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「ジェリー!」
突然崩れ落ちた僕を見て、キリアンが慌てた様子を見せる。
僕は彼にぎこちない笑みを向けた。「大丈夫」と伝えたつもりだった。
「――ジェリー」
キリアンの目は、まるで痛ましいものを見るような目だ。
そんな目で見ないで――と、言う元気もない。
「キリアン、大丈夫だから」
僕の呼吸は荒くて、大丈夫なんて言っても説得力なんてちっともない。
ただ、どうしても。心配だけはかけたくなかった。
「――大丈夫じゃ、ないだろ」
キリアンが言う。でも、僕は素直になることも出来ない。
「大丈夫だよ。少し動悸がひどいだけ」
心臓の部分を衣服の上から押さえて、なんとか気持ちを落ち着けようとする。
大丈夫、大丈夫――自分に必死に言い聞かせていると、ふわりとなにかを頭にかけられたのがわかった。
「――キリアン?」
それは、キリアンが普段羽織っている上着だった。
なんだろう、落ち着く。温かいのは、先ほどまでキリアンが身につけていたからなんだろうか。
「こっちのほうが、落ち着けるだろ」
彼は僕の身体を抱きしめる。
まるで壊れ物でも扱うかのように、ふわっと抱きしめられて。僕は――嬉しかった。
(こんなの、恥ずかしいのに)
エカードさんも、シデリス殿下もこの光景を見ているのだ。
だから、恥ずかしいはずなのに。それなのに。
(怖くない。嫌だとも思わない。……僕は、キリアンの腕の中で安心してるんだ)
こんなにも人の腕の中で安心できたのは、生まれて初めてかもしれない。
師匠にも何度か抱きしめられたけど、ここまでの安心感はなかった。
キリアンにはなんだか不思議な力があるみたいだ。
「ジェリー、俺は別に、お前の過去なんて気にしない」
僕の背中を撫でながら、キリアンが言葉をつむいでいく。
「気になるのは間違いない。けど、お前が嫌なら深入りはしない」
「……うん」
「それに、たとえ誰がなんと言おうと。ジェリーは俺にとって大切なんだ」
胸にじぃんと染み渡るような言葉。
「たとえ誰が嫌おうとも、お前の存在がなんであろうと。過去がどうであろうと。俺は、ずっとジェリーを大切にする」
それだとまるで、一生の誓い――プロポーズみたいだ。
そう思ってしまって、僕は顔を上げて、キリアンを見つめる。ぎこちなく笑えば、キリアンが驚いたようだ。
「それじゃあ、プロポーズみたいだよ。僕、本気にしちゃう――かも」
はにかみながら言うと、キリアンは口元を緩める。そして、僕の長い前髪を掻き上げて、露わになった額にキスを落とした。
「本気に受け取ってくれて構わない。俺はジェリーを大切にする」
「キリアンって、真顔で冗談を言うんだね」
本当はわかっていた。キリアンが本気で言ってくれているって。冗談で言っているわけではないんだって。
けど、今は冗談にしておきたい。そっちのほうが、楽なんだ。僕の中にある変化も、うやむやに出来る。
「――そうだな。お前が笑ってくれるならば、どんな冗談でも言ってやる」
キリアンが僕の頬に指を押し付けて、囁く。
空気が一段と甘くなったような気がして、胸焼けがしてしまいそうだ。
(なのに、それさえも心地いいなんて――)
僕は自分自身の心の変化に、戸惑う。が、それを押し殺して僕はキリアンを見て笑う。
「――嬉しいかも」
消え入りそうなほどに小さな声で言うと、キリアンは嬉しそうな表情を浮かべた。
僕にぐっと自身の顔を近づけてきて、彼の唇が僕の唇に重なろうとしたときだった。
「――えっ?」
どうしてか、僕の足元の地面が――なくなった。
(違う、これはワープホール――!)
僕の身体は突然現れた暗闇に吸い込まれていく。
目の前に驚いたようなキリアンの顔。エカードさんとシデリス殿下の驚愕に満ちた表情。
(――どうしてっ!)
僕の身体が暗闇に吸い込まれて、落ちていく。僕の手が空を切って、どんどん呑み込まれていく。
「――ジェリー!」
僕の手をつかんだのはキリアンだった。
「おい!」
遠のいていくエカードさんの叫び声。僕は目をぎゅっとつむった。
そして、僕とキリアンは暗闇の中に吸い込まれていった。
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