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 時間が止まったかのような感覚だった。  僕はトリスタンさんの言葉を理解することができなかった。もちろん、キリアンもだと思う。 「ジェリーからは魔族の血の香りがする。全部ではない。半分というところか」  ――嘘を言わないでください。  と言いたかったのに、言えなかった。 「人間と魔族のハーフが、まさか本当にいるとはな」  トリスタンさんの言葉が右から左に抜けていく。  いやだ。理解したくない。理解したら、全部壊れてしまう気がしたんだ。 「……う、そ」  小さくもれた言葉。トリスタンさんが僕を見る。まるで痛ましいものを見るような目に、心臓がナイフで突き刺されたかのような感覚だった。 「嘘、嘘だよ。僕は普通の人間で――」  ――本当に?  頭の中で誰かがささやく。  僕は体質的に毒が効かない。人よりも高度な魔法が扱えるらしい。  それは、僕の中に人間ではない存在の血が混じっているからではないのか?  そして、師匠はもしかしたらこれに気が付いていたんじゃないか――。 (だから、僕には外で本気を出すなって)  もしも、僕に魔族の血が本当に流れているのだとすると。  いろいろなことの辻褄があってしまう。合ってほしくないのに。 「心当たりがキミにもあるんだろう?」  言葉が出ない。認めたら、全部終わってしまうような気がする。 「いいか? キミは人間からしても、魔族からしても。異質な存在だ。私のような強者が守らなくて、生き延びることはできない」  人間は魔族が大嫌いで、魔族も人間を疎んでいる。  二つの種族は互いを認めることをせず、深くかかわろうともしなかった。  そんな中、二つの種族のハーフがいるとわかったら。 (僕は、殺されてしまうんだろう)  簡単に想像できてしまう。僕は二つの種族にとって――嫌悪するべき存在だ。 「私はなにがなんでもジェリーを守る。だから、どうか私の手を取ってほしい。――また、迎えに来よう」  言葉を残して、トリスタンさんは場を立ち去った。彼の後ろ姿をぼうっと見つめて、僕はぐっと唇を噛む。  彼の言葉が嘘の可能性だって否定できない。勇者一行を分断するための方法だとも考えることができる。  ただ、あまりにも心当たりがありすぎて、僕は嘘だと蹴り飛ばせない。 (キリアンは僕のことを、どう思うんだろう)  キリアンは僕のことを愛するとか好きとか、言ってくれていた。  けど、僕が魔族の血を引いているともなると、愛せないと言われるかもしれない。  言葉を重ねて、キスをして。身体だって重ねた。  僕は簡単に気持ちを捨てることができない。だけど、誰もが僕と一緒ではない。  もしかしたらキリアンは、僕とは違って――。 「――キリアン」  だったら、こっちから関係を終わりにしたいと言うべきだ。  告げられるよりも、告げたほうが少しは楽だろうから。 「ねぇ、もしも僕が本当に魔族と人間のハーフだったら。――僕のことを、殺す?」  彼の目をじっと見て、問いかけていた。  本当は問いかけたくなかった。答えなんていらない。  問いかけておいて、答えないでって気持ちがむくむくと膨れ上がる。  目をぎゅっとつむると、頭を軽くたたかれた。 「――殺さない」  耳に届いたのは温かいいつも通りの声音。 「俺はなにがあってもジェリーを殺したりしない。そして、誰かがジェリーを殺そうとするのなら、俺が全力で守る」  彼の言葉に僕の目に涙が浮かんだ。視界が歪む。 「世界中がジェリーを狙うなら、俺と一緒に逃避行しよう。見つかったら逃げてを繰り返す」  キリアンの腕が僕の背中に回って、ぎゅうっと抱きしめる。 「俺はお前なしじゃ生きていけない。今更ジェリーのいない生活なんて、考えられない」  熱烈な愛の言葉。僕の心臓がどくんと大きく音を立てた。  キリアンの分厚い胸に顔を押し付ける。この心臓の音は、どっちのものなんだろうか。 「僕も、一緒――」  僕もキリアンがいないと生きていけない。  こんなにも僕みたいな存在を愛してくれる人は、後にも先にもキリアンだけだって。  わかったから。

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