめていた。
***
『拝啓、第三王子殿下
サッシャ・ガードナーの身柄は預かっている。ダンスパーティーでルーファス・キンケイド侯爵令息を悪役令息として断罪し、婚約を破棄していただきたい。
あなたの新たなる婚約者より』
放課後の東屋でルーファスを応援する会を行った後、鞄の上に置かれていた手紙は目を疑うような内容だった。王城の部屋に戻ってから思い出したように手紙を読み、すぐさまルーファスに使いをやる。
脅迫文はたまに届くが、こんなのは初めてだ。いつもなら侍従に渡しておしまいにするが、胸騒ぎがしてルーファスに連絡することにした。こんなことなら、東屋で見つけた時にすぐに開けば良かった。何も考えずに王城の部屋まで持ってきたのはどうしてなのだろうか。脅迫文が指示しているルーファスとの婚約を解消することは、今現在秘密裏に進めている。王太子の兄とその補佐をしている次兄も巻き込んだ。
けれど、ダンスパーティーの公衆の面前でそれをやれば、どれほどルーファスが汚名を被るかわからない。貴族令息としては公開処刑も同然の行動だ。
寮に向かわせた従僕が戻るのを、何事もなければいいと祈るような気持ちで待っていると、ドアがノックされる。
侍従がドアを開けると、父の使いが来ていた。
「第三王子殿下、ご機嫌麗しく存じます。国王陛下がお呼びでございます」
「父が?」
なぜなのか皆目見当もつかない。週に一度夕食を共にするくらいで、基本的に日常で会うことはほとんどないし、呼び出しが来ることもない。
「はい。急ぐように、とのことです」
「わかった。……ルーファスがもし来たら、部屋で待つように伝えてくれ。わたしは父に会ってくる」
「承知いたしました」
父の侍従の後をついていけば、王城の父の私室まで通された。今日は予定がない日なのかもしれないが、用件が全く思いつかなかった。こんな時でなければ、父に会えるのは嬉しいことだ。滅多に会えない人だけれど、国王としても父親としても尊敬出来る人だからだ。
侍従がノックして返事があると、中に通される。落ち着いた色合いでまとめられた豪華な私室のソファーに父は座っていた。
「父上、お呼びと聞き、参上いたしました」
「座りなさい」
父は金髪碧眼で若い頃はとてもモテたらしい。身長も高くて優しい雰囲気を持っているのでわかる気がする。母である公爵令嬢と結婚して三十年、夫婦仲もよく一緒に公務している。
「母上は一緒ではないのですか?」
「ああ。お前に話がある……」
父はチラリと壮年の侍従に視線を向ける。すぐに侍従は下がり、部屋には二人きりになった。
話があると言うが、父はいつもとは違い話し出さない。口が重く、その内容がとても重要なことなのだと感じさせる。
「父上、一体何があったのですか?」
こんなに口ごもる父を見たことがなかった。
「サッシャ・ガードナーに会った、……いや、仲良くしているそうだな」
「は?」
自分も知らない王家の護衛がついていることは知っていた。学園やその行き来で冤罪や犯罪に巻き込まれないように、複数ついている。兄たちにも同じようについていたと聞いている。特に一番上の兄は次代の国王だ。今の自分よりもっと大勢の護衛がいたのだろう。それは婚約者である、ルーファスもローラントより数は少なくなるが、同じように護衛がついている。特殊な貴族家なので、そちらの家からもいるのだろう。
だから、サッシャのことが知れているのも、驚くようなことではない。それなのに父の表情は浮かない。
「はい。いずれ王族を外れ、臣籍降下するわたしには市井の世界を教えてくれる得難い友となると思っております。ルーファスともども」
きっとルーファスとサッシャのことはもう耳に入っているのだろう。
「あの子は……」
続きを待っても父の口は重く開かない。婚約を解消することについて何か言われると思っていたのに、ルーファスのことではなくサッシャのことばかり気にしているようだ。
「父上?」
「ルーファスとの婚約解消については、承知している。キンケイド家からも穏便に解消を願われているおるからな。あそこは恋愛脳の家系で、この婚約は不本意だったのだ。子どもが恋した相手を歓迎している。サッシャ・ガードナーという少年、学園での成績は優秀、教会の神父になりすまして教会で働いている枢機卿からも、くれぐれも大切にして欲しいと言われている」
「はあ……。それは嬉しいですが」
枢機卿? とまた新たな疑問が湧き上がるが、先に父の奇妙な言動の方を知りたい。
「サッシャ・ガードナーという少年はどのような少年なのだ?」
「えっと、そうですね。容姿は可愛い感じです」
「ピンクの髪に赤紫の瞳か?」
「ええ。知識欲があり図書館によく通っています。夢は王城で就職して文官になりたいと頑張っています」
前のめりに聞いてくるのが少し怖い。昼食での会話の中でいろいろ聞き出しているが、そんなものを聞いて楽しいのだろうか。
「孤児院出身と腐らず、真面目に前向きに頑張っている生徒だと思います」
「そうか、余は……恋を、したのだ」
「は?」
一体何を聞かされるのだろう。いきなりだし、親の恋バナなんて聞きたくないのだが。
「サッシャ・ガードナーは余の四番目の息子だ」
「……っ!」
驚きのあまり目を見開いて自分の父親を見つめる。ニーラサの国王であり、外交も内政も過不足なく行える賢君として讃えられている父親のとんでもない告白に、言葉も出ない。
「お前たちの婚約解消は余が取り計らおう。その代わり、サッシャ・ガードナーを守って欲しい。余は彼女を守れなかった」
「はあ……えっと、父上は浮気をされた、と?」
「恋をしただけだ」
「そうですか。わかりました。お相手はどちらで? サッシャ君は孤児院で育ったと言ってましたが……」
「城で侍女をしていた貴族令嬢だ。城を辞した後、子を孕んでいることがわかり、産後の肥立が悪く儚くなったと聞いた。生まれた子は、どこの誰かもわからない子を産んだので孤児院に捨てた、と」
侍従に調べさせたと父が言い、僕は眉間に皺を寄せる。それであなたは何もせずただ話を聞いていただけなのですか、と怒鳴りたい気持ちを必死で抑える。
「……サッシャ君の身柄を預かったという脅迫文が今日届きました。先ほどおっしゃった件がどこかに漏れた可能性は?」
また恋だ。人は恋に落ちるとバカになるのか? 悪態を吐きそうになるのを我慢して、慇懃に接する。
「ない。先ほど席を外した侍従と余しか知らぬ。サッシャが攫われただと? なぜだ……っ」
「わかりません。もうすぐ使いにやった従僕が戻ってくるでしょう。わたしは部屋に戻ります」
これ以上この部屋にいると、頭がおかしくなりそうだ。自身の結婚は国のためと言っていた人間が、恋をしただけでこうも変わるとは思わなかった。
ますます恋に対して、嫌悪感が湧く。
「ローラント……」
「父上、あなたは恋をしただけとおっしゃった。けれどその代償はサッシャ君が払ってます。父も母も、家族が誰もいない孤児という場所に落とされて」
「!」
「失礼します」
部屋を出て、自室へ戻りながらこれで婚約解消については問題ないと思う。あとはあの脅迫文が杞憂であればいい。
「恋なんてするもんじゃないな」
恋したってろくなことがない。ルーファスの恋は応援したいし、幼なじみたちの恋だって心から祝福したい。けれど自身があんなふうになるのは絶対に嫌だ。
急ぎ足で部屋に戻ると、ルーファスがその美貌を曇らせて待っていた。曰く、サッシャが寮からいなくなったと、最悪の結果を持ってきたのだった。
ともだちにシェアしよう!

