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第15話
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『大丈夫、大丈夫。全部奢るし、一緒にカラオケでも行こうよ』
『ほら、こっち』
男の人2人に声をかけられた。手首を掴まれて、引っ張られれば、恐怖でうまく動かせなくなっていた足は簡単に前に出た。
こうして絡まれることは初めてではなかった。その度に、何とか逃げてきた。だから、今回もどうにかできるはずだと思っていた。けれど、彼らは一向に僕から手を離さなかった。
オメガだとバレてしまえばどういう扱いを受けるかわからない。僕は、自分の男らしくない顔を呪った。その日は、不定期な発情期のせいで、仕事をクビになった当日で、より一層、自分のことが嫌いだった。
『君、すんごい色っぽいんだもん』
『俺達のこと、誘ってるんでしょ』
何のことだかわからない。オメガの、せいなのかな。段々と思考が麻痺してくる。怖くて、これ以上、断れない。
『泣かないでよ。ほら、行、こ』
男達の僕を嘲笑うかのような声が途切れた。顔を上げると、背の高い、金の髪の男の人が立っていた。
眉間に皺を寄せて、きれいに整った顔で、こっちを睨んでいる。
『その子の手、離せ』
動こうとしない男達から、彼は、僕の肩を後ろから抱き、手を解いてくれた。握られた手首は赤くなっていた。それを見た瞬間、ようやく解放されたんだと、また涙がぽつと落ちた。
男達は舌打ちし、その場を去って行った。
『ブスが、調子に乗んなよ』
最後に投げつけられた言葉に、申し訳なくなった。調子に乗ったことなどない。けれど、男なのに女に見える自分が全て悪いのだ。オメガだから悪いのだ。中途半端な存在で、気持ちが悪い自分がいけないんだ。不快にさせてしまった。
『大丈夫?』
助けてくれたその人は、派手な髪色に反して、落ち着いて見ると穏やかな顔つきをしていた。嗚咽を漏らし続ける僕の背を、何度も摩ってくれている。
僕が悪いんだ、全部、僕が。
『何かされた? 警察呼ぼうか?』
慌てて首を横に振った。警察だって、僕が悪いって言う。オメガが悪いって言う。捕まりたくなかった。
彼は、僕と向き合い、そして身を屈めた。大きな掌が、頭に触れる。暖かかった。
『怖かったね。君が悪いなんてこと絶対にない。大丈夫。大丈夫だよ』
思えば、頭を撫でられたことなんて、これまでなかった。
良い子だねと、褒められる弟や、町で見かける子供を見て、自分とは無関係なことだと、微笑ましく眺めていた。
自覚した途端、涙は引っ込み、顔が火照ってきた。見れば、彼も同じで、段々と頬が赤く色づいてきていた。
『よ、かったら、お茶でも。すぐそこにカフェがあって、少し落ち着……あ、俺、荷物! 慌てて飛び出したから』
指さされた店の方に目をやれば、出入り口で店員さんらしき女性が、彼の荷物を持ち、おろおろとした様子で立っていた。
『あ、と、ごめん。俺も、ナンパみたいになって』
大人な人かと思いきや、慌ただしく表情を変える彼のことを、不思議と可愛いと思った。彼の手が離れても、なかなか、火照りは収まらず、胸がずっと高鳴っていた。
連絡先を聞いてくれて、僕もふわふわとした心地でそれに応じた。オメガということを忘れて、何度もやりとりをした。僕に普通に接してくれることが嬉しかった。
告白をしたのは僕からだった。電話越しの、思わず飛び出たといった感じの、格好のつかない告白だった。
彼は、――陽色くんは、それを受け入れてくれた。
「僕、恋なんて、できないと思っていた。僕のこと、悪くないって、初めて会ったとき、そう慰めてくれてありがとう」
陽色くんは何も言わない。じっと、僕を見据えている。声が震える。喉が熱い。ひゃっくりが飛び出す。
「僕のこと、好きって、好きって言ってくれて、ありがとう、ございまし、た」
陽色くんは大学生で、かっこいいし、頭もいい、そして、とびきり優しい。
「ずっとね、何のために生きているのかわからなかった。うまくいかないことばっかりで、きつかった。けど、陽色くんに会ってからはたくさん、頑張れたんだよ。楽しいこと、たくさんあった」
あの夜のことを、僕は一生忘れない。あの時間だけは、世界で一番幸せな人は僕だったって、馬鹿なことを考えている。
「陽色くん、僕に、僕なんかに幸せな時間をくれて、ありがとう」
握りしめたハンカチはもうぐちゃぐちゃだし、顔だってもうぐちゃぐちゃだと思う。みっともない。けど、それでも伝えたい。
「陽色くん、は、可愛い女の子と、素敵な、笑顔がたくさんの家族をつくってね。僕、ずっと、ずっと、ずーっと、応援してるから!」
重いなあ、僕。思わず、笑ってしまった。
「今まで、本当にありがとうございました」
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