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第18話

 時代に取り残されてしまったオメガは、今の世の中では、完全に異物だった。 「オメガなんて」 「オメガのくせに」 「気持ち悪い」  家族からは疎まれ、蔑まれ、見放された。発情期は、僕の意志とは関係なく訪れ、色々なものを奪っていった。人間関係、仕事、時間、そして、僕のなけなしの自信。どうやって生きていけばいいのかも、生きていく意味もわからなかった。 (オメガ、って、陽色くんは知ってるんだ)  慣れたもので、反射的に誤魔化そうと顔が勝手に笑みをつくる。けれど、陽色くんの目はあまりにまっすぐで、普段の穏やかな調子はまるで見当たらなくて、挫けた。 (嫌われたくない。嫌われたく、なかった)  あのまま、お別れがしたかった。 「ご、めんなさい。ごめん。あの、けど、僕は、あの、陽色くんと過ごした夜が初めてだから。あの、信じて、もらえないかもしれないけど。だから、あの、病気、とか、多分、持ってない、し。あ、違、あの、オメガ、なのに、全然、ぼ、僕、経験なくて、拙くて、ご、ごめんなさい。あの、僕、僕ね、あ、の、勝手なんだけど」  混乱のまま飛び出た言葉は、妙に流暢で支離滅裂だった。オメガなんかを相手にしてしまったと思っただろうか。オメガだったのにあの程度と思われてしまっただろうか。 (そんな目で、見ないで)  俯いた拍子に涙が零れた。 握られたままの手が痛い。 「き、嫌わないで。ちゃんと、別れるから。ごめんなさい。嫌わないで」  何を言っているのだろう。  僕、何をやっているんだろう。  どうして、こうなるんだろう。  携帯電話の電源を今は切っている。けれど、きっと、彼らからの連絡は来ているだろうし、もしかしたら家族からだって非難の着信が残っているかもしれない。 (怖い)  こんなことなら、会いたいなんて思っても、我慢すればよかった。そうすれば、残った思い出は幸せの色のまま、僕はそれだけで、後の時間を耐えることができただろうに。  縋るものが何もなくなった。  その途端、全てが怖くて堪らなくなった。  逃げたい。 「本当に勝手だね」  逃げられない。  ひっく、と漏れた嗚咽は、店内に大きく響いた。  早く1人になりたかった。  1人で泣いて、大きな声を上げて、散々泣いて、そうしたら、少しは楽になれるかもしれない。  嗚咽を堪えようとすればする程、苦しくて、無様に肩だけが跳ね上がる。 「春さん、俺、怒ってるよ」  陽色くんの手が離れる。解放された両手をのろのろと口元にやり、しっかり抑える。何度も頷いた。  わかっている。 「だ、騙してて、ごめんなさい。陽色くんに無駄な時間、使わせて。僕、なんでもします。あの、い、今、少し、まとまったお金があるから」 「――それって、あのDVDで稼いだお金?」  息が、止まるかと思った。 いっそ、止まってしまえばいいのに。  そうか。陽色くんに知られてしまったのは、そのせいだったのか。 (あの、DVD)  陽色くんは、なんて思っただろう。  軽蔑しただろうか。後悔しただろうか。

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