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十、とっておきの最終手段で、あなたについて行きます。
抱き寄せたまま、遠回しに「お断り」をされた肖月 だったが、綺麗な顔に微笑を浮かべたまま、じっと櫻花 を見つめてくる。
(ちょっと言い方は間違えてしまったけれど、伝わったはず、ですよね?)
小首を傾げて、櫻花 はその青銀色の瞳を不安げに見つめ返す。しかし、自分を放してくれる気配がない。拘束されているわけでもないので、逃げようと思えば逃げられるのだが。
「えっと、君は、」
「肖月 、だよ」
間髪入れずに肖月 はにっこりと笑う。
「······肖月 は、私の手助けをしたいのは、私の事が好きだからと言いましたが、ちなみに好きというのは、どういう意味の"好き"ですか?」
とりあえず、櫻花 は訊ねてみる。ひととして好き、とかそういう意味の好きであることを想像していた。
「あなたに命をあげられるくらいの、"好き"だけど、それってなにか関係ある?」
想像以上の"好き"の度合いに、櫻花 はゆっくりと右の蟀谷 を人差し指で揉む。思っていたのと、だいぶ違った。
「······私には重すぎますので、本当に、結構です。なので、本当に申し訳ないのですが、契約は解除していただけますか?」
「いいけど、じゃあ、俺を殺してくれる?」
「······ええっと、なぜ?」
肖月《シャオユエ》はなんでもないというような顔でそんなことを言うので、ますます櫻花 は困惑する。
「そういう契約にしたから?」
「なんで疑問形なんです? 一体どんな契約にしたんですか?」
半分諦めた様子で、櫻花 は歩き出す。それに合わせて肖月 も並んで歩く。相変わらず距離が近いが、慣れてきたのか、櫻花 は気にせずに進む。
「契約は、俺が得た功徳 をすべてあなたに捧げることと、あなたのために生きること。それからこの契約は、あなたの呪いが解けるか、俺が死ぬまで解除されないようにしてあるんだ」
「呪いが解ければ、解除されるんですか?」
そうだよ、と肖月 は楽しそうに言う。
それを聞いて、後ろで手を組んだ櫻花 がくるりと笑顔で振り向く。
「なら、ここでお別れです。その内容であれば、一緒にいる必要はないようですし、そもそも、私はひとりが好きなんです」
右側があの町へと続く道。左側が違う町へと続く道。左右に続く道の真ん中で、櫻花 はそう言った。先程まで商隊がいた場所だ。時間が経っていたのもあり、あの騒動でついたであろう大小さまざまな足跡が、今はもう薄っすらとしか残っていなかった。
櫻花 は、ひとりが好きだと言った時、どこか寂し気な表情を一瞬浮かべたが、すぐに元の穏やかで優し気な表情へと戻る。
その微かな変化に、肖月 が気付かないわけがなかった。
櫻花 が再び背を向け、ゆっくりと一歩を踏み出したその時————。
ぽん、という間の抜けた音と共に、辺りが白い煙に包まれる。櫻花 は何事かと目の前の状況に驚くばかりで、呆然と立ち尽くしていた。
その白い煙が晴れた頃、肖月 の姿はなく、夢か幻だったのかな、と呑気に笑みを浮かべた櫻花 だったが、次の瞬間、その笑みが固まった。
雪と同化していてわかりづらかったが、地面の上でぐったりとしている白蛇がそこにはいた。
どうして突然蛇の姿に? と櫻花 は慌てて駆け寄り、その場にしゃがみ込む。白く染まった地面の上で、ぴくりとも動かないその白蛇を、両手で掬い上げるようにそっと膝の上に乗せた。
「まさか、······冬眠?」
自分で言って、櫻花 は首を傾げる。白蛇はあたたかく、しかしその小さな瞳は閉じられていた。
蛇は気温がある一定温度を下回ると、冬眠を始めるという。
こんな場所に放っておくこともできず、櫻花 はとりあえずあたためてあげようと思い、道袍の腹の辺りに白蛇をしまう。
(なんだか腑に落ちませんが····とにかく町に戻りましょう)
白蛇の姿になって動かなくなってしまった肖月 を連れて、櫻花 はとりあえず人気のない夜の森を歩き出す。
櫻花 の懐の中でぬくぬくと暖をとりながら、肖月 は眠ったふりをしていた。櫻花 は優しいので、きっと自分を置いては行かないだろうという確信があった。
(あたたかいな、)
そのぬくもりに甘えながら、肖月 は眼を閉じる。
ふり をしていたつもりが、気付けば本当に眠ってしまっていた。
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