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第10話
(来てしまった)
「ちょっと待ってて」、そう玄関で待たされること5分。ドアの向こうからは、微かな物音と掃除機の唸り、それから「あ」とか「わ」とか、陽色くんの小さな声がが聞こえてくる。ドアまでの短い空間には扉が2つとキッチンが並んでいた。冷蔵庫も壁付けに置かれている。
(ケーキ、持って帰ればよかったんじゃ)
料理をするんだろうか。のぞき込んだコンロには少し油が跳ねた跡が残っていた。もしかしたら冷蔵庫にスペースの余裕がないのかもしれない。
興味が沸いて、冷蔵庫の戸に手を伸ばそうとした矢先、正面のドアが開いた。
「お、待たせしました」
「は、はい!」
普段、僕より落ち着いている陽色くんが、今はわたわたと焦っているように見える。その様子に僕までそわそわしてしまう。
陽色くんは、僕の手をとり、ようやく中へと入れてくれた。
「物、多くてごめん。えと、こっち、座って」
6畳程のフローリングには、テレビ台、ローテーブル、ベッドが置かれていた。隅の方には背の高い本棚もある。正直に言って、いや、言わないけど、僕よりいい部屋だ。
こっちと指さされた場所はテーブルとベッドの間で、クッションが置かれていた。
「お、お邪魔します」
状況に頭がついていかず、むしろ、冷静だ。恐る恐るクッションの上に腰を下ろす。すぐにその隣に陽色くんが座った。
いつもより、距離が近い。
(そ、そうか)
ここは陽色くんの部屋で、僕は彼に招かれてここにいて、そして、今から彼とセックスするんだ。するん、だろうか。
「あ、ど、どうした、の」
すごく、見られている。
「春さんて実在したんだなあと思って」
「え」
「春さんが俺の部屋にいる。これって夢じゃないよね?」
「た、多分」
陽色くんの手が、僕のカタチを確かめるように頬に触れ、首筋に触れる。くすぐったい。ぞわぞわする。それから、触れるだけのキスをくれた。
「春さん」
言わなきゃ。僕は、陽色くんが思ってるような人じゃない。まともな職についたことがない、お金も持っていない、オメガですって、言わなきゃ。
「ん、んんっ」
キスに夢中になっていると、背中にベッドの角が触れた。キス、気持ちいい。けど、言わなきゃ。そうじゃないと後悔する。後悔、させてしまう。
けど、頭がぼうっとしてきて、陽色くんを拒めない。力が入らない。
(発情、大丈夫、中、バレないかな、違う、バラすんだって。嘘吐いてたこと、全部)
どうにか手を持ち上げ、覆い被さってきた陽色くんの背中に触れる。シャツを掴み引っ張った。どうしよう、泣きそうだ。
「ひいろ、くん。僕、」
「春、さん」
「僕、話したいことが」
「ごめん、聞けない。ただ、今は、これだけ教えて」
「ひっ、っ」
掌が、僕の心臓のあたりに触れている。大きい手、絶対、僕の心臓の音も聞こえてる。恥ずかしい。慣れてないの、わかる。
「嫌?」
こんなの、首を横に振れるはずがない。
いつも笑んでいる顔が、今は不安げに揺れている。暖かい金色の髪に触れ、撫でる。
「や、じゃない」
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