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エピローグ
噂は間違いだったと一人一人訂正していくのは無理だ。だからルーファスは僕と仲良くしているところをみんなに見てもらおうと提案してきた。僕はいいアイディアだと思って頷いた。
今日は放課後をいつもの東屋でお茶会をして過ごすそうで、僕も招待されている。丸いテーブルの隣に座ったルーファスは、苺の乗ったフォークを僕の口元に運んでくる。
「最終回ルーファスを応援する会を始めたいんだけど、いいかな?」
王子がそう言って生暖かい目で僕たちを見ている。他の三人を見ればサッと目を逸らされた。いちゃいちゃし過ぎているらしいが、幸せすぎて僕にはルーファスを止められない。
「婚約解消するのも大変だったっていうのに、呑気なもんだよねー」
「まあまあ、幸せを噛み締めてる恋人同士にそんなこと言っても聞いてないって」
「いいなー、恋人同士」
アンドリューの嫌味だって華麗にスルー出来る。だってとっても幸せだから。
「アンドリュー」
ルーファスがアンドリューの名前を呼べば、唇を尖らせたアンドリューは素直に謝ってきた。
「悪かったよ。謝るし、ほらこれやるから」
渡されたものがなんなのかわからず、瓶を手に取ってピンク色の液体を眺めていると、ルーファスに取り上げられた。
「え?」
「まだ早い」
「何が?」
疑問が湧くがルーファスは答えたくないのか、口篭っている。
「それは潤滑剤だよ。ちょっぴり媚薬の成分も入れてるから、夜が盛り上がるよー!」
「そんなハレンチなもの、学園で渡すなっ!」
僕は急いでルーファスの手からそれを取り戻すと、制服のポケットに突っ込んだ。
「ルーファスはこんなばっちいもん見ちゃダメ!」
「ばっちいって! お兄ちゃんの作るお薬は美味しくてとってもよく効くんだぞー」
「ぐ……っ」
僕はダンカン伯爵家の養子となった。アンドリューの弟、という位置だ。まだルーファスからプロポーズは受けてないけれど、ダンカン家からキンケイド家へ嫁ぐことも決まっている。
「そーいえばさー、サッシャ君がうちの養子になった途端、釣り書きが送られてきたんだけど、なんでか知ってる?」
アンドリューがそう言うと、何故か王子は苦悩するような表情を浮かべた。
「どの家だ? 潰す」
「待て待て待て! 早まるな。もしかして学園でサッシャ君に恋をして、貴族家に養子に入ったからこれ幸いと釣り書きを送ってきただけの純粋な気持ちかもしれないだろ」
「いやねーだろ、そんなこと」
「リース! お前はルーファスを止めたいのか、煽りたいのか!」
「あ……ごめ」
そんな会話に僕は笑ってしまう。だってここにいるとまるで友達同士みたいな会話が聞けるし、その中に入っているような気がするからだ。
「後ろ暗いところがなければ、キンケイド家が探っても何も出ない」
「いやいやいや、痛くもない腹探られたら、いい気持ちなんてしないから!」
「あはははは、ルーファス待って。僕が好きって言ったのは、ルーファスだけだよ」
この好きがルーファスの邪魔になったらすぐにルーファスの前から消えるつもりだ。だって、好きって気持ちはまだ少し怖いから。前世の父も、その妻だった女も、母だった女もきっとその好きで狂ってしまっている。幸せばかり運んでくるものではないことを、僕は知っている。
「何もしない方がいいのか?」
「いいね」
頷けば不満げな眼差しを向けられたが、僕は構わず紅茶を口に運ぶ。飲み込んだ後、チラリとルーファスを見れば、真っ白なクリームのかかったスポンジを小さく切って僕の口に入れてくれた。
「だが、少しでも不穏な動きを見せたら、見せしめとしても罰する」
「わかったよ」
ルーファスは僕が好きだと言ってくれたし、こんなふうに態度でも示してくれる。それがとても嬉しい。
「……全くルーファスは恋をして変わったね。まるで噂に聞く悪役令息みたいだ」
愛する者の心も体も離れていかないように自分の全てを賭けて戦い、邪魔するものには容赦しない。そんな存在は僕にとって一人だけだ。
「そりゃそうだよ。この悪役令息は、僕が育てたんだからね」
僕はまるで生産者の顔をして、胸を張ったのだった。
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