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第9話
白い生クリームでコーティングされた丸いケーキだ。上には小さなシュークリームと果物がたくさん飾られている。そして中央には、『陽色くんおたんじょうびおめでとう』とチョコクリームで書かれた花の形のクッキーが乗っていた。
ゆっくりお皿を前に押し出す。
「だから、陽色くんがよければ、一緒にいよう。一緒に……いたい、な」
俯き、反応を待つ。なかなか返ってこない答えに、恐る恐る顔を上げると、陽色くんが目を見開き、真っ赤な顔で僕の方を見ていた。ぽつりと呟くように言う。
「ケーキ」
「う、うん」
「絶対、入らない。もう無理。胸、いっぱいで、無理」
「はは、何それ」
胸のあたりを抑え、苦しげに話す陽色くんに、笑いながらも不安になる。冗談、だろうけど、もしかしたら本当に気分が悪いとか。
心配になって、伸ばした僕の手を、陽色くんがテーブルの上に押さえつけた。
「ケーキは、持って帰ります。大丈夫。絶対、全部食べますから」
「え、あ、うん」
「だから、もうお店出ましょう」
「え」
そのまま立ち上がられ、慌てる。手を引かれながら、レジまで連れて行かれる。陽色くんが店員さんと何か話している。ケーキの持ち帰りのことだろう。
僕は椅子に置いてきた鞄が気になっていた。
(お支払い)
次いで、陽色くんは元の席に戻り、僕と、自分の鞄を持つと歩き始めた。レジの前で立ち止まり、あろうことか、自分の財布を取り出した。僕がプレゼントした財布だ。やっぱりよく似合っている。あれにしてよかった。
(じゃなくて)
陽色くんの腕にしがみつく。
「鞄、僕払うから、貸して!」
「今日は俺に払わせてよ」
「でも! 一応、僕、陽色くんの誕生日のやり直しのつもりで」
「いつも払ってもらってるから、たまには。ね、お礼と思って、お願い」
お願い、と言われてしまうと断りづらい。
僕がどうしたらいいか迷っている間に、陽色くんはさっさと支払いを終えてしまった。店から出ても、陽色くんは僕の手を離さず歩き続けた。
「あ、ケーキは? どこに行くの?」
「俺の家。アパートで、狭いんだけど。ケーキはまた明日、取りに行くよ。預かっててくれるって」
「陽色くんの家?」
陽色くんが僕の方を振り返る。両方の手を弱い力で握られた。
「来て、くれる?」
眉毛が八の字になってる。僕なんかの答えを心配している。
(早く頷かなきゃ)
抑制剤がどういうふうに作用するのかわからない。
発情期になってしまったら? 逆に効き過ぎてうまくできなかったらどうしよう? ちゃんと濡れる? 陽色くんを気持ちよくさせてあげられる? そもそも僕、まともな経験がないのに、ちゃんと期待に応えられる?
違う。
騙すのはやめるって、正直に言うって、決めたばかりだ。
僕の方から陽色くんの手を強く握り返す。
「う、うん! もちろん! 僕、頑張るから!」
陽色くんは強ばっていた顔をようやく緩め笑ってくれた。手を引き、僕の身体を前に引き寄せる。ぎゅっと抱きしめられる。
「だから、頑張らなくていいから」
小さな笑い声が僕の耳元を擽った。
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