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同じ空の下9
「……ト。……ナト。ミナト!」
俺を呼ぶ声が聞こえて、意識がこちらに戻ってきた。
「ミナト? 大丈夫?」
「え、あ、ごめんなさい。ボーッとしちゃって」
「それはいいけど、疲れてるんじゃない? ヨーロッパ来ても駆け足なんでしょう」
カイさんが心配して俺の顔を覗き込む。疲れてると思って心配をかけてしまった。
「ちょっと疲れたのかな? あはは」
「お勧めのお店をメモしたけど、疲れたのならここで少しゆっくりして行ったらいい」
「あ、はい。ありがとうございます」
チラリと横目で通りの向こうに目をやるけれど、大輝の姿は既にそこにはない。それが寂しいようなホッとしたような微妙な感じだ。
疲れてボーッとしていたわけではないけど、少しここでゆっくり休ませて貰おう。
「コーヒーのおかわり必要だったら言ってね」
「はい」
カイさんはカウンターに戻り際に振り返ってこちらを見ると、パチンと音がしそうなくらい見事なウインクを送ってきた。それが少しいたずらっ子みたいで、ふと口角があがった。ほんの少しだけど、大輝を見かけたショックが和らいだような気がした。
コーヒーに口をつけ、深呼吸をしてみる。お店いっぱいに充満しているコーヒーの香りが気持ちを落ち着けてくれる。
さっきの人は大輝で間違いない。いくら7年会っていなくたって他のアジア人と大輝を見間違えるはずがない。
こちらから一方的だけど姿を見れた。それは嬉しいことなのかもしれないけれど、さっきの光景は全然嬉しくなんてない。
ブロンドの長い髪を風に揺らせて、大輝の腕に迷いもなく腕を絡める女性。遠目だったけれど、綺麗な|女性《ひと》だと思った。
大輝はもう心変わりをしてしまったのか。もう俺のことなんて忘れて、こちらのブロンドの美人と付き合っているんだろうか。7年も待ち続けていた俺は馬鹿なのか。だって、大輝が約束を破るなんて思わなかったんだ。大輝は約束を守る人だから。迎えに来ると言ってくれたから、それを信じて待っていた。心変わりなんてしていたら迎えになんて来てくれない。だから、大輝はずっと変わることなく俺を思ってくれると信じてた。
馬鹿だな。大輝はもう俺のことなんて忘れてしまったんだ。だから昨年の誕生日だって迎えに来てくれなかったんだ。もういくら待っても無駄なんだ。大輝はもう迎えになんて来てくれない。ブロンドの綺麗な女性と腕を組んで道を歩くくらいなんだから。
こんなことを予想していたから涼は他の人にしろ、と言っていたのか。それとも、知っていた? どっちかはわからない。わからないけど、涼に知らせようと思いスマホを取りだし、今のことを涼にメッセージを送る。ポケットにしまおうとしたところでスマホが震える。メッセージじゃない。電話だ。涼だろう。時間的に家でゆっくりしている頃だ。出るかどうしようか悩んでから出ることに決めた。
「もしもし」
『大輝がブロンドの女と歩いてたって?!』
「うん」
『大輝で間違いないのか』
「見間違えるはずがないよ」
『大丈夫か?』
「大丈夫……じゃない。胸が痛い」
『もう、大輝のことは忘れろ。で、大輝が帰って来たら俺が話しつけてやるから。湊斗はもう会わなくていい』
「……」
大輝のこと、忘れられるのかな? 7年も待ってたんだ。ずっとずっと信じて待ってたんだ。ずっとずっと好きだったんだ。
『優馬さんのこと、考えてみてもいいんじゃないか? あの人ならいいと思う』
優馬さんのこと考えてもいいのかな。失礼にならないかな。でも、優馬さんなら優しいから傷つくことはないだろう。
「考えてみる」
『ん。もうすぐ帰国だろ。帰国したら飲もうぜ』
「うん」
俺のことを心配してくれる涼の心が嬉しい。簡単に忘れることなんてできない。できないけど、優馬さんのこと考えてみよう。
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