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同じ空の下8

 翌日朝ローマ発デュッセルドルフ行きの飛行機に乗った。デュッセルドルフ着がちょうどお昼だったので、とりあえずホテルまで行き、チェックインをして荷物を預けて街へ出る。  どこで食べたらいいのかわからずにいたらホテル近くの駅の中にレストランがあったので入ってみる。ドイツ語なんてさっぱりわからないので英語が頼りなんだけど、メニューに英語はなく、写真を頼りに注文した。注文したのはカツレツのようなものだった。でもカツレツよりも付け合わせのポテトの量が半端なくてお腹いっぱいになってしまう。それがなんだかドイツのような気がして満足してしまう。  食事を終えた後は食後のコーヒーにしたいので正門さんから教えて貰ったお店へと行く。ヨーロッパでカフェというとフランスやイタリアのように外にも席を設けている昔ながらのお店が主だけど、紹介して貰ったカフェは日本で修行していたからか日本のカフェのようだった。白木の優しさが心地いい。エスプレッソマシーンではなく日本のようにハンドドリップしているからか、お店の中はコーヒーのいい匂いがした。この香りで気持ちが落ち着く。とりあえずコーヒーを頼もう。今日、明日もコーヒーを何杯も飲むから今はアメリカンで。とはいえ、ドイツ語でアメリカンはなんて言うのかわからず悩んでいるとカウンターの中から優しそうな風貌のスタッフが日本語で話しかけてくれた。 「ミスター正門の知り合い?」 「あ、はい」  どうも彼が正門さんが紹介してくれたカイさんのようだ。日本語にホッとしてカウンターに近づく。 「えっと、ミナト、だよね? なににする?」 「あ、アメリカンを」 「わかった。空いているところ座ってて」  お昼どきで、数組のお客さんが店内にはいた。窓際の席が空いていたので、そこへ行く。全くわからないドイツ語の世界に来たけれど、コーヒーの注文ぐらいはできるようにしたい。カウンターに目をやると、カイさんが真剣な顔でドリップしている。こっちに来てからストレートで飲むのはエスプレッソなので、人がドリップしている姿を見てなんだかホッとした。こっちではコーヒーといえばエスプレッソマシーンだけど、俺はこうやって人が少しずつ落としていくコーヒーが好きだ。  お店に入ったときよりもコーヒーの香りが強くなったところでカイさんがコーヒーを持って来てくれる。 「どうぞ」 「いただきます」  まだ熱いコーヒーをゆっくりと一口飲む。そのコーヒーの柔らかさに正門さんのコーヒーを感じる。やっぱり正門さんにしごかれた人なんだな、とコーヒーを通して感じる。 「美味しい!」 「ありがとうございます。ミスター正門のお弟子さんだから緊張しちゃった」 「正門さんが美味しいと言っていたのがわかりました」 「でも、ミナトもミスター正門に教わっているんでしょう?」 「だけど、まだ到達しきれてなくて」 「僕もまだだと思うよ。でも、ミスター正門が美味しいと評価してくれたのなら嬉しい」  やっぱり彼も正門さんには厳しくされたんだなとわかる。 「ドイツは最近ハンドドリップのお店が少しずつ出来てるんだ。いくつか店を紹介するよ」  そう言うとカイさんはカウンターに紙とペンを取りに行った。その姿を見送り、窓の外に目をやったとき俺は心臓が止まるかと思った。  だって、通りの向こうに大輝がいたからだ。  間違いない。どれだけ離れていようと俺が大輝を見間違えるはずがない。  ドイツという同じ空の下。それだけでいいと思っていた。それがまさか姿を見るなんて。  でも、俺は全然嬉しくなかった。だって、その隣にはブロンドの綺麗な女性がいて、大輝の腕に手をかけているのだから。

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