36 / 64
2-6 賭けをしない?
話を聞き終えた姚泉 は、少し難しい顔をして、それからその綺麗な形の口元を緩めた。
「それで? それに協力したとして、私になにか良いことはあるのかしら?」
無明 もまた、口元を緩めてにっと笑った。
「あなたが鳳凰の儀を邪魔したい本当の目的は、ひとを操って争わせ、それを見て楽しむこと、なんでしょ? 蓉緋 様が二年前に起こした下剋上自体は、別になんとも思っていないはず。逆にそのおかげで露呈した、彼に反目するひとたちを言葉巧みに操って、争わせてるわけだし」
それは正解、と片目を閉じて姚泉はご機嫌な様子で返す。
二年前は老師ふたりも含め、ろくでもないが最強と謳われた当時の宗主の暗殺を目論ませ、新たな宗主を卑怯なやり方でその座に就かせた。その年の鳳凰の儀で、白鷺 老師が推薦した誰とも知れぬ者が、一族の頂点に立ったのは記憶に新しい。
「あれは、なかなか楽しめたわ。私は蓉緋好きよ。だから虐めたいの。あの自信満々の自尊心をぽきりと折ってあげたいのよ。なかなかに大変だけれど」
あの手この手でこの二年間、色々と画策してみたが、どうも上手くいかなかった。鳳凰の儀は最高の舞台。次こそは地面に膝を付いて、悔しさで歪む顔を見たいと思っているのだ。
「だから、蓉緋が見初めたあなたを幽閉して、脅して、その座から引きずり降ろしてあげようと思ったのよ。で、鳳凰の儀で彼らにぼこぼこにされるっていう筋書きだったの。でもほら、あの馬鹿の仲間の馬鹿が、私のことを侮ってあなたをどうにかしようとしたもんだから、色々と順番がおかしくなってしまったのよ」
はあ、と嘆息して、不服そうに口を尖らせた。
無駄に力を使って、自分の正体をバラしてしまったようなものだ。これでは、ここにはもう長居はできない。ここの生活はそれなりに気に入っていたのに、と姚泉は残念そうな表情を浮かべる。
「あなたが特級の妖鬼だと気付いているのはほんの一部だけ。俺が黙っていて欲しいと言えば、黙っててくれると思う。もちろん、これからは悪いことはしないって前提でだけど。それに、蓉緋様とやり合いたいなら、正面切ってやればいいと思う。意外と面白いかもしれないよ?」
「そんなの、私の気分次第ね。面白くないと思ったら、それまででしょ?」
姚泉はその提案にかなり気持ちがぐらりと動いたが、もっと目の前の者と言葉遊びを楽しみたいと、さらにふっかけてみる。
「じゃあ、俺と賭けをしない?」
「賭け? どんな?」
楽しそうに姚泉は両手で顔を包むように机に肘を付き、身を乗り出すように聞き入る。
「鳳凰の儀で最後に立っているのが、誰か。俺はもちろん蓉緋様に賭ける。あなたはそれを阻止するために、どんな手を使ってもなにをしてもいい。もし蓉緋様が負けたら、俺を好きにしていいよ。最後に立っているのが蓉緋様だったら、俺の勝ち。あなたが俺のお願いを聞く。どう?」
「あら、それは結果的にあなたの提案に協力することになっちゃうじゃない」
無明が提案したそれは、鳳凰の儀において、反目する者たちをすべてその場に集め、蓉緋と宗主の座を争わせること。誰一人逃すことなく、その場に集めるというのが条件だった。
彼らがどんな手を使おうが、蓉緋は正々堂々と頂点に立つ。それを目の当たりにさせること。その後に本来の鳳凰の儀を行うことが目的だった。
「うん、だから、正々堂々悪いことしていいよ! いっぱい卑怯な手で邪魔しても、誰にも文句は言わせないから」
「それ、あなたが言うの?」
え? 駄目? と無明は不思議そうに首を傾げる。もうたまらなく可笑しくなって、姚泉は声を上げて笑い転げた。
「でも、ひとつだけ約束してくれる?」
ひたすら笑った後に、真剣な声が聞こえてきたので、姚泉は再び無明に惹かれるように、まっすぐに見つめた。
「これ以上、誰も殺さない、殺させないで」
その慈しむような表情に、思わず言葉が出て来なかった。どうしてこんなにも、この目の前の者に惹かれるのか。惹き込まれるのか、自分でもわからない。それはまるで呪縛かなにかのようで、けれども心地好いとさえ思える。
姚泉は、いいわ、よくわかったと大きく頷いて立ち上がり、無明に右手を差し出す。そっと乗せられた自分と変わらない大きさの手を引いて、その場に立たせる。
「私が直接、鳳凰殿の前まで送るわ」
その意味を、無明は訊ねずとも理解していた。
交渉が成立し、一連の黒幕であった姚泉が、今この瞬間から、こちら側に付いたということを。
ともだちにシェアしよう!

