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 兄さんの視線から逃れるように、僕はうなずいた。  握った僕の手のひらに爪が食い込んだのがわかる。 「今のお前がなにをしているのかはわからないが、お仲間が可哀想だな」  兄さんがちらりと僕の側にいる面々を見て、吐き捨てた。  声は明らかにバカにしたようなものだった。僕は唇を震わせてしまう。 (なにか言い返さなくちゃ……でも……)  僕の口から声は出なかった。  幼少期に兄さんにされたことが頭の中をよぎっていく。 (僕はもう、兄さんの玩具じゃないのに――)  言わなくちゃって思う気持ちはたくさんあるのに、声は出なくて。  そんな僕の肩に、誰かが手を置いたのがわかった。 「――ジェリー」  僕に触れて、名前を呼んだのはキリアンだった。  彼は僕の肩を撫でたかと思うと、兄さんのほうに視線を向ける。 「随分と偉そうな口だな」 「――は?」  キリアンが突然口を挟んだからか、兄さんが一瞬だけぽかんとした。  でも、すぐに目を吊り上げる。僕の身体が震えた。キリアンは僕の身体を抱き寄せる。 「――俺はお前とジェリーの関係を知らない」 「だったら!」 「かといって、俺はお前の話を聞き流せるほど、人間が出来ているわけじゃない」  キリアンの手が僕の背中を撫でる。  ――落ち着けって、言ってるみたいだ。  手のひらの感触に僕の呼吸が徐々に落ち着いていくのがわかる。 「俺はジェリーのことを大切に思っている」  凛とした声だった。聞いていて心地のいい声。僕は無意識のうちにキリアンの衣服の端っこをつかむ。 「たとえお前がジェリーとどういう関係であろうとも。――ジェリーを傷つける存在は、俺の敵だ」  最後のほうの声は、地を震わせるかのような低さで。兄さんをちらりと見ると、兄さんも怯んでいるのがわかった。  でも、すぐに「はっ」と声を上げて笑う。 「お前らはそいつがどんなやつなのか知らないから、そんなことが言えるんだ。教えてやろうか? そいつはとんでもない疫病神で――」 「――疫病神だろうが、なんだっていい」  最後まで聞くことなく、キリアンがはっきりと兄さんの言葉を切り捨てる。  僕は顔を上げた。キリアンの眼差しがとてもかっこよく見える。 「お前にとって疫病神だったとしても、俺にとってはそうじゃない。少なくとも、俺はジェリーを疫病神だなんて思わない」 「――キリアン」 「ジェリーはすごい。たくさん努力をしているし、優しい。お前のように罵詈雑言を吐き捨てるしか能のないやつはジェリーの足元にも及ばない」  キリアンの言葉は、まるで挑発だった。  兄さんが顔を真っ赤にしている。まさか、自分が攻撃されるとは思っていなかったんだろう。 「お、お前がどういう立場なのかは知らないが! 俺はデルリーン商会の――」 「あーはいはい。お二人さん、そこまでにして」  エカードさんが手をぱんぱんとたたいて割り込んだ。  彼の口調はいつも通りの穏やかなものだったけど、トーンは少し低いだろうか。 「こんなところで口論とか、やめてくれ。――王子殿下の前で見苦しい」  シデリス殿下を一瞥して、エカードさんが言う。シデリス殿下は少しして「ふむ、苦しゅうない」と言って胸を張った。  シデリス殿下が兄さんのほうに一歩を踏み出す。 「人を貶すのはいいが、キミ自身は一体なにをしたというんだ? どうせ、親から引き継いだ商会を経営しているだけだろう」 「そ、それはっ――」 「偉そうにするのは、キミ自身がなにかを成し遂げてからのほうが、いいと思うがな」  目を細めたシデリス殿下の言葉を聞いて、兄さんは唇を噛んだ。かと思えば、男の子を連れて馬車のほうに戻っていく。 「最後に言っておきますが、ジェリーは本当に不気味なやつですよ! ――後悔しても、知りませんから」  言葉を残した兄さんは、慌ただしくも馬車を走らせていく。  見る見るうちに遠のいていくデルリーン商会の馬車。馬車を見送った僕は、その場に崩れ落ちていた。

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