18 / 74

霧雨が降るように7

 涼とは店を出て少し行ったところで別れる。涼はそのまままっすぐ港と平行して歩く。上階に住んでいる涼の部屋からは港が見える。逆に俺は駅の方へと歩く。駅は山に近い方になり、港は見えない。山の上に行けば見えるけれど、上までは行かない俺のマンションからでは見えない。  そして、自分の部屋に帰りながらふと思った。涼も自宅を出ているけれど、俺も店を構えるにあたって自宅を出ている。もし、大輝が迎えに来てくれるとしたら俺の実家に行くかスマホに連絡があるか。大輝は今俺が住んでいる部屋も構えた店も知らない。知っているのは学生のころから変わっていない携帯の電話番号だけだ。  マンションの郵便受けを覗くとピザのチェーン店のメニューを兼ねたチラシが一枚入っているだけだった。部屋に入るとすぐにそのチラシをゴミ箱に捨て、部屋着に着替えてソファに座る。  ソファに置いた鞄の中からスマホを取りだし、着信を見るけれどなにも入っていない。電話もメッセージもなにも入っていない。それを見て、スマホをソファに投げ捨て、ため息をついて下を向く。湊斗の誕生日に花束を持って迎えに来るよ、大輝はそう言っていた。だけど今日、大輝は来なかった。連絡もない。つまり、今年も来てくれなかったということだ。  俺たちももう27歳だ。大輝がドイツに行ったのは20歳になる年だった。あれから7年と8ヶ月ほど。中学3年で大輝と出会ってからドイツへ行くまでの時間とドイツへ行ってしまってからの時間を比べると、待っている時間の方が長くなってしまっている。涼が他の人にしろ、という訳だ。 「大輝、いつ迎えに来てくれるんだよ……」  ポロリと口から出てしまった弱音とともに涙も出てしまう。大輝が迎えに来てくれるまで待つ。その気持ちは変わらない。でも、現役引退を考えるとそろそろ迎えに来てくれてもいい頃合いだと思うと悲しくなる。今年来てくれなかったのなら、来年は来てくれるだろうか。今日からまた1年待つことになる。まさか、他に好きな人が出来て、約束なんて知らんぷりとか? それとも、約束自体を忘れてしまったとか? ついマイナス思考になってしまう。  そこでふと思ったのは涼は大輝と連絡を取っているんだろうか。大輝がいくら俺と連絡は取らないと言っても幼馴染みである涼にまで連絡を取らないとは思えない。ま、仮に連絡を取っていたにしても涼が俺になにかを言ってくることはないだろう。そこは大輝が口止めしているだろうし、涼だって大輝が俺に連絡をしないと言ったことを知っているのに俺に大輝のことを話してしまったら意味がない。それに俺に連絡がないのに大輝と連絡を取り合っているなんて聞きたくもない。   「もう辛いよ。早く迎えに来て……」  弱音も涙も止まらなくて、やけ酒に走りたくなる。でも、明日もまた店があるから深酒はできない。でも、せめてビール1缶くらいはいいだろう。もう、今日は飲んでそのまま寝てしまいたい。シャワーを浴びてないけれど、そんなの明日起きてからでもいいだろう。今日はもう無理だ。こんなこと涼には言えない。言ったらもうやめろと言われるのがわかっているからだ。だから1人の今だけ。今だけ泣くことを許して欲しい。誰にともなくそんなことを思った。  大輝と生きて行くこの世界はとても綺麗だと思った。それぐらい想っていたし、今でも想ってる。でも、その大輝と離ればなれになっているこの状態は切ない。約束があるから待っている。それでも、今年も来てくれなかった。それがただ寂しい。だから、早く迎えに来て。
0
いいね
0
萌えた
3
切ない
0
エロい
0
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!