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それから、僕たちは手早く荷物をまとめ、宿を出た。
「僕が同行するのは次の街までだ。――歩いている最中にいろいろと話そうと思ってな」
シデリス殿下は真剣な面持ちで言う。
ゆっくりと話せばいいのに――と思ったけど、どうやらシデリス殿下にはシデリス殿下なりのお考えがあるらしい。
真面目な様子で彼が伝えてくるから、僕は口を挟むこともできなかった。
「さて、まぁ。いろいろと話さないとならないことはあるんだが」
クリムシュの街を出て、少し歩いた頃。
シデリス殿下が神妙な面持ちで口を開いた。
そういえば、シデリス殿下には護衛とかはいないのだろうか?
宿にいたときは三人ほどいたはずなんだけど。
「殿下、お言葉ですが」
「うん? どうしたジェリー?」
声をおずおずと上げた僕に、殿下は笑みを向ける。ひぇっ、まぶしい――!
(僕みたいな日陰の存在を消し去りそうなほどに、美しい笑みっ――!)
もう、僕とは住む世界が全然違うよ――と現実逃避しそうになる。けど、意を決して口を開く。
「お、おつき……というか、護衛の方は、どうなさったのですか?」
上ずったような声で必死に言葉をつむいだ。
僕の言いたいことがわかったらしい。シデリス殿下は「あぁ」と納得したように声を上げ、手をポンっとたたいた。
「アイツらは帰らせたさ」
「――え」
「先ほども言ったが、僕の母上は騎士の家系の出身でね。僕も幼少期からそれなりに戦えるように訓練されている」
そうは言っても、限度があるんじゃあ――と思う僕の気持ちを、読み取ったのだろう。シデリス殿下はどこかさみしそうな笑みを浮かべていた。
「それに、いざとなれば僕は亡くなろうが構わないんだ」
「あの、それって」
「あぁ、別に深く考えないでくれ。第四王子など、いてもいなくても一緒ということさ」
シデリス殿下は当然のように言うけど、僕はそうは思わない。
いてもいなくても一緒なんていう人間は、いない。
(僕にそれを教えてくれたのは、ほかでもない師匠だった)
自分をずっと卑下してきた僕に対して、師匠は根気強く言い聞かせてくれた。
そりゃあ、もちろん。未だに自分を卑下することはあるけど、少しはマシにはなっている。
「それに、魔物退治に同行して死ぬとするなら、それは名誉の死だ。僕からすれば、これ以上国の役に立つ術はないと思うね」
「そ、そんなの、違う気が……します」
勇気を振り絞った言葉だった。
彼がぽかんと僕を見つめているように見える。
注目されるのは怖いけど、僕は必死に言葉をつむいだ。
「そんなの、違うんです。そんなの、役に立ったなんて言えない」
シデリス殿下にはシデリス殿下にしか出来ないことが、生きているうちにあるはずだ。
死ぬことが最も役に立つことだなんて、言ってほしくない。
「シデリス殿下には――その、役目があるはずなんです」
自分の手を握った。震えそうな声を抑え込んで、僕は必死に自分の考えを言葉にしていく。
「だって、この世に生まれた人にはみんな、確かな役目があるんだって。――師匠が、言ってた、から」
こんなことを言って、不敬罪だと処罰されたらどうしようか。
不安を抱く僕。そんな僕を見つめるシデリス殿下。彼の表情は、驚くほどに柔らかかった。
「そうか。そう言ってくれると、とても嬉しいよ。ありがとう」
「っ――!」
シデリス殿下が僕に笑いかけてくれた。う、本当に日陰の人間にはまぶしすぎる笑みだ。
「キミはとても清らかな心を持っているようだ。――どこぞの勇者と違ってね」
「おい」
キリアンを一瞥したシデリス殿下。キリアンは彼の言葉に不満そうな声を上げていた。
「ぜひとも、ジェリーとは今後も交流を深めたく思うね」
「え、えっと――その」
「ことが片付いたら、一緒に王城でお茶でもしよう。そこで、よかったら――」
彼の手が僕の頬に触れたとき。パンっと渇いた音が聞こえた。
驚いて目を瞬かせると、キリアンがシデリス殿下の手を叩き落としていた。
「軽々しくジェリーに触れるな」
地を這うような低い声で、キリアンが言う。
僕はすぐに反応することが出来なかった。
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