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17話 悪役令息はヒロイン(♂)を探す
サッシャが攫われてから、ピンク色の髪と赤紫色の瞳の人物を見た、という情報が入り、ルーファスはすぐさま城下に向かった。なぜか近衛の騎士団までつけられていたが、ルーファスは気にすることなく騎乗して急ぐ。サッシャが攫われた日から、ルーファスは城に泊まり込み、情報を集めていた。
この首都にも貧民街はある。今回の情報はそこからだ。
「ルーファス様、ほどほどにと侯爵様よりご伝言が……」
貧民街に到着し、案内人の後を着いていく。どこかすえた臭いのする街は、歪に歪んで見えた。けれどこの街のどこかにサッシャがいるというなら、草の根をわけても探し出す。
「ルーファス様、聞いてらっしゃいますか?」
「なんだ」
「ああっ聞いてらっしゃらない! お父上からのご伝言……」
キンケイド家から来た侍従は、口煩くルーファスの世話を焼き、休めと言うのが邪魔で仕方ない。
その時、白装束の男達がいきなり襲いかかってきた。
「……ヒィ!」
侍従は首を竦めて逃げる素振りを見せたが、腕を振って短剣を投げつける。キンケイド家に雇われた人間は料理人見習いさえ戦える。そうでなければ、雇わないし、生きていけないからだ。
「ルーファス様、危険ですから下がって……ああ……」
「エッケザックス」
侍従が嘆いたのは、ルーファスが宿主になっている宝剣を抜き、敵である白装束をなぎ倒すように斬っているからだ。
「宝剣をそんな風に使ったの、きっとルーファス様だけですよ……」
一欠片の慈悲もなく襲いかかってくる相手を切り伏せ、次々と倒していく。けれどその相手から血が流れるわけでもなく、切り捨てられた途端破けた紙片になって地面に落ちていった。
「これはなんだ?」
本当はこの欠片さえ滅してしまいたいが、後ろに控えていた王城の魔術師たちに突きつける。
「魔術が書かれたものです」
王城の魔術師たちはそれを見て青ざめていたが、それ以上何も言わなかった。
「……今死ぬか、話すか選べ」
「え?」
「ちょ、ちょっと待て!」
「ルーファス、落ち着いて。これが魔術ってだけで、この人たち全然悪くないから、それどころか魔術を教えてくれる貴重な人材だから!」
「サッシャ君がいなくなって焦っているのはわかるがルーファス、心を落ち着かせて話を聞こう」
四人が慌ててそう言うので、ルーファスはジロリと魔術師たちを睨みつけるだけにとどめた。
あの日、サッシャの部屋を訪れたルーファスは、荒れた様子はないが誰もいない部屋を見て嫌な予感がした。見張らせていた影に聞いても、部屋に入った後は出てきていないという。けれど鍵は開いているし、妙な気配が部屋に充満しているような気がした。その時に、王城からローラントの使いが来て、サッシャの安全を確認するように伝えられたのだ。
サッシャの行方がわからなくなってから、ルーファスは王城に乗り込み魔術師たちを連れて寮のサッシャの部屋を調べさせた。そして魔術が使われた形跡があることを知ったのだ。けれど隣国の魔術大国で魔術師としての契約があり、それ以上は言えないとの一点張りだった。だからこそルーファスはサッシャの情報があれば、魔術師たちも連れ回している。
なぜか国王陛下の許可も降りて、今日も下町でサッシャに似た容姿の少年がいると聞き、引きずるように連れてきた。
「まずいよ。これ、関わり合いにならない方が良い」
「関わり合いにもうなってる……。でも侯爵令息が孤児の子どもになんの用があるだ?」
「絶対やばいことになる。あの方、まじ迷惑」
魔術師たちは三人いて、こそこそ話している。
「あの方?」
気になるフレーズにルーファスは、手に持っていたエッケザックスを突きつけてやれば、悲鳴を上げられた。
「ば、バカっ!」
「イタタタ……っ」
口を滑らせた魔術師の一人に、他の二人が肘鉄を当てていた。
「な、なんでもない、です。本当に私たち何も知らなくて!」
「……ルーファス、無理強いは出来ないよ。魔術師たちの契約には、いろいろ制限がある」
「そうなんです。すみません、制限があって、その……あなたが探している孤児の少年をとても大切になさっていることはわかるんですが、私たちに出来ることって少なくて……」
「二度目だな。孤児と言ったか?」
大切な相手を安っぽい名称で呼ばれ、ルーファスの元から高くなかった機嫌がますます下がっていく。
「あの、す、すみませんっ。私たち、それくらいしか情報をいただいてなくて」
「ほら、お前も謝れ!」
肘鉄された魔術師の頭を押さえて、他の二人も頭を下げる。ルーファスの怒りはそんなことでは押さえられず、地面に散っている白い紙にエッケザックスを突き刺す。
「滅せよ」
ボッと青い炎が立ち上り、その紙はチリ一つ残さず消え失せた。
「こえー……」
矜持などかなぐり捨てて、今のルーファスはサッシャを探していた。貴族家の次男などという力のない自分が歯がゆい。ただのクラスメートを探すだけでは、キンケイド家の全てを使うわけにはいかなかった。父と長兄を消してキンケイド家を乗っ取ろうかと考えたが、すでにその考えを読まれていた。
けれど次男の嫁(候補)がいなくなったと知り、普通なら考えられないほど譲歩され、方々に影たちを放っていたが、サッシャの行方は杳として知れない。
魔術師たちにサッシャの行方を探させてもわからないと言う。自分たちよりも大きな力が邪魔しているようだと震えていた。
「キンケイド侯爵令息様、そろそろ戻りましょう」
「来る」
ハッとした魔術師たちは魔術を展開して、ルーファスと自分たちの周りを防御する。けれどそれはガラスを割るように破られた。
シュルッと伸びる白いものがルーファスに巻き付く。
「エッケザックス」
名前を呼ぶとエッケザックスは光り輝き、巻きついたものがその光によってボロボロと崩れ落ちていく。
「出てこい。サッシャを返せ」
ここへ導いた者がきっとサッシャを攫っていったのだ。もし出てきたら決して許さない。エッケザックスで消すなんて簡単は方法は取らない。もっとも苦しみを長引かせ、殺してくれと言っても笑って続けてやるくらいの痛みを与えてやる。
「怖い。これが侯爵令息かよ」
「舞台で見た悪役令嬢の令息版みたい」
「あーわかる。あれ面白かった」
口に出ていたのか、魔術師たちが震えながら話しているのをギロっと睨みつけると押し黙った。
「ルーファス、城下にサッシャ君がいるという情報は嘘だったのかもしれないな。孤児院の方も探したが見つからなかった」
「ローラント」
ローラントと幼なじみたちは日々憔悴していくルーファスを心配しながらも、助けてくれている。あれだけサッシャに怒っていたアンドリューさえ、もー、仕方ないなーと言いながら、自白剤を量産して片っ端から使用している。それでも学園に通う身である五人にはやらなければならないことがあった。
明日に迫ったダンスパーティーに、隣国の王族が参加すると言ってきたのだ。
延期することも出来ず、準備に追われていた。五人だけでは手が足りず、侍従にいろいろ丸投げしていた。ルーファスはそんなものに出ている場合ではないと思って欠席しようとしたが、その場で婚約破棄の茶番を演じなければならない。
サッシャが無事戻ってくるなら、それでも良かった。けれど相手は有無を言わさず人を攫うような者だ。無事にサッシャが帰ってくる保証はない。
「ルーファス、今日は帰ろう。大丈夫、あのサッシャ君ならきっと、ルーファスが助けに行くまで頑張ってくれる。もしかしたら、捕まっているところから逃げ出してくるかもしれない」
「そうそう。あの子、図太そうだったし、今頃大声でここから出せーとか言ってるんじゃない?」
「そうだよ。サッシャ君ならきっと無事だ。だから、ルーファスは少し休んで。そんなボロボロな姿でいたら、サッシャ君心配しちゃうよ」
「そうですよ。アンドリュー自慢の美容液でパックしないと、お肌がボロボロでサッシャ君が幻滅してしまうかもしれません。さあ、帰って食事をしてゆっくり休みましょう」
ローラントと幼なじみたちの言葉はとても嬉しい。けれど今もなお行方の知れないサッシャがどんなふうに過ごしているかと考えただけで、胸が掻きむしられた。
「……エッケザックス。もしお前に光の妖精が宿っているなら、サッシャの元へ行ってくれ。そして守って欲しい。俺の全てを渡すから……」
握った宝剣に縋るように囁けば、エッケザックスは淡い光を放ちながら消えていった。
「……消えた」
「え? ルーファスの中に戻ったんだよね?」
「いや、エッケザックスの存在を感じない」
いつだって胸の奥深くに存在していた感覚が消えて、まるで「またな」と言われたように思えた。
「え、ええっちょ、国宝っ!」
「わ、ルーファス!」
慌てる幼なじみたちの前で、ルーファスの体が力無く崩れていく。リースとタルベットが両方から支えて地面に転ぶのは防げたが、完全に意識を失っていた。
「あー、あの宝剣って光の妖精がついているっていう幻の……」
「そんなこと言ってる場合か。キンケイド侯爵令息様、しっかり!」
過労のあまり倒れたルーファスは、王城へ運ばれアンドリュー特製の睡眠薬と栄養剤を飲まされてベッドに括り付けられた。
眠るルーファスを見つめながら四人はこそこそと話し合いを始めた。
「エッケザックス無くしたら、ルーファス罪になるのか?」
「あれは王家の宝剣とはいえ、光の妖精の意志がある。まあ、貴族議会で何か言われるかも知れないが、しばらくはバレないさ」
光の妖精に気に入られない限り、手に取ることはおろか、近寄ることも難しい宝剣だ。他に気に入った相手が出来たら、ルーファスから離れることだってあるだろう。
ルーファスが宝剣に気に入られて宝剣の持ち主になった時も、結局は光の妖精の意志に従うことしか出来なかった。下賜された訳でもないのに、王家から宝剣が失われることが対外的にまずいので、第三王子とルーファスの婚約がなったのだ。
「でも、どこ行っちゃったんだろうね」
「ルーファスが願ったから、サッシャ君のところ、とか?」
「まっさかー」
「いやでも、有り得るかもしれない。元々あの宝剣は三百年前に起こった厄災の時に剣を手にした勇者が願ったことを叶えてくれた。今回もルーファスの願いを叶えてくれているのかもしれない」
「それなら、ダンスパーティーに現れる犯人を捕まえるために、今から準備しなきゃね」
「ああ、ルーファスの断罪式の準備を始めよう」
眠るルーファスを見つめながら、四人は力強く頷くのだった。
***
あ、あああああ、あいつ――っ! ■ 絶対絶対許さない! ルーファスは必ず僕が守ってみせる!
「ここから出せ――っ!」
ナイジェルが去った牢獄でサッシャは檻を力一杯掴んで揺さぶったけれど、揺れたのは自分の体だけだった。
地下の牢獄は湿気ていて、なんだかカビ臭い。一体ここがどこなのかわからないが、大声で叫んだら誰か気づいてくれるかもしれない。
「おーいっ! 助けてくれ――っ」
明かり取りの小さな穴へ向かって叫ぶと、牢獄の中をワンワンと響くだけで外に声が向かっているような気がしない。
あいつが言っていた魔術というもので、この牢獄全体を囲っているのかもしれない。それならいくら大声で騒いでも誰も気づいてくれないだろう。叫んで損したとばかりに僕は地面に座り込む。
「よし!」
どんな堅牢な牢だって、檻は地面に埋め込んでいるだけだから、そこを掘ればなんとかなるはず。固めた地面に視線を向け、僕は固められた土に手を伸ばす。指先にガリっとした感触が当たる。固められた土は簡単に手で掘れるものではない。それでも僕は諦めず、掘り続ける。
ガリガリ……と指先で土を擦れば、ほんの少しだけ土が剥がれた。僕は下を向き、必死に土を掘り始めたのだった。
今はいつで、ここに閉じ込められてからどれくらい経ったのかもわからなくなってきた。水とパンがいつの間にか牢の中に入っていることがあったが、それを食べるより土を掘る方を優先していたら、体が限界になって来たようだ。腹は減っているような気がするが、それよりもここから出る方が先だとろくに水分補給もしなかった所為かもしれない。
ついでに指先も硬い土を掘るために皮膚が破れ、爪が割れて血が滲んでいる。硬い土はどう頑張っても、道具もない今、大して掘り進められてない。くっそう、僕はコツコツ頑張るタイプなのに、あまりにも土を掘る進捗が悪くて挫けてしまいそうだ。いつの間にか魔術のかかったランタンが掛けられているが、明かり取りの穴は暗いので今は夜なのだろう。
僕はこんな時だが、こんな弱々なヒロイン(♂)より、筋骨隆々とした騎士なんかに生まれかった。そうすればルーファスに迷惑をかけず、自力でなんでも出来て、もしかしたら友達になれたかもしれないのに。
それなのに、僕はちょっと可愛い程度のヒロイン(♂)だ。
「くそ……僕はBLゲームのヒロイン(♂)なんだぞ。強制力でもなんでもいいから、今ここから出してくれ」
早くここから抜け出して、ルーファスのところへ行かないと大変なことになる。ナイジェルはルーファスを悪役令息に仕立て上げ、ダンスパーティーで婚約破棄を宣言させるつもり断罪式を起こすつもりなのだ。優しいルーファスは僕を捕まえていることで脅迫されたら、大人しく断罪されてしまうかもしれない。
そんなことは自分自身が一番許せなかった。ルーファスの足を引っ張るなんて、絶対に嫌だ。
地面に手をついて、爪を立てて土を抉る。
「強制力とかわかんねーけど、出てきてやったぞ、正義の味方!」
いきなり目の前にキラキラと輝く何かが現れてそう宣言する。僕はゆっくりと顔を上げてそれを確認し、夢かなと思う。光の塊が喋っているのが見えたので、ナイジェルがきた訳ではなさそうだ。それでもこの目の前の光り輝くものはなんだろうと思う。
「ルーファスよりオメーに着いてた方が面白そうだ。あいつオレを抜くなって言われて十年オレを抜かなかったのに、オメーに何かあるとホイホイ抜いててめちゃ面白いと思ってたけどな。でも、オメーの方が百倍面白そうだから、こっちにきてやったぞ!」
「あの、どちら様で?」
会話の出来る光って一体なんだろうと思うが、僕はもう驚くのをやめていた。というか、疲れすぎて驚くことも出来ない。
「この登場でそんな返しがあるなんて、やっぱオメーはおもしれーな!」
「ああ、わけわかんない存在のおもしれー男枠になってしまった!」
僕は特に面白い人間ではないのに、この光るものの面白い人間枠に入ってしまった。
「あはははははっ! いーじゃねーか、おもしれー男。楽しいしなっ」
明るく朗らかな語りで、本人が言ったように正義の味方なのだろうがいかんせん不審すぎた。ぴかぴか光る塊というところもそれを後押しする。
「楽しくない! 僕は真面目に誠実に今を生きてるのに、わけわかんない光に面白い男なんて言われて楽しめるもんか!」
こんな不毛な会話をしている暇なんてないのに、どうして僕はこんな運命を引き寄せてしまうのだろう。
「どうせなら、ルーファスにおもしれー男って思われて、気にしてくれて、恋して欲しかったな……」
言葉に出してみると、ますます悲しい気持ちになってしまう。
「ルーファス、どうしてるかな……」
僕が捕まってからルーファスはどうしているだろう。
「オレを使って元気に向かってくるやつぶった斬ってたぜ」
「は?」
「だから、オレを使って元気……かどうかは今わかんねーけど、向かってくる敵をぶった斬ってた。つか、ここも同じ匂いがするな」
「ぶった斬る? あんたを使って?」
このキラキラ光るものを使ってどうやってぶった斬るのか、またこの光はルーファスを知っているのか何から聞けばいいのかわからないほど色々突っ込みたい。
「えっと、ひとつずつ聞いてもいいか?」
「どうぞー!」
「あんたでぶった斬ること出来んの?」
「オレに切れないモンはねーよ!」
「どーやって斬んの?」
「柄を握り、鞘を抜いて、こう振りかぶって斬る! ってやると大体斬れる」
「……疑問が増えた! いや、まあ斬るのはどーでもいいか。あんたさ、ルーファスのこと知ってんの?」
「知ってるっつーか、今まで一緒にいた」
「一緒にいた!?」
そこで僕はじっとその光を見つめる。
「そんなに見つめられると照れるな!」
照れているのかどうかなんて僕にはわからない。ただ面白がる声に、僕はある仮定を立てる。
いつもルーファスのそばにいて、キラキラ光るもの、といえば、ひとつしかない。
「エッケザックス?」
「そう」
「え、本当に?」
「本体顕現しようか?」
「遠慮します」
ぴかぴか光るものがそんなことを言うので、咄嗟に断ってしまう。怪しい存在が差し出すものを、素直に受け取るなんて出来るわけもないのに、エッケザックスと名乗るぴかぴかは、発作のように笑い出す。
「あっはっはっはっは! やっぱオメー面白い! ルーファスが、一目惚れするはずだ。オメー、イケメン滅びろとか、目が潰れるとかあいつに言っただろ? あいつ無表情なくせにめちゃくそ面白がってたぞ」
「え? 僕、ルーファスのおもしれー男枠になってた?」
「なってたなってた。あいつにそんなこと言ったやつ今までいなかったからな。おまけにあの鉄壁で自制心の塊であるアイツが唯一それを崩す相手だ」
「何それ?」
自制心を壊す存在? なにそれ怖い。僕はルーファスにとってそんなに重要な人間じゃないはずだ。疑問に思ってると、エッケザックスはあっけらかんと話した。
「あいつはオメーに恋してるって言ってるんだよ。今までの自制心なんて吹っ飛ぶくらい、熱くな!」
「はー? な、何言ってんの!」
ぴかぴか点滅する光……、エッケザックスが、面白そうに僕の周りを飛び回る。恥ずかしい。僕がルーファスを特別大切だと思うように、ルーファスもそう思ってくれているのは言われなくてもわかっている。でも恋をしているかどうかなんて、本人でもないのにわからないだろう。
「このこのー、どうだい、両思いになった感想は?」
「そんなの、エッケザックスの主観だろ。ルーファスが言ってないんだから、間違っている場合もある。僕は嬉しいなんて思ってない。思ってないったらない!」
もしかしてという淡い……強欲な期待が膨れ上がるのを必死で押える。両思いってそれはルーファスも僕のことを好きってことだ。友だちになれないと言ったのは、恋人になりたいと思っていたからかもしれない。
と考えて、それはないか、と思い直す。だってルーファスは他に想い人がいる。それは自分以外の人のはずだ。
「……僕を期待させて落ち込ませたこと、後悔させてやる!」
「あはは、全然信じてねーな。オメー、本当におもしれーなー。勇者もおもしれーやつだった。人類が滅亡したら、好きな子に告白出来ないから、力を貸してくれって強引にオレを連れ出したんだぜ」
それは初めて聞いた勇者の話だった。書物に書かれている勇者は美辞麗句に飾られていて、同じ人間なのかと疑うばかりの内容だった。
「へー。勇者の好きな人ってどんな人だったの?」
「んー? 秘密」
動き回りながらぴかぴか光るエッケザックスを目で追いかければ、くるんと回って目の前まで飛んできてそう言う。
「えー、けち。勇者の逸話はたくさんあるけど、好きな人に告白したいからなんて理由どこにも載ってなかったよ」
嘘じゃなんじゃないかと考えていると、エッケザックスは至極真っ当なことを言ってきた。
「いや、話してやってもいいけどよお、オメーここで無駄話している暇あるのか?」
「……」
確かに勇者の話は魅力的だが、それよりも大事なことがあった。
「ない! エッケザックス、どうにかしてここから出れない?」
一か八かと思って聞いてみれば呆気にとられるほど簡単だった。
「出れるぜ。オレの名を呼べ。魂から、呼べ、オレの名を」
僕は腹に力を入れて、叫んだ。言われるまま、魂から、望んだ。
「エッケザックス、顕現して!」
「おう、サッシャ・ガードナー。世界の理において、我が身を宿す鞘となる者、光の妖精エッケザックスの所有者!」
え、それなに? そんな話聞いてない。僕はただ、ここから出られたら良いだけで、所有者になんてなるつもりはない。それはルーファスのことだったはずだ。
「ちょ、ま……っ」
止める間もなく、目の前が光で溢れる。魔術で固められた堅牢な戒めが崩れ、ボロボロになった。光が収まったあと、鉄の棒は腐ってサビになり、土の上にこぼれ落ちる。
「こっわ、なにこれ、こっわ!」
「あはははは、オレを欲しがる奴の方が多いのに、なんだその持ち方おもしれー。これだから人間観察はやめられねー」
僕はいつの間にか握りしめていた剣を放り出すことが出来ず、まるで触りたくないものを持つように人差し指で親指で摘んでいた。
「おい、オレを落とすなよ。一応国宝って言われてる剣だぞ」
「国宝……もー、ルーファス見つけたらすぐ返す。絶対返す。僕いらない」
「おいおい、オレはもうサッシャのもんになってるぞー」
からかうエッケザックスをこのままここに捨てていこうかと一瞬悩む。けれど国宝をこんな地下のボロボロになった牢屋に捨てていくことは出来ず、苦渋の決断で僕は剣を持つ。
「うるさい。僕はいらないって言ってるの。もー危ないからどっかいってよ」
「はいはい。それじゃオメーの中に入るかな」
耳を疑う言葉が聞こえてきた。
「え? やだやだやだ、なにいやらしい言い方してんだよ。ぼ、僕の中に入るとか、えっち!」
「あははは、ここで見てっから、頑張れよー。なんかあったら呼べ」
焦る僕と反対にどこまでも面白そうなエッケザックスは、光となって僕の中に消えていった。パタパタと胸元を叩いても出てこない。
「もー! 絶対絶対ルーファスに引き取ってもらうから! 僕はいらないんだからっ」
あっはっはっは、という笑い声がどこからか聞こえたような気がした。
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