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キリアンが予約をしたという宿は、小さなところだった。
部屋は当然のように一緒。この間と違うのは、きちんとした寝台が二つあることだろうか。
宿の女将さんが作ってくれた夕飯を食べて、僕たちは部屋でくつろいでいた。
「ねぇ、キリアン。星がすっごくきれいだよ」
僕は窓の外を見つめて、寝台で横になっていたキリアンに声をかけてみる。彼は起き上がって僕のほうに来てくれた。
「王都じゃこうはいかないな」
キリアンがつぶやいた。確かにそれはそうかも。
「僕が住んでたのは辺境だったんだけど、そこよりもずっときれいだよ」
というか、師匠と僕の住んでいた場所は木々が生い茂っていたから、ここまで星がきれいには見えなかった。
今思えば、あそこは辺境の中でも屈指の辺境だった。
「師匠、元気かな……」
ついついぼそっと零してしまった。
師匠は生活能力が皆無だ。弟子入り当初から僕は師匠の身の回りの世話をしていた。
……師匠、きちんと生活出来ていたらいいなぁって。
「なぁ、ジェリー」
僕を後ろから抱きしめたキリアンが、声をかけてくる。
「お前の師匠は、どういう人物だったんだ?」
「ほぇ?」
「そういや、聞いたことなかったなって」
キリアンが問いかけてくる。話したことなかったっけ?
「師匠は元々王家お抱えの魔法使いだったんだ。けど、ずっと前に引退して今は辺境の主をしてるよ」
師匠は王家お抱えの魔法使いをしていた際に、たんまりとお金をもらったと言っていた。
だから、今は働く必要もなく、のんびりと好きなことを研究して暮らしているのだとも。
「引退理由って?」
「権力争いに疲れたんだって。多分、表向きだけど」
星空に視線を向けたまま、僕はキリアンに師匠のことを話す。
いかにすごい魔法使いだったか。比べ生活能力は皆無で、人との関わることが苦手。むしろ、嫌いの域に足を突っ込んでいるとか。
「師匠はね、王都が嫌いなの。……なにか、あったんだろうね」
王都に報告に行く師匠は、嫌悪感を丸出しにしている。ただ、それ以上に寂しそうだった。
「ふぅん、そうか」
キリアンは興味なさそうだった。じゃあ、どうして聞いたんだって話なんだけど。
「ねぇ、キリアン。師匠のことに興味ないなら、どうして聞いたの?」
背中に体温を感じつつ、尋ねてみる。キリアンは「嫉妬してるから」と答えた。
「ジェリーに心配してもらえて、うらやましいなって」
「なにそれ」
彼は想像以上に嫉妬深かった。……なのに、彼の嫉妬がうれしいって思っちゃう僕も大概だ。
「ジェリーは、師匠が好きか――?」
「好き、だよ」
師匠のことは大好き。
「でもね、師匠に対する好きは……その。親愛みたいなものなんだ」
恋愛感情じゃない。だって、師匠のことを思ってもドキドキなんてしないから。
(僕がドキドキするのは、キリアンだけなんだよ)
と、言えるわけもなく。
言えないのは僕自身もこの感情をうまく理解できていないから。キスとかえっちしたから好きだって思っているんじゃないかって、考えちゃう。
(そうだったとしたら、この感情は錯覚だもんね)
もしも、それが正しかったら。
――キリアンに伝えるわけにはいかない。
「そうか」
キリアンは僕の言葉に短く返事をしてくれた。
「じゃあ、全然構わない。ジェリーの師匠――えっと、名前は」
「師匠はアクセルっていう名前だよ。アクセル・ヴァルスっていうの」
なんてことない風に師匠の名前を口にすると、キリアンが固まったのがわかった。
「アクセル・ヴァルス――?」
キリアンが師匠の名前を繰り返す。僕はうなずいた。
「え、なにか、あるの?」
「あぁ。元々王家のお抱え魔法使いのアクセル・ヴァルスだろ?」
どうしてそこまで確認するんだろうか。僕はもう一度うなずく。
「師匠って、なにかあるの?」
僕の問いかけに少し黙って、キリアンは口を開いた。
「お前、アクセル・ヴァルスといえば現国王陛下の元恋人だって貴族の世界じゃ有名なんだよ」
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