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僕の言葉を聞いて、キリアンが目を見開いた。
まさか、こんな言葉が返ってくるとは思わなかったんだろう。
「キリアンの態度とか見てるとね。いい思い出もあるんだろうなぁって、思うんだよ」
そうじゃないと、懐かしむような表情をするわけがないと思った。
キリアンを見つめていると、彼はぽかんとして、口元を緩める。まるで、僕の言葉を肯定するかのようだった。
「……そうだな。俺にはそれなりにいい思い出もあるんだ」
「キリアン」
「ただまぁ、そうだな。行き違いというか、なんというか」
彼の口からボソッと言葉が零れた。
僕は黙って、彼の言葉の続きを待つ。
「互いに冷静じゃなかったんだろう。……それだけだ」
キリアンは空いているほうの手で僕の手首をつかんだ。ぎゅっと握られて、まるで縋られているみたいだった。
「次にどこに行くかを忘れたなら、一度宿に帰るか。荷物を置いたほうがいい」
「そう、だね」
僕はキリアンの手を振り払う気にもなくて、キリアンの言葉にうなずいた。
キリアンが僕の手首をにぎる手に力を込める。逃がさないと言っているかのようだ。……いや、少し違うのかな。
(どこにもいかないでほしい。本当に縋っているみたいだ)
どうして僕がそう感じたのかはよくわからない。
でも、縋るように僕の手首を握ったキリアンの手が震えていたから。
そんな風に僕は思ってしまったんだろう。
しばらく歩いて、予約をした宿がある通りに戻った。
「ここら辺はにぎやかだね」
観光客たちがワイワイとしている。その姿はやっぱり違和感を与えてくる。
本当に魔物による被害はあるのだろうか――と。
「――そうだな」
キリアンが言葉を返してくる。斜め上にあるキリアンの顔は、神妙な面持ちだった。
もしかしたら、僕と同じことを考えているのかもしれない。
「ま、赤の他人がどうなろうが知らないがな」
「キリアン」
「俺にはジェリーさえいればそれでいい」
――って、どうして思考がそっちにいっちゃうんだろうか。
(そして、僕は一体いつからキリアンにこんなにも懐かれちゃったんだろうか……)
心の中でぼそっと言葉を零したとき。僕らが予約を入れている宿屋が見えてきた。
「あそこ、だったよね」
キリアンに一応確認してみると、彼は大きくうなずいてくれる。よかった。僕の記憶は正しいようだ。
「部屋に荷物を置いたら、夕飯でも食べに行くか?」
「そうだね」
というか、もうそんな時間なんだ――と思って、僕はキリアンの提案を受け入れる。
部屋の鍵とかはまだもらっていないから、受付でもらわなくちゃとか考える。
僕とキリアンは並んで歩いていた。そのとき、不意に男の子がよろよろと歩いているのが視界に入った。
(どうしたんだろう?)
男の子の身なりは悪くない。むしろ、裕福な家の生まれにも見える。
……迷子、なんだろうか。
「キリアン」
「ん?」
「あの子、どういうことだと思う?」
男の子のほうに視線を向け、キリアンに問いかける。すると、キリアンが僕の視線を追って男の子を見た。
「そうだな。迷子、と言ったところか」
「そう思うよね」
正直、子供は苦手だ。関わらないで済むのならば、関わりたくないという気持ちはある。
かといって、あの男の子が心配ではあった。もちろん、知らない子だけど。
「キリアン、ちょっと待っててね」
僕はあの男の子を放っておくことが出来なかった。
キリアンに断りを入れて、僕は男の子のほうに近づく。彼の前に立って、屈みこんだ。
「えぇっと、お父さんとか、お母さんは?」
どう声をかけたらいいかがわからなくて、当たり障りのない言葉をかけてみる。
僕の言葉を聞いた男の子は、首をゆるゆると横に振った。
「わかんない」
「はぐれちゃったの?」
今度は問いかけ方を変えてみる。男の子は僕のことをじぃっと見た後、うなずいた。
やっぱり、迷子だった。
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