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第14話
「突然、誘ってごめんね。来てくれて、あ、ありがとう」
「ううん、嬉しい」
久しぶりに会った陽色くんは、眩しいくらいキラキラ輝いていた。対して僕は、肌も乾燥してるし、体重も落ちた。髪も整える余裕がなくて、肩に触れるくらいにまで伸びている。これまで以上に貧相な有様だった。
(嫌がられないかな)
表情を伺いながら、隣に並ぶ。陽色くんは、微笑んだまま、少し首を傾げただけだった。手を差し出され、そっとそれに甘える。
「手袋珍しいね、寒い?」
「す、少しだけ。陽色くんは、暖かいね」
「そう? じゃあ、暖めてあげる」
ベージュ色の薄手のコート、そのポケットに僕の握られた手も一緒に入れてくれた。ぐっと近づいた距離に、思わず腰が引ける。
「どこ行こうか」
「え、と」
何も考えていなかった。
ただ、会いたくて、会えればそれでいいって思っていた。
(黙ってたら、陽色くん、困る。呼び出しておいて、来てくれたのに、これじゃだめだ)
下調べをしていないと、僕には選択肢がない。
映画、何やってるんだろう。買い物って行っても、ここらへんにどんなお店があるのかがわからない。食事、には時間が早い。そもそも、美味しいお店がどこにあるのか知らない。
(陽色くんの時間、潰しちゃってる)
オメガの僕が。
「も、かえ、る?」
「え」
「あ、ちが、えと」
何を口走ってるんだろう。せっかく来てくれたのに。
「ご、ごめ」
「近くにね、よく行くカフェがあるんだ。春さん今日、早くから俺の家の近くまで来てくれて疲れたでしょ」
「え、っ、あ」
「その後は、映画でも見ようか。春さん、どんな映画が好き? 何やってるか調べながら決めよう。だから、」
腕を引かれ、促されるがままに歩き始める。振り向いた陽色くんの顔は、何故だか泣きそうに見えた。
「帰るなんて言わないで」
***
映画は、今流行っているらしいアニメ映画だった。映像も音楽もきれいで思わず引き込まれる。
家にテレビがなくて、俳優さんや流行っているものがよくわからない。困っていたら、結局は、陽色くんが選んでくれた。
僕でも楽しめるように、気を遣ってくれたんだろうな。
(映画、前の時は前半見れなかったんだった。最中も集中できなくて。陽色くんにも抜けさせてしまって申し訳なかった)
今は、大丈夫。
抑制剤の副作用や予測できない発情期の予兆に怯えることなく、映画に集中できる。
(発情期を無理矢理抑えていないからだ)
誘発剤の、おかげなんだろう。
僕はどうやら親に売られたらしい。あんなに僕が家族であることを嫌がっていた人達なのに、どういう心境の変化があったのか、不思議だ。
「家族がどうなってもいいのか」など脅されるとどうしようもなく心がざわつき身動きがとれなくなる自分は、もっと不思議だ。滑稽だ。
それからは、彼らの言いなりだった。嫌だった誘発剤の使用も、段々と慣れてきた。羞恥心は薄れ、ベッドの上で1人喘ぐことも日常化してきた。
(元からこっちの世界にいることが正しいことだったんだろう)
映画は、始まりからは予測できない壮大な物語だった。若い男女の恋物語でもあって、そしてそれは、ハッピーエンドだった。
2人を祝う気持ちより羨む気持ちの方が先行し、気がついたら泣いていた。その涙をぬぐってくれたのは、隣に座る陽色くんだった。
「映画、よかったね」
鼻を啜りながら頷く。立ち上がった陽色くんの後ろを、手を引かれるままに黙って付いていった。
***
「落ち着いた?」
鼻を啜りながら、頷く。目元を抑えたハンカチはまだ離せない。涙が止まらない。こんなにぐずぐずでどうしよう。まともに話ができない。
(最後なのに)
大きく息を吸い、細く吐き出す。落ち着け。
ハンカチを離し、膝の上で握りしめる。引っ込め、涙。正面に座る陽色くんを見る。陽色くんは、コーヒーを一口飲んで、それから僕を見た。
「きょ、今日は全然だめで、ご、めんね」
「そんなことないよ。春さん、いつも頑張ってるんだから。たまには俺に全部任せてよ」
顔が熱くなる。恥ずかしい。僕があんなに下調べして陽色くんと会っていること、見透かされていたんだ。
(陽色くんは、あんなに時間をかけなくても、今日みたいに『普通のデート』できるんだ)
僕とは違う。年上なのに、情けない。もっと、陽色くんをリードして、ちゃんと、年相応に大人でないと、僕に、いいところなんかひとつもないのに。
「ご、めん」
「春さん?」
「ごめんなさい」
大人なのに経験がなくて。
年上なのにしっかりしていなくて。
オメガなのに恋をして。
「けど、僕、本当はこんななんだ」
陽色くんはいつも通り、優しく微笑んでくれている。
好きだと思う。こんなダメな僕に付き合ってくれて、たくさん、幸せをくれて、嬉しかった。夢、みたいだった。
夢だったらよかったのに。
「今日は、お別れを言いにきました」
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