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「悪いね、騙すような真似をしてしまって」
シデリス殿下が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
僕は慌てて手と首をぶんぶんと横に振る。謝罪をされるようなことではない。
(驚いたことに、間違いはないけど)
師匠は、このことを知っていたんだろうか?
小さな疑問を抱いたけど、師匠のことだ。知っていたとしてもしらを切るに違いない。
僕の中の師匠は、そういう人物なのだ。
僕は曖昧に笑う。シデリス殿下は僕を見て笑っていた。なんだろう。その笑みはちょっと可愛い。
(やっぱり、年上っていう感じはしないや)
などと失礼なことを思っていると、目の前に馬車が止まっていることに気が付いた。
行商人の馬車だろうか?
「なんだ、こんなところに馬車を止めるなど。不用心なことこの上ないな」
呆れたようにシデリス殿下がつぶやいて、馬車に視線を向ける。
「――というか、あれはデルリーン商会のものではないか」
が、続けられた言葉に僕の心臓がどくんと嫌な音を立てた。
――デルリーン商会。それは、僕の。
「っと、あれ、ジェリーの家名って――」
エカードさんが僕のほうを見て口を開いた。
マズイ、ヤバい。
焦りからか手汗がすごい。強く握った手を解くことが出来ない。
「は、はやく、行きましょう」
嫌な予感をかき消すように、僕はみんなに早く行こうと促す。
不自然な僕の言葉に、全員が顔を見合わせたのがわかった。ただ唯一。キリアンだけは「あぁ」と返事をくれる。
「ジェリーが嫌ならば、さっさと行こう」
キリアンが同意してくれたとき。
馬車の近くで遊んでいたのか、昨日の男の子がこちらに駆けてきた。
「昨日のお兄ちゃんだ!」
男の子は僕の側に寄ってきて、「昨日は、どうしていなくなっちゃったの?」と問いかけてくる。
どう、答えようか。
(まさかキミのお母さんが怖くて逃げたんだ……なんて、言えないよ)
目を伏せる。というか、デルリーン商会の馬車の近くにいたということは。
(この子は、デルリーン商会の関係者――?)
思考回路がその答えにたどり着くと、僕は息を呑んでいた。
幼馴染の子供。そのうえで、彼がデルリーン商会の関係者だとすると。
「お兄ちゃん?」
男の子が僕を見上げてきょとんとしている。
彼の目には心配の色が宿っていた。「大丈夫だよ」って言ってあげなくちゃ――と思うのに。
(無理だよ、怖いよ……)
胸が苦しくなって、喉がカラカラに渇いていく。
「――おい、ジェリー」
キリアンが僕の肩を抱き寄せた。そして、背中をゆっくりと撫でてくれる。
まるで、自分がついているから大丈夫だと言ってくれているようだった。
(困らせちゃった、心配かけちゃった……)
キリアンだけじゃない。エカードさんも、シデリス殿下も。困っているに決まっている。
だから、僕は平常を装わなくてはならない――のに。
「おい、あんまり遠くに行くな――」
馬車から誰かが降りてきたのがわかった。声からして男性だろうか。
僕の肩が跳ねる。そちらを恐る恐る見ると――そこには、小さな頃の面影がある一人の男性。
「――疫病神が」
男性がぽつりとつぶやいた。かと思えば、男の子を僕の側から引き離す。
「父さん?」
男の子が男性の顔を見上げていた。男性は男の子を背中に隠し、僕を強くにらみつける。
「どうしてここにいるのかは知らないが、こいつに手を出したらただじゃおかない」
地を這うような低い声。
僕の胸がきゅううっと締め付けられて、苦しくなった。呼吸がどんどん荒くなるのがわかる。
「――に、い」
「お前にそういう風に呼ばれると、反吐が出るんだよ!」
言葉を遮るように彼は叫んだ。誰もが肩をびくんと跳ねさせるほどの声量だった。
「大体、いきなりいなくなって、俺たちがどれだけ迷惑したと思っているんだ!」
「ご、ごめんな――」
「ただえさ役立たずの疫病神のくせに! 俺たちにどれだけ迷惑をかければ済むんだ!」
嫌悪感を丸出しにしたような声。
誰もが驚いている。キリアンも、エカードさんも、シデリス殿下も。
それでもなお、彼――セシル・デルリーンは口を止めない。僕の兄は、嫌悪感を孕んだ目で僕をにらみつけている。
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