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第5話(陽色)
また、春さんとの連絡が途絶えた。
あのデート(少なくとも俺はそのつもりだった)の後からだ。
(やっぱりからかわれてるのかなあ)
春さんは俺よりも6つ年上で社会人だ。そのせいか、いつも忙しくしている。何をしているのか詳しいことは教えてもらってない。けど、かなり収入があるようで、俺のために色々とお金を使ってくれている。
同じ男として情けなくもあるのだけれど、断ると、春さんが泣きそうなくらいに落ち込むので、困る。
(俺だってそれなりにバイトして……、そりゃあバイトだけど)
だから、今は甘えさせてもらおうと思っている。就職をして稼げるようになったら、今度は俺が春さんにたくさんのお礼をしたい。
(けど、その前に、破局しちゃうかもしれないなあ)
つきあい始めて、半年が経った。その間に会えた回数は数える程しかない。1ヶ月か、2ヶ月に1度程度だ。
(会いたいなあ)
わがままを言って困らせたいわけじゃないけど、これはあまりに放置プレイが過ぎないだろうか。
誕生日には時間を作ってくれたみたいだけど、満足な別れもできないまま、また仕事だと急ぎ足で去って行ってしまった。
(もっと長く一緒にいたかったなあ。あわよくば夜まで。少なくとも俺はそのつもりだったのだけど。春さんにはその気は全くなかったみたいだ)
俺と春さんの間には、肉体関係がない。
それどころかキスも数回しか経験がない。
お互いに(恐らくは)、男同士での付き合いをこれまでにしたことがないからかもしれない。
前回のデートでも、買い物をして映画を見て夕飯を食べて、そして別れの言葉を言われたときは、驚いた。
(というか、まだそこまでの仲になれていないというか)
項垂れる。
春さんはいつも、最大限、俺に気を遣ってくれている。緊張している。本人も気づいていないかもしれないけど、なにか焦ったり緊張したりしているときは、どもり癖があるようで、それがたくさん出る。そして、たくさん謝ってくる。
(そんな顔をさせたいわけでも、そんな言葉を聞きたいわけじゃないのにな)
もっと、気を許してほしい。俺だけでいいから。
だいたい、無自覚が過ぎる。
前々回の待ち合わせのとき、俺だって待たせないように早く行ったのに、春さんは既に着いていて、座ったベンチの左右を見知らぬ男達に占拠されていた。
その上、頬を赤くしながらもにこやかに話していた。
後で聞いたところ、道を聞かれたから答えた、そうしたらお礼にたくさん褒めてもらえた、お世辞だとはわかっていたけど、少なくともおかしくはないのかなとデート前に自信が持てたのだと、話してくれた。
(どうしてそうも自信がないのだろう)
春さんは、可愛くて綺麗で、中性的だ。女っぽいというわけではない。男だとわかるのだけれども、どこか自分とは違う。不思議な魅力を持っていた。
(嬉しかったのに。告白。俺は、ちゃんと春さんのことが好きなのに)
伝わって、ないのだろうか。俺と春さんの間にはいつだって細い、けれど深い溝がある。踏み込めない、踏み込ませてもらえない領域がある。
「おい、いつまで百面相してんだ。終わったぞ、授業」
ハッと我に返れば、教室内に既に講師はおらず、生徒達の姿もまばらだった。
「むっとしたりでれっとしたり忙しい授業だったみたいだな」
充からの指摘に恥ずかしくなる。そんなに顔にもろに出ていたのだろうか。充は大きく伸びをし、「また、彼女のことか?」とうんざりした様子で言った。
「そう、だけど」
「もうお前それ、遊ばれてんだよ。年上のお姉さんが気まぐれに年下の可愛い男の子構って遊んでるだけ」
「そんな感じの人じゃないよ」
「キスも数回、身体の関係はない、そもそも同じ市内にいて1ヶ月に1回しか会わないっておかしいだろ」
「仕事が、忙しいって」
「お前だってわかってんだろ? そんなのは、付き合ってるって言わないんだって」
「いてっ」
立ち上がった充に、頭の上を教本で叩かれた。
「さっさと次探せよ、イケメン」
「イケメンじゃないし、次なんて探さない」
充はため息を吐いて、階段を下り始めた。
講義中も握りっぱなしだったスマートフォンは、いよいよ震えることはなかった。
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