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 キリアンから僕は視線を逸らす。  僕の心臓は未だに嫌な音を立てている。それは、まだ僕が落ち着いていない証。冷静ではないということを示しているようだった。 「なんでも、ないよ。ちょっと体調が悪くて……」  誤魔化しなんて通じないとわかっていた。  だけど、僕は誤魔化したかった。僕は自分の境遇を出来る限り知られたくない。キリアンに両親との仲が悪いということは話したけど、それだけだ。具体的にどういう風だったかは話すつもりがなかった。 「ご、ごめんね。もう、大丈夫だから」  ぎこちなく笑って、僕は立ち上がろうとする。そのとき、少しだけふらついた。 「ジェリー」 「ううん、なんでもない。少し、立ち眩みがしただけ……」  額を押さえて、笑ってうやむやにしようとする。  キリアンはなにかを言いたそうな目をしていたのに、なにも言わなかった。痛々しいものを見るような目で僕を見るだけだ。  彼は僕に深入りしていいものか、迷っているようにも見える。 (キリアンは、僕に気を遣ってくれているんだよね)  彼はどこまで僕に踏み込んだらいいかを探っている。僕が不快にならない距離を探している。  キスとかを強引にされた今、彼の気遣いは無意味なのかもしれない。でも、僕にとっては必要以上に深入りされるほうがキスよりもずっと嫌なことだった。 「とにかく行こうよ。……あ、どうせだし、もう夕飯を食べて戻ろうか」 「……あぁ」  僕は場を無理やり明るくするように声を弾ませる。  キリアンはなにか言いたそうだったけど、うなずいてくれる。多分、今は僕に深入りするべきではないとわかってくれたんだろう。 (キリアンにも事情がある。僕にも事情がある。互いに不快にならない距離感を掴まなくちゃ)  万が一、その一線を越えてしまったら。僕らは友人のままじゃいられないような気がしていた。  僕とキリアンが友人なのかは、ちょっと疑問だけど。 「ここら辺は、なにが美味しいんだろうね」 「そうだな。この近くに大規模な農地があるということから、野菜が美味いらしい。あと、畜産業もやってるから、肉類だな」 「へぇ、キリアンは物知りなんだね」  野菜とお肉、か。 「代わりに魚類はなかなか手に入らないらしい」 「海は遠いからわかるけど、川魚は?」 「ここら辺の川にはろくに食える魚がいないらしいぞ。食えたとしても不味いらしい」  ふぅん、いろいろな事情があるんだねぇ。 「魚が食いたいなら、海のほうに行くのが確実だな」 「そうだよね。僕は海を見たことがないから、ちょっと気になるかも」  実家で暮らしていた頃も、師匠と暮らし始めてからも。  僕は海を見たことがない。海と見間違えそうなほどに大きな湖は見たことはあるけどね。 「そうか」 「うん」  僕たちは並んで他愛もない会話をする。  けど、会話の裏側には互いを探るような思惑が隠されていたんだと思う。  互いが不快にならない距離を探している。僕はこの会話をそう感じてしまった。 「美味しいごはん、楽しみだなぁ」  僕が言葉をボソッと零す。隣を歩いていたキリアンが、声を上げて笑った。  かと思えば、「そうだな」と言葉をくれた。彼の声はどこか温かくて、優しいものだと僕は感じた。

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