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試験と恋と2
コーヒーマイスターの資格をレベルアップさせるために、スクーリング(座学)と実技の申込みをする。座学はその日のうちに試験があり、実技は焙煎、エスプレッソ抽出、ドリップ・サイフォン抽出、カッピングの中から最低1つを選び受講、試験がある。座学は、あらかじめ予習しておくとして、実技はどうしようかと考えた。最低1つ。1つはドリップ抽出と決めた。抽出は正門さんにしごかれるから。それで受かればいい。
正門さんには約束通り日曜の夜に正門さんのお店で教えて貰う。夜、お店が終わった後なので正直結構キツい。でも、ドイツで飲んだカイさんの淹れたコーヒーが美味しくて、あれくらいの味が出せるようになったら正門さんに認めて貰えるのかな、と思った。
今日もお店を閉めてから電車に乗って正門さんのお店へ行く。ヨーロッパから帰って来て正門さんのお店へ行くのは初めてだ。
「ヨーロッパはどうだった?」
「ドイツに行って良かったです。ご紹介して貰ったカイさんのコーヒーは美味しかったし、デュッセルドルフにある他のハンドドリップのお店を回りましたけど、参考になりました」
「カイはそこそこいい味が出せるだろう。他にもいい店があったか」
「はい。カイさんと並ぶくらいに美味しいお店を発見しました。思わず2回行きました」
そう。カイさんに紹介して貰ったお勧めのハンドドリップのお店の中にカイさんのコーヒーに並ぶ美味しさのお店があり、初日はブラックを飲んだから翌日、ラテ・マキアートを飲みに行った。それがまるで絵画のように綺麗で、思わず飲むのがもったいないと思ったほどだ。
ドイツは悲しいことがあったけれど、コーヒーに関しては収穫が多かったし、どんなにショックを受けてもコーヒーのことだけは忘れなかった。今度はドイツにだけ行ってもいいんじゃないかとさえ思った。
「そうか。普段は自分の淹れたコーヒーしか飲まないから、他の人間の淹れたコーヒーは新鮮だろう」
「そうですね。で、自分のコーヒーになにが足りないのか考えたりしました」
「コーヒーが繊細なのは知っているな?」
「はい」
「ドリップの仕方を少し変えるだけで味も変わっていく。初心に戻って淹れてみるとまた違うぞ」
初心に戻って……。
確かに、もう慣れていて、自分の手癖が出ているかもしれない。
「とりあえず俺が淹れてみるからそれを飲んでみろ」
「はい」
正門さんがコーヒーをドリップしているのは、優馬さんと来たときにもチラッとみたが、じっくりと見るのはこのお店で働いていたとき以来だ。
そして正門さんは淹れるにあたり、時間をはかっていろと言った。それは美味しいコーヒーを淹れるには時間も関係してくるからだ。蒸らす時間は20秒。そして、コーヒーを淹れ始めてから淹れ終わるまでの時間は2分30秒から3分以内。その時間が美味しいコーヒーを淹れる時間だと言われている。なので正門さんが淹れ始めてから時間を見ていた。すると、蒸らす時間は20秒ぴったり。そしてコーヒーを淹れ終わるまで2分50秒と美味しいと言われている時間ぴったりだった。でも、正門さんはタイマーなんて使っていない。自然とその時間になっているのだ。これ、俺出来るのかな?
そうして淹れ終わったコーヒーをサーブしてくれたので、一口飲む。うん、いつもの正門さんの味だ。日によってムラがあったりはしない。いつ淹れてもこの美味しい味だ。
「いつもの正門さんの味です。時間、まるで見ているかのようですね」
「時計なんて見ていなくても体が時間を覚えている」
「だからいつも安定した味なんですね」
「次はお前が淹れてみろ」
正門さんの前でコーヒーを淹れるのなんて緊張する。でも、これも修行だ。そう思って俺は大きく息を吸った。
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