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四十四、君が好きです
その後、天界に衝撃が走ったのは言うまでもなく、嫦娥 は未来永劫、月の牢から出ることを禁じられた。月神であることはそのままに、死ぬことさえ赦されない。彼女にとって十分な罰である。
また、彼女と口裏を合わせた神官たちはその地位を剥奪され、天界から追放された。その気があれば、いつでも天仙になる機会は与えられたが、どうするかは彼ら彼女ら次第だろう。
そして櫻花 は――――。
数百年に亘り下界を騒がせていた災禍 の鬼の正体を暴き、結果、災いを退けたという噂がたちまち広まり、怯えていた者たちからの感謝の気持ちと、天界からの詫びも含め一気に功徳 が溜まり、無事に天仙となった。
天帝に呪いの解除をしてもらい、数百年ぶりに逢う知り合いの神仙や仙女、神官たちに簡単に挨拶を済ませ、そのまま蓬莱 山へと降りていく。
天から降りている途中、もぞもぞと胸の辺りが波打ち、ひょこっと顔を覗かせた白蛇が櫻花 を見上げて、改めて想う。
櫻花 の髪の毛を飾るのは桜桃の薄桃色の花々で、長い黒髪の所々に散らすように飾られた花は、まるでそこに咲いているかのように生き生きとしていて美しい。
衣は白を基調としているが、袖や裾は赤い線の模様が入っており、帯も白いが、その上にいつも身につけていた紫色の細い飾り紐を垂らしている。
髪の毛を括っている小さな冠は金色だが、決して派手ではなく、むしろ彼の華やかさが百倍は増して見えた。琥珀色の瞳の端の辺りに紅色の化粧が入っており、どんな美しい天女だって、彼にはきっと敵わないだろう。
「茶梅 が気合を入れて着飾ってくれたんですけど、なんだか慣れません。堂に戻ったら、いつもの道袍に着替えますね、」
『それは駄目。ずっと飽きるまで見ていたい。そんな日はたぶん、一生来ないけど』
白蛇姿の肖月 は、くるりと櫻花 の首の辺りにぶら下がるように身体を巻き付けると、その小さな頭だけを耳元に近付けて、そんなことを言ってくる。
「この世のどんな美しいものより、俺の眼にはあなたが、特別に美しくに映っているよ」
突然、精霊の姿に戻った肖月 に驚き、櫻花 は空中でよろめく。その身体をそのまま抱き上げるような形で、肖月 の腕が膝の裏と肩に回される。
「本当に、君はずるい、です」
今度は見上げる方になってしまい、櫻花 は頬を膨らませる。
「あなたの方がずるいよ。そんな可愛い顔をして。俺を困らせないで?」
その意味を遅れて知った櫻花 は、みるみる真っ赤になり、たまらず顔を両手で覆った。
「鷹藍 様たちの所に行くのは明日にして、今日はふたりだけでお祝いをしようよ。堂に戻ったらあなたは皆の花神様だけど、今だけは、俺の大切な愛しい一輪の花だから、」
覆った指の隙間から、精霊の姿の肖月 をこっそりと見上げてみれば、下界にいた時とまったく変わらない姿がそこにはあった。
青銀色の瞳。
白髪で、正面から見ると短髪だが、後ろの方だけ尻尾のように長い。
左耳に飾られた小さな金の環の耳飾りが、太陽に反射して光り、自然と目を惹いた。
白い上衣の上に藍色の腰帯、黒い下衣を纏っていおり、下弦の月のような銀の首飾りがとても良く似合っている。
「天界でもその姿なんですね。下界での姿とまったく同じ、」
精霊が下界でとる姿を化身と呼ぶ。
化身の姿は好きに変えられるが、肖月 はそのままの姿で櫻花 と出逢い、天界では精霊として、今も同じ姿で傍にいる。
「あなたに逢うのに、偽りの姿なんてありえないでしょ?」
ね? と顔を覗き込み、肖月 は問いかける。その子どものような無邪気な表情に、櫻花 は可笑しくなって、くすくすと音を立てて笑った。
「あなたに口付けするなら、俺自身じゃないと」
言って、下降しながら櫻花 の唇にそっと自分の唇を乗せた。それは軽い口付けで、なんだかくすぐったかった。
真下には百花 堂の色鮮やかな庭と、桃の木、そして、修繕された立派な堂が建っていた。そこにはたくさんの花の精たちが、茶梅 と花楓 の指示の下、いそいそと宴の準備に追われている。
「やっぱり、皆でお祝いが良いかな? あんなに頑張ってるのに、主役がいないんじゃ可哀想だ」
「ふふ。ありがとう。そう言ってくれると思ってました」
櫻花 は眼を細めてその光景を見つめていた。
その横顔に儚さを覚え、思わず抱き上げたままの態勢で、肖月 はさらに自分の許へ隙間なく抱き寄せる。甘えられていると思ったのか、櫻花 は眼を細めて頭を撫でてきた。
「どうしました? なにか不安なことでもありますか? 大丈夫、あなたのことは私が守りますから」
「はは。それは心強いな、でもそんな心配はないから、大丈夫」
契約はもうとっくに解除されてしまったけれど、これから先は、そんなものはなくてもずっと一緒にいてもいいのだと、知っている。
だからどうか、二度とその笑顔が消えることがないように。
「あなたが、好きだよ。この先なにがあったとしても、俺はあなたの傍にいると誓うよ、」
この世の誰よりも、愛してる。
それは、永遠に変わらぬ、想い。
「私も、君が好きです」
その言葉は、いつだって、何回だって。
君だけに、あげる。
~了~
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最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました(*˘︶˘*).。.:*♡
柚月 なぎ
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