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交差する想い2
車の中は静かな洋楽が流れていて、会話はない。でも、ひとつ優馬さんに訊きたいことがあった。それはなんで俺を好きになったかということだ。
「優馬さん。なんで俺なんですか? それこそ、俺のことをよく知ってるわけでもないし」
「そうだね。よく知らないのに、って言われたらなにも言えないな。でも、お店でお客さんの話しを静かに微笑みながら聞いていたり、真剣にコーヒーを淹れている仕草だったり。そんなのを見ていて、もっと湊斗くんのこと知りたいと思ったんだよね。そして、微笑みだけじゃなくてほんとの笑顔を見てみたいなって思った。カフェオーナーの湊斗くんだけじゃなくて、オフの湊斗くんを」
「オフの俺、ですか?」
「そう」
オフの俺ってどんな俺だろう。20代のどこにでもいる普通の男だけどな。特にみんなと違うことはない。そんな俺を見たいと言うんだろうか。
「知ってもつまらないですよ。単にコーヒーが好きなだけの普通の男なんで」
「その普通の顔を見てみたい。友だちに見せる顔だったり、ドイツに行った彼のことを想っているときの顔だったり」
そんな俺を知って楽しいんだろうか。
「平日の夜、俺の友人が店に来ることがあるんです。友人に見せる顔だったら、そのときに見れると思いますよ」
「完全オフのときではないけど、完全にオンでもないのか」
「ええ。だから、少しは友人に見せる顔がわかるんじゃないかと。それを見ちゃったら、特に知りたいと思わなくなるんじゃないかなと思います。ほんとにどこにでもいる普通の男なんで。特に顔が綺麗なわけでもないし、イケメンでもないし」
「どんな湊斗くんでも知りたい。それは恋でしょう?」
誰かのことを知りたいと思う。確かにそれは恋だけど。ほんとに普通のつまらない男だから知ったら幻滅されそうな気がする。
「幻滅されそうですけど……」
「そうなの? そんなことないと思うよ。コーヒーのことを話してるときの湊斗くんの目はすごくキラキラしてるんだ。そんな人が普通の男っていうことはないと思うよ。なにかに打ち込めるっていうだけで僕はすごいと思うんだよね」
打ち込めること……。確かにコーヒーは好きだ。コーヒー馬鹿って言ってもおかしくないかなとは思う。でなければカフェなんてやらないし。でも、そんなので魅力的になんてなるんだろうか。なにしろドイツから帰国した大輝が久しぶりに俺に会ったら、あまりにも普通過ぎて気持ちも冷めちゃうんじゃないかと思うくらいだ。
「でも、今日はお店の外で会えて良かったよ。お店以外の湊斗くんを少し知ることができたから」
「幻滅しませんでしたか?」
「しないよ。もっと色んな表情を見たいなと思った」
今日の俺はどんな俺だっただろうか。お店がお休みのときの気の抜けた俺だと思う。幻滅するのなら今日の俺って感じがするけれど、しなかったというのか。
「たまに食事に誘ってもいい?」
どうしよう。これはどう返事をしたらいいんだろう。わからなくて悩む。でも、食事くらいならいいかな?
「今日みたいな食事くらいなら」
「ありがとう。じゃあ誘わせて貰うね」
そう言って優馬さんはふわりと笑った。その顔を見て、やっぱり俺なんかじゃなく綺麗な女性や男性の方が優馬さんには似合うんじゃないかと思ってしまう。それでも、あまりに普通の俺を見たら幻滅してくれそうな気がして、食事のお誘いはOKしてしまった。
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