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 頬を引きつらせてしまう僕の肩を、シデリス殿下がぽんっとたたく。 「だから、アイツの言うことは一々気にしなくてもいい」  シデリス殿下はそうおっしゃって、窓際にあった文机の側にある椅子に腰を下ろす。  優雅な動きで脚を組んだかと思うと、頬杖を突く。 「さて、と。昨日は魔物に対する報告をご苦労。父上たちも驚いていた」  凛とした表情を浮かべ、殿下は言う。僕はなにかを言うことなく、彼を見つめた。  ……なんだろうか。なにかが、始まるのだろうか。 「ったく、本当に突拍子もない――」  キリアンがつぶやいて、僕のすぐ隣に腰掛けた。っていうか、キリアン。上半身裸のままだけどいいの? 「キリアン、せめて服くらい着れば?」  小声で僕が伝えると、キリアンは「別にいい」という。仮にも王子殿下の前なんだよ――と言いそうになって、僕は言葉を呑み込んだ。 (キリアンとシデリス殿下は幼馴染。つまり、気心の知れた仲だもんね)  あ、なんだろう。想像したら、僕の胸がチクって痛んだ。  僕にはキリアンしか友人がいないのに――って、これじゃあ心が狭い男だ。もっとしっかり構えなくちゃ。 「ところで、シデリスはなんでいきなりこっちに来たんだ。お前が王都から出るなんて、珍しいな」 「キミは本当にせっかちだな。さっきまでジェリーといちゃついて話をさせてくれなかったのはキミじゃないか」 「い、ちゃ!?」  別にいちゃついてませんけど!?  僕が抗議しようとするのに、キリアンに手で制された。 「別に問題ないだろ。お前の無駄話は長いんだよ」  そうじゃない、そうじゃないってば! (いちゃついてたっていうところに問題があるんだってば!)  慌てふためく僕だけど、こういう場に慣れていないせいでどう口を挟めばいいかがわからない。  扉の前で立ち尽くすエカードさんに視線を向けると、彼はどこか遠いところを見つめていた。  現実逃避だ。僕も連れて行ってほしいな、ぜひとも。 「これだから、キミの相手は疲れるんだ。どうしてこうも人の話を聞かないのか」 「お前だけには言われたくないな」  室内の空気が少し邪険になった。  肌で感じ取って、僕は一人でどうすればいいか考える。  けど、そんな僕を落ち着かせるかのようにキリアンが背中を撫でてくれる。  ――いや、慌てさせてるのはキミなんだけど!? 「はぁ。ま、話を続けろ。ジェリーが困ってる」 「そうかそうか。キミはぜひともその気遣いを僕にも向けてほしいな」  一人うんうんとうなずいたかと思うと、シデリス殿下は「さて」と言って一瞬にして纏うオーラを変えた。  これがきっと、王族という存在なのだろう。圧倒的な強者。座っているだけで、とんでもない圧がある。 「この度、僕がキミたち勇者一行への伝達係を請け負った。以後、王城からの指示は僕が伝達する」 「ほかでもない、王子殿下が、ですか?」 「あぁ、そうだ。僕自ら志願し、父上に頼み込んだんだ」  僕の言葉にシデリス殿下は大きくうなずいた。 「今回のことは、クレメンスのやつが指揮を執っていてな。僕は、それが好ましくないんだ」  クレメンスさんって、あのなんとなーく嫌な雰囲気の防衛大臣さん……だった、はず。 「シデリス。お前がここまではっきりと好ましくないというのは珍しいな」 「まぁ、それは今は置いておいてくれ。父の意向に沿うのならばまだしも、アイツの独断で決定をくだされると困るからな」  彼の言うことは王族としては当然なのかもしれない。国の最高権力者である国王陛下の権威が揺るぎかねない。  だって、失敗をしたら責任を負うのは国王陛下なのだから。 「やつは伝達係を自身の息のかかったものにしようとしていた。だから、僕がしゃしゃり出て来たというわけさ」 「つまり、お前は職権乱用をしたというわけか」 「人聞きの悪い。僕はお前たちを守るために、自ら伝達係などという面倒な立場を志願した、健気な王子さまだよ」  ――それは、そうなんだろうけど。 (自分で言っちゃダメだよ、それは)  だって、自分で言ったら言葉自体がひどく安っぽく聞こえちゃうから――なんて、僕には言えないけど。

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