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僕の意識が変な方向にいきそうになっていると、キリアンの唇がようやく離れてくれた。
大きく肩を揺らして、僕は息を吸う。キリアンをにらみつけると、彼は自身の唇をぺろりと舌で舐めた。とんでもなくかっこいい仕草だ。
「キリアン!」
もう、僕にはキリアンがなにを思っているのか。なにを考えているのか。
それがちっともわからない。元々わからない人だとは思っていたけど、さらに分からなくなっている。
「な、なんで、キスするの……!」
「なんでって、好きだからだろ」
当たり前のようにキリアンが言う。い、いやいや! 意味がわからないよ!
「意味が――」
「さて、買い物も終わったし、次はどこに行くんだ?」
「ちょっと!」
キリアンは僕の手から荷物を奪い取って、背中を向ける。顔だけをこちらに向けた彼はにんまりと笑っていた。
(荷物、持ってもらってもいいのかな――?)
悩むけど、これはキスの仕返しということにしておこう。
いきなりキスをされたせいで、僕の心臓は未だにうるさい。しかも一度だけじゃない。二度も三度も四度も……。
(唇の感触って、あんなに柔らかいんだ――)
自分で自分の唇をなぞって、キリアンの唇の感触を思い出す。
柔らかかったとか、熱かったとか。陳腐な表現しか出来ないけど……。
「おい、ジェリー。ジェリー!」
「あっ……」
キスの感触を思い出していたら、現実世界から逃避してしまっていた。
キリアンの僕を呼ぶ声に反応して、顔を上げて――自然と「ひゃぁっ!」という声が漏れる。
だって、そうじゃないか。キリアンの顔がすぐ近くにあるんだから。
「勝手によその世界に行くな。次、どこに行くんだ?」
「え、えっと――」
口づけのせいで頭が働かないっていうか、落ち着かない。
次ってどこに行くつもりだったんだろう。先ほどまで覚えていたはずなのに、思い出せなくなっている。
「わ、わかんない……」
「は?」
「忘れちゃった。キリアンのせいだよ!」
僕が今しているのは、完全な責任転嫁だ。
「キリアンがく、口づけっていうかキスをしてくるから――!」
未だに心臓はうるさいし、顔は熱いし、キリアンは通常運転だし!
「もう、頭の中がめちゃくちゃなんだよ。どう、すればいい?」
キリアンをじっと見つめて尋ねるけど、彼の顔を見つめ続けることはできなかった。僕はキリアンから視線を逸らす。
僕の態度を見たキリアンは息を呑む。
「別にどうすればいいも、こうすればいいもないだろ」
それはまぁ、そうなんだけど。
「ただ、そうだな。ジェリーがそこまで気にするんだったら、責任を取ってやろうか?」
「は?」
一体、どういう意味?
戸惑う僕の腰をキリアンの腕が抱き寄せた。
「責任を取って嫁にもらってやろうかって言ってるんだよ。俺と結婚すればいい」
「――は?」
間抜けな声が、漏れた。
ど、どうしてそうなるんだよ!
(僕がキリアンと結婚――!?)
同性婚だってあるけどさ! でも、色々と違うっていうか、そういう意味で言ったんじゃないっていうか!
「キリアンはお貴族さまじゃんか。僕は平民だし、絶対に無理だって!」
とりあえず、当たり障りのないことを返しておこうと思って、僕は言う。
対するキリアンは「別にいいだろ」と僕の言葉を一蹴した。
「あいにく、俺は家督を継げる立場ではないんでな。好き勝手生きさせてもらうさ」
「キリアン」
「それに、俺は父親と折り合いが悪くてな。だから、なにかを言われることはない」
キリアンはそんなことを言うけど。
その声には悲しさみたいなものが宿っているようにも聞こえた。
(キリアンとお父さんの間になにがあったのはわからないけど……)
ただ。
「だったとしても、ダメだよ」
彼の言うことはダメに決まっている。
(僕の親は、僕が嫌いだった。いつも出来損ないとか、気味が悪いとか。罵ってくるばっかりだったけど――)
キリアンの言葉の節々からは、微かにだけど愛情が感じられた。
つまり、虐げられてきた僕とは違うっていうことだと思う。
「ぼ、僕も。その。家族と折り合いが悪いけど、キリアンは違うよ……」
「なにがだ」
「僕は家族にいい思い出なんて一つもないけど、キリアンは違うんじゃないの――?」
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