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霧雨が降るように5

「返事を受け取らない?」 「うん。ゆっくり考えて欲しいからって」  コーヒーを口に含んでからされに言葉を繋げる。 「それって本気だね」 「多分、そうだと思う」 「いくつくらいの人?」 「確か30前半じゃないかな」 「それでデザイナーか。凄いな」 「凄いよね」  ふと見ると涼のカップにはコーヒーはもう少ししか残っていない。 「涼。コーヒーおかわりいらないか」 「あ、欲しい」 「本日のブレンドでいい?」 「うん」  本日のブレンドの豆が少し残ってしまっているから飲んでしまいたい。俺のカップもコーヒーは少ししか残っていないので2杯分淹れてしまおう。  ちなみに涼の分はマンデリンの分だけお金を貰い、ブレンドに関しては無料だ。これはお店都合で淹れるから。涼が来るのはラストの頃が多いから、こういったこともある。 「デザイナーってやっぱりヨーロッパ行ったりするのかな? イタリアとかフランスとかさ」 「そういえば以前、パリコレを見に行くって言って行ってたことあるよ。他はなにをしてたかわからないけど」  豆を挽いて、ネルフィルターに粉を移しゆっくりと淹れていく。コーヒーを淹れるのは心が凪いでいく。   「パリコレなんて名前しか聞いたことないよな。自分の人生にパリコレなんて単語が出てくることはないよ」 「涼の場合は、東京証券取引所だな」  証券会社に勤める涼には東京証券取引所だろう。俺はパリコレも東京証券取引所も出てこないけれど。出てくるのはコーヒーの産地か銘柄くらいだ。 「まぁね。でもさ、もう夢叶えちゃってる人かな」 「どうだろう。デザイナーって言ってももっと活躍したいとかあるかもしれないけど」 「わからないけどさ、今から海外に行きたいなんてことはないよな。誰かさんみたいにさ」  誰かさんみたいに……。  涼は、大輝が連絡もしないと言ったことを未だに根に持っている。本人である俺はいいと言っているのに。  入ったコーヒーを新しいカップに淹れて涼の前に出すとともに、空になったカップを回収する。 「誰かさんだって今から行くわけじゃない」  さらりと大輝の肩を持つ。 「ま、さ。なんにしても湊斗を1人にはしないだろう、っていうこと」 「まぁ、ないだろうけど」 「そしたらさ、ゆっくり考えてみてもいいんじゃないか?」 「なに言ってるんだよ。俺には大輝がいる」  いくら何年も会っていなくても、連絡がなくても俺には大輝がいる。心変わりだってしてない。あの別れた日のまま俺は大輝を思ってる。涼だってそのことを知っているのに。それでも涼は他の人にしろといつも言う。何年も会えないことはまだしも、連絡もしないと言ったことが涼は引っかかっているらしい。でも、どうなんだろう。俺には連絡はないけれど、涼のところにも連絡はないんだろうか。そのことを訊いたことはない。涼にあってもなくても、俺に連絡がないのは変わらないから。
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