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試験と恋と1

 ドイツから帰って来て休む間もなくお店を開ける。  豆を焙煎するとコーヒーの香りが店に充満してくる。ドイツでのことがあって精神的にかなりキツいけれど、コーヒーの香りで気持ちを落ち着ける。今日のブレンドを決め、ケーキの様子を見るのに冷蔵庫を開ける。うん、これで大丈夫だ。それぞれのケーキを切り分けていく。  表のプレートをOPENにしようと外に出たところに優馬さんがきた。 「おはよう」 「おはようございます。もう帰国してたんですね」 「うん。一昨日ね。それより、湊斗くん?」 「はい? なんですか? あ、中へどうぞ」  優馬さんを店内に入れると注文を訊く。 「今日はなににしますか?」 「グァテマラ貰えるかな? あ、スイーツはどうなった?」 「今日からタルトタタンとタルトシトロン追加になりましたよ」 「あ、じゃあタルトシトロンも一緒に」 「かしこまりました」  豆を挽いてネルフィルターをセットし、ゆっくりと落としていく。店内のコーヒーの香りが濃厚になってくる。  コーヒーが落ちきったところでカップに注ぎ、冷蔵庫からタルトシトロンを取りだし優馬さんの前に置く。 「ごゆっくりどうぞ」 「ありがとう」  優馬さんはそう言うけれど、コーヒーカップに手をつけるわけでも、フォークを持つでもなく俺の顔をじっと見ている。なんだろう。 「優馬さん? どうかしましたか?」 「どうかしたのは湊斗くんの方なんじゃない?」  なにを言われているのかわからずに、優馬さんの顔を見つめてしまう。俺がどうかしたって? 「ドイツでなにかあった?」 「え?」 「元気がない」 「そんなことないですよ」  俺が元気がないって。そりゃ元気はない。大輝のあんなところを見て元気でいられるほど俺の想いは軽くなかった。でも、なにかあったと気づくほど顔に出ているのだろうか。 「普通のお客さんなら気づかないかもしれないけど、僕はずっと湊斗くんを見てきたからね、わかるよ」 「……」 「彼と会ったの?」 「なんで?」 「湊斗くんがドイツでなにかあったとしたら、それは彼絡みじゃないかと思うのは自然でしょう。で、パリで会ったときとは明らかに違うから。そうしたらローマかドイツでしょう。でも、この場合はドイツの方が可能性が高い」  ああ、そうか。優馬さんはドイツに大輝がいるのを知っている。パリで優馬さんに会ったのは数日前のことだ。その間になにかあったとしたらドイツでだと思うのは当然かもしれない。 「湊斗くん?」 「……もう俺のことなんて忘れたのかもしれない」  優馬さんに聞こえるかわからないほど小さな声で呟いた。そして自分の言葉に悲しくなり、鼻の奥がツンとして泣きそうになる。 「彼と会った?」 「見かけたんです。女の人と腕を組んで歩いているところを」 「そんなことがあったの。そしたら湊斗くんも彼を待たなくてもいいんじゃない?」 「そうですね……」 「ねぇ。今まではアプローチ中だったけど、お試しで付き合ってみない?」 「お試しで? でも、それは……」 「お試しで付き合ってみて、それでダメだったらそのとき諦めるよ」  お試しで付き合う。そんなの考えたことがなかった。お試しで付き合って、それでも好きになれない、付き合えないと思ったらそのときは諦めてくれるの? でも、それはすごくズルいんじゃないかと思う。そう思うと返事ができない。優馬さんはいい人だから、失礼なことはしたくない。 「でも……」 「それとも、お試しであっても僕と付き合うのはイヤ?」 「そんなこと! ただ、今はコーヒーのことで忙しいんです」 「コーヒーのことでって、ヨーロッパに行ったのと関係ある?」 「はい。今持ってる資格をレベルアップしようと思ってて、それでしばらくはまた正門さんに色々教えて貰ったりするので」 「そうか。そしたらたまにの食事も無理かな?」 「たまになら……」  たまに食事を一緒にするくらいならできる。いくら正門さんにしごかれたって食事はする。そのうちの1回くらい一緒にすることくらいならできる。ただ、それだと今までとなにも変わらないけれど。 「じゃあ、コーヒーの方が落ち着いたらお試しで付き合ってくれる?」 「……優馬さんを傷つけることはないですか?」  優馬さんを傷つけることはしたくない。優馬さんはほんとに優しい人で、とてもよくしてくれる。人としてとても好きだ。だからそんな人を傷つけたりしたくはない。 「それはないよ。ダメだったらフラれる。それは普通に告白したってあることだし、付き合ってたってあることでしょう。だからそれを気にする必要はない。それに大体僕は湊斗くんの傷心につけ込んでいるようなものなんだから」 「つけ込んでいるなんて、そんな……」 「変わらないよ。だから、僕を傷つけるんじゃないかとかは気にしなくていい。湊斗くんが感じたままでいいよ」 「わかりました。それなら」 「ありがとう。コーヒーのレベルアップ応援してるよ」 「ありがとうございます」  こうして、レベルアップが済んだらお試しで付き合うことが決まった。

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