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霧雨が降るように2
お昼の慌ただしさも15時ともなると落ち着いてくる。お客さんが誰もいないときもあるくらい静かだ。夕方の終業後の忙しさがくるまで少しの間一息つける。この時間帯の店内に誰もいないときに自分のためにコーヒーを淹れてゆっくりと味わって飲むのが俺は好きだ。今日もさっき1人お客さんが帰っていって今は1人だ。コーヒーでも淹れよう。今日はなににしようかと考え、一息つくのならやっぱりこれかな、と思いブラジルを選んだ。
よくお客さんに一息つきたい、リラックスしたいけれどどれがいいか迷うと言われたときはブラジルを勧めている。ブラジルは酸味が少なく、ほろ苦くてバランスがとれているので失敗もないし美味しい。
今日は優馬さんに告白されたこともあり、大輝のことを思い出していた。いや、思い出していたという言い方はおかしいか。大輝のことを忘れたことは1日もない。それでも大輝から告白された、あの高校生の頃のことを思い出すのはそんなにない。思い出すのはいつも長期で留学すると言われたときの言葉だからだ。待たなくていい、と言われた。俺じゃなくていい、と言われた。きっと大輝は俺を楽にするためにそう言ったのだろう。ただ会えないだけならそうは言わなかったかもしれない。でも、大輝は連絡もしない、と言ったのだ。連絡を取っていると会いたくなるから、と。だけど俺は大輝の言葉を拒否した。大輝じゃなきゃと言ったのは俺だ。何年会えなくても。何年連絡がなくても。大輝が簡単に心変わりするような男じゃないと信じていたから言えた言葉だ。声を聞きたいと思う。会いたいと思う。抱きしめて欲しいと思う。でも、それは考えないようにしている。考えると辛いから。
コーヒーに口をつけて窓の外を見るとすっきりとした青い空が見えた。大輝のいるドイツはどんな天気だろうか。フランスやイタリアは行ったことがあるけれどドイツは行ったことがない。ドイツの隣、フランスは冬になると曇天ですっきり晴れることがない。ドイツもそんな天気なのだろうか。今、俺が見ている空と大輝の見ている空は違う。だから大輝は言ったんだ。別々の空で繋がっていようと。それでも誕生日になると、大輝が迎えに来てくれないかと期待してしまう。それが顕著になったのは昨年からだ。それはそろそろ現役引退の歳にさしかかってきたから。でも、昨年は迎えに来てくれなかった。今年は? もしかして今年は来てくれるかもしれない。待つと言いながらも会えるのを心待ちにしている。何年経っても俺は変わらずに大輝のことが好きだ。涼には呆れられているけれど。
そんなことを考えながらコーヒーを飲んでいると、カランカランとドアベルの軽やかな音がした。デパートの買い物袋を持った女性客が2人連れで入ってきた。時計を見ると15時半。コーヒーブレイクの時間だ。
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