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(こういうときは、えぇっと)
どう、すればいいんだっけ。
(とにかく、この子をご両親の元に送り届けなくちゃ)
頭の中がそんなことでいっぱいになる。でも、僕は誤魔化すように男の子に笑いかけた。
ぎこちない笑みになっていなかったら、いいんだけど。
「僕と一緒に、お父さんとお母さんを捜そうか」
声は上ずっていなかっただろうか。
僕は普段子供と関わることなんてない。そのせいで、どういう風にかかわるのが正解なのかがわからない。
男の子が僕のことをじーっと見つめてくる。
そのさりげない視線が、僕の中に恐怖を生んだ。……どうしてかはわからない。
「う、ん」
男の子は僕の言葉に静かにうなずいた。
僕は男の子と手をつなぐ。こういうとき、一番気を付けるべきことは僕と男の子がはぐれることだ。
「ジェリー」
僕たちの話がまとまったのを見てか、キリアンが駆け寄ってきてくれた。彼は買い物袋を持ったままだったので、宿にはまだ戻っていないみたいだ。
「俺も一緒に捜す」
「いいの?」
「あぁ」
キリアンは当然のようにうなずいてくれた。
彼の気遣いが嬉しくて、僕は自然と笑ってしまう。キリアンが一瞬だけ驚いて、すぐに視線を逸らす。
「えぇっと、キミは誰とここに来たのかな?」
男の子に問いかけてみると、小さな声で「母さん」と答えてくれる。
ということは、女の人を捜せばいいんだな。よし。
(というか、なんだろ。この子の顔にどこか見覚えがあるような気が――)
ただ、どこで見たのかとか具体的なことはなにもわからない。まるで頭の中にもやがかかったみたいだった。
(――ううん、気のせいだよね)
けど、僕はこれを気のせいだと決めつけた。
大体、この子と会ったのは正真正銘初めてなんだ。この子の顔に見覚えがあるはずがないじゃないか。
一人納得する僕。僕を見つめるキリアンと男の子。
なんだか、不思議な空間だった。
(本当、不思議だなぁ)
まさかキリアンとここまで親しくなるなんて――と思ったんだけど。
そもそも、口づけって友人同士でするもの……な、わけがない。それに、キリアンは僕のことを嫁にするとか斜め上のことばっかり言っていて。
(あのときは流したけど、それってかなり重大な案件じゃあ――?)
不意に頭の中にあのときのキリアンの顔が浮かんで、僕の顔にカーっと熱が溜まる。
やめて、恥ずかしい!
一人悶える僕を現実に戻したのは、男の子の「母さんだ!」という明るい声だった。
ハッとして僕は男の子の視線の先を追った。
瞬間、僕の心臓が嫌な音を立てたのがわかった。
「――ジェリー?」
心配そうにキリアンが声をかけてくれる。
このときの僕には、彼の言葉に返事をする余裕なんてなかった。
咄嗟に男の子の手をキリアンに押し付けて、僕は慌てて近くのお店の看板の裏に隠れる。
キリアンが固まっている。男の子は僕がいなくなったことに気が付いていないらしく、母親らしき女性のほうに駆けて行った。
「こら、勝手にどこかに行ったらダメでしょ!」
女性が男の子を叱っている。
彼女の言葉は怒っているのに慈愛に満ちているのがよくわかった。
……僕のことはバカにして、一緒になって笑っていたくせに。
「このお兄ちゃんが――あれ?」
男の子がきょろきょろと周囲を見渡している。僕を捜しているんだろう。
けど、出ていくことは出来ない。男の子には悪いけど……。
「あぁ、本当にありがとうございます。この子ったら、いろいろなものに興味津々で――!」
女性はキリアンにお礼を言っていた。彼女はキリアンが男の子を保護したのだと思っているようだ。
むしろ、それでいい。僕のことなんて、彼女だって考えたくもないはずだ。
「このお礼は、必ず――」
「い、や。お礼は別にいい。それじゃあな、もう迷子になるなよ」
キリアンが男の子の頭を一度だけくしゃっと撫でて、女性と男の子に背中を向けた。
彼女たちは手をつないで僕がいるところとは逆の方向に歩いていく。
(気が付かれなくて、よかった)
張りつめていた緊張が解けた瞬間だった。
胸に手を当てれば、心臓が大きな音を立てているのがわかった。やっぱり、怖かったんだよね、僕。
「なんでこんなところにいるんだろ……」
なんて思ったけど、ここら辺は王都からまだ近い。彼女がいてもおかしくはない。
僕が一人ぼうっとしていると、僕の前に誰かが立つ。こんなことをするのは、現状一人しかいない。
「ジェリー。一体、どういうことだ」
キリアンが僕を見下ろして、高圧的な口調で問いかけてきた。
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