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霧雨が降るように1
俺が話し終わると同時に優馬さんは視線を落としてコーヒーカップをソーサーに置いた。
俺の話しを優馬さんがどう受け取ったかはわからない。ただ、寂しいと思いながらも大輝を待ち続けているのをわかって貰えればいい。
「まだ待ってるの?」
「はい」
涼にも「まだ待っているのか」と訊かれることがあるけど、逆に訊きたい。待たない理由はあるんだろうか。確かに会えない。連絡もない。でも、別れようと言われたわけじゃない。好きじゃないと言われたわけじゃない。ただ何年も会えなくなる、それだけだ。だから待つだけだ。
「長い間会えなかったら、相手が心変わりしているかもしれないよ?」
「大輝は、そんな人じゃないです」
「信じてるんだ?」
「はい」
「そっか。じゃあ……って言って諦めることはないよ。というより、返事は今はいらない。僕の気持ちだけ知っておいて欲しい。そしてゆっくり考えて欲しいんだ。今、そんな状態ならワンチャンあるよね」
「でも……」
「しつこい男って思うかもしれないけど、湊斗くんのことはほんとに好きだから焦りたくないんだ。ゆっくりと僕のことを知ってから考えて欲しいから。ドイツへ行った彼のこと以上に僕を好きになってくれる可能性だってゼロではないかもしれないでしょ」
そう言って笑う優馬さんに俺はなにも言えなくなってしまった。大輝がドイツへ行って約7年。会いたくてドイツへ行こうかと考えたこともある。大輝が今ドイツのどのチームに所属しているかはわからない。でもそれなら全チームの試合を見れば、どこかに必ず大輝はいる。そうまでして大輝の姿を一目見たいと思ったことはあるのだ。でも、行かなかった。ほんの少しでも姿を見てしまったら、会いたくなるから。会って、その腕に抱きしめて欲しくなるから。そして、待てなくなってしまうから。だから行かなかった。涼にはもう待たなくてもいいんじゃないか、と言われたことがある。誰か他の人と付き合ったっていいんじゃないか、と。でも、待つと約束したから。そして好きな人は大輝しかいないから。大輝以上に好きになれる人はいなかったから。だから他の誰かと付き合うなんて考えられなかった。優馬さんはゆっくりと考えて欲しいと言っていた。でも、7年ずっと待っているのだ。さすがにそれと同様の長い時間考えさせて貰うことはできないだろう。だけど、はっきりと告げても優馬はその返事を受け取ってくれない。それとも優馬さんのことをゆっくりと知っていったら気持ちも変わるのだろうか。そんなことがあるのだろうか。
「湊斗くん。エスプレッソ貰えるかな」
「え? あ、はい。優馬さんがエスプレッソって珍しいですね」
「たまにはいいでしょ」
そう言って優馬さんは優雅に笑う。ほんとに優馬さんがエスプレッソを飲むのなんて数えたくらいしか見たことがない。まぁ、たまには飲みたくなることもあるんだろうけれど。
そんなことを考えながら俺は優馬さんへのエスプレッソを淹れる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そう言って優馬さんはカップに口をつける。優馬さんの仕草は上品だ。それはコーヒーを飲むことに現れている。そういうところは好ましい。
優馬さんの仕草に見入っているとドアが開いてお客さんが3人入って来た。お昼時間によく来るお客さんだ。時計を見ると既にお昼を越えていて、優馬さんと話すのもここまでだ。
「湊斗くん。お会計をお願い」
「はい」
「また来るね」
そう言って優馬さんは帰っていった。
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