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第6話
寝て、起きては、水と栄養入りのゼリーを啜って、そしてまた寝て、そういう日が何日か続いた。
ようやく僕の意識はまともな思考を取り戻しつつあった。
空が明るいとか、暑いとか、喉が渇いたとか、身体が痛いとか、ようやく感じられるようになってきた。
両手を床について身体を起こす。
首を左右に振ると汗でぺったり張り付いた髪が跳ねるように動いた。息を吸って、吐いて、呼吸をしていたことを思い出す。
壁につるしたカレンダーを見る。大きく赤い丸で囲った数字は、既に2段も上にあった。
(陽色、くん)
携帯電話の電源は既に切れていて、画面は真っ暗だった。慌てて充電器に差し込む。起動を始めるまでの時間を傍で膝を抱えて待った。
(楽しんでもらえたかな。僕と一緒でよかったって、また、会ってもいいかなって、そう思ってくれたかな)
悪い想像と都合の良い妄想とを交互に頭に浮かべている内に、また僕の意識は沈んでいた。気がつくと空は暗くて、携帯電話の画面だけが光っていた。
(あ)
画面に陽色くんの名前が出ている。今、電話をかけてくれているんだ。どうしようか迷ってわたわたしている内に、うっかり指で応答ボタンを押してしまった。
「ひっ」
悲鳴を飲み込み、恐る恐る携帯電話を耳に当てる。
心臓が跳ね上がったまま戻ってこない。こんなに突然、まさか本人から結果発表を聞かされることになるなんて思っていなかった。覚悟ができていない。
一気に悪い想像の方がふくれあがる。
「も、もしもし」
声はひっくり返り、久々に出したものだから掠れていて、みっともなかった。
「春さん!」
対して陽色くんの声は明るく弾んでいた。
驚いた。
怒ってない、よかった、普段どおりの陽色くんだ。よかった。泣きそうになる。
「大丈夫? 体調崩してない? ずっと連絡とれないから、俺」
「う、うん。ごめん、ね。あの」
「仕事が忙しくて」、いつもの決まり文句を吐く。
頬をつぅと涙が伝い落ちた。
心配してくれている優しい相手に対して、嘘を吐く自分への嫌悪が沸きだつ。
「春さん、俺の誕生日、会ってくれてありがとう」
「う、ううん。ううん。僕の方こそ、ありがとう」
「春さん、俺達って、その」
「うん」
目を擦りながら頷く。
「付き合ってる、のかな」
その言葉に頭が真っ白になった。
そんな中で、いくつかの問いだけが、ぽんぽん浮かんでは消える。
僕の勘違い?
付き合っているつもりだった?
なかったことにしたい?
やっぱり嫌だった?
なんて返したらいいのかわからない。
「そんなわけないよ」、が正しい答えだろう。そう答えたら、陽色くんを安心させることができるのだろう。それが求められる答えなら。
「あ」
「春さん、あんまり会ってくれないし、付き合ってるって、言えるのかなって」
「っ」
出かかった声を飲み込む。
どっと汗が噴き出た。
(そういう、意味)
万全じゃない体調、突然の好きな人との会話、絶望からの安堵、どうにか張り詰めさせていた糸がプツンと切れた。
隠せない程大きな嗚咽が漏れる。
「……春さん?」
「ご、ごめん。ごめんね。電話、切る。また連絡してもいい?」
「ねぇ、泣いてるの、春さん? 平気? 疲れてる?」
「ありがとう。す、好きだよ、陽色くん。好き」
電話越しから息を呑む気配がした。次いで、途切れ途切れに聞こえてきた声。
「俺も、好き、です」
嬉しい。よかった。まだ、ちゃんと続いている。ちゃんと、騙せている。
電話を切る。
メールボックスには、陽色くんからのメールが数件届いていた。どれも僕を心配する内容だった。デートの直後には、お礼と楽しかったと添えられたメールも来ていた。
(頑張ろう)
次に会う日も決まった。あとは、その日に向けて、調整をするだけだ。いつも通り、発情期のコントロールをして、働いて、稼いで、そして、ご褒美をもらおう。
「早く、会いたいなあ」
その日は、携帯を胸に抱いたまま眠った。
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