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一瞬現実逃避しそうになっても、僕は割とすぐに現実に戻ってきた。
さすがにこれは、ダメなんじゃないだろうか。
(だって、王子殿下をたたくなんて――!)
親しき中にも礼儀ありなのに……。
焦る僕だけど、シデリス殿下は気にする様子もなかった。それどころか、馴れ馴れしく僕の肩を抱く。
「男の嫉妬は醜いぞ。束縛するのはいい加減にしたほうがいいと思うがな」
シデリス殿下の表情を一瞥する。彼はこれでもかというほどに悪い顔をしていた。
――というか、男の嫉妬って醜いんだ。
彼の言葉が僕にもグサッときているんだけど。
「あぁ、そうだな。だがジェリーは、俺にとって保護者なんだ。その保護者が余計な輩にちょっかいを出されているのに、黙って見過ごすことは出来ないな」
キリアンが僕の身体を自身のほうに引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
――え、というか、なにこの状況!
「ふぅん、そうなのか。――かといって、ジェリーがどう思っているかはわからないがな」
「ジェリーは俺の保護者になることを、同意してくれているが?」
同意なんて、したっけ……?
(いやいやいや、してない気がするんだけど!)
頬を引きつらせる僕。僕を挟んで口論をするキリアンとシデリス殿下。
なんだろうか、この空間は。僕はどういう反応をするのが正解なんだろうか。
目をぐるぐると回す僕の耳に届いたのは、鶴の一声とばかりのエカードさんの「いい加減にしてくれ!」という声だった。
「大体、俺たちは魔物退治に行くんだろ。そんな泥沼三角関係みたいなこと、やめてくれ……」
エカードさんが頭を抱えてしまっている。
絶対に、疲れている。僕も正直、疲れているんだけど。
(感謝しなくちゃ)
今、エカードさんが口を挟んでくれたおかげで、口論が止んでいる。もう、彼が神さまにも見える。
「しかし」
「ほかでもないジェリーが困ってるだろ。本人を困らせたら、本末転倒だ」
全員の視線が僕に集まった。僕は控えめにうなずく。
エカードさんの言葉に、全面的に同意する意思を示した。
「あぁ、キリアンが嫉妬深いから、怒られてしまったではないか」
「シデリスが余計なことをしなかったら、怒られる必要はなかったんだが」
またバチバチと火花を散らす二人。僕はキリアンの腕の中に閉じ込められたまま、空をそっと見上げた。
(あぁ、いい天気だなぁ……)
完全に逃げている。そして、物理的にもこの空間から逃げ出したいな。――当事者なんだけど。
「はぁ、もうこの男の相手は疲れたな。とにかく、僕がどうしてキミたちに同行することになったのかでも話そうか」
しばらくしてやっと口論が終わって、話題は元に戻った。
多分、僕が余計なことを言っちゃったから、話しがよそに逸れちゃったんだよね。悪いことをしたなぁって反省。
「別にジェリーは悪くない。悪いのはあの男だ」
「はははっ……親しき中にも礼儀ありなんだよ」
キリアンの言葉に僕は返事をして、シデリス殿下を見つめる。
彼はにんまりと笑っていた。美しい人って、悪い表情もとっても似合うんだなぁって感心する。
「実は今回の魔物退治について、僕たち王族は全面的に支持をしているわけではないんだ」
――あっさりと明かされた真実に、僕はぽかんとしてしまう。え、どういうこと、なんだろうか。
「今回の魔物の活性化等には、おかしな点がいくつかある。まるで、そう。人為的に起こされたかのような」
「――人為的」
「この旅にはそのことを確かめるという意味もあってね」
シデリス殿下はあっさりと言うけど、だったら僕たちにも初めから教えてくれてもよかったんじゃないだろうか。
――と、思ったけど。
敵を騙すにはまず味方からという言葉があるように。味方を欺くのも必要だったのかもしれない。そうだ、そうに決まっている。
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