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3-12 隠れ里
白い光に視界を奪われ、自分の姿さえもわからなくなった矢先。無明 は両手をそっと掴まれる。片方はあたたかく、片方はひんやりと冷たかった。その手は白笶 と逢魔 だろう。どちらも違う温度に安堵しながら、視界が戻ってくるのを待つ。
(これは····なにかの術かな?)
足元がふわふわとした感覚が不可思議で、まるで宙に浮いているようだった。自分の身体が見えない不安もあるが、ふたりの手がしっかりと掴んでくれているのでなにも怖くはなかった。声もなぜか出ない。これはいったいどういう状況なのだろう。
そんな感覚もだんだんと薄れていった頃、視界がゆっくりと色を取り戻していく。ぼんやりとしていたそれは、明確な形となって突然目の前に現れた。
「ふたりとも、ありがとう」
無明はふたりを交互に見上げて小さく笑った。逢魔はどういたしまして? と悪戯っぽく片目を閉じて答え、白笶は口元を少しだけ緩めてくれた。
「神子様、お待ちしておりました。光架 の民の掟でこちらから出向くことが叶わぬゆえ、ご無礼をお許しください」
ずらりと並んで迎えてくれたのは、おそらくこの隠れ里に住む民たちだろう。光架の民。ここに集まった者たちが全員なのだとしたら、大人から小さな子どもまでざっくり数えても三十人程度とかなり少ない。代表して前に出てきた中年の男性が跪き拱手礼をすると、後ろのみんなも同じように跪いて頭を下げた。
「私の名は栄藍 。光架の民をまとめる長の役目を任されている者です。ずっと、あなた様のことは娘の藍歌 を通して見守っておりました故、はじめて会った気はしないのですが。こうして対面できたこと、光架の民として光栄に思います······と、堅苦しい挨拶はここまでにして、」
栄藍はにっこりと目尻に皺を作って穏やかな笑みを浮かべ、無明をすっと見上げてきた。その顔はずっと離れていた可愛い孫と再会した、優しい祖父の顔そのものだった。
「無明、よく来たな」
「えっと····あなたが母上の、父上?」
「ややこしいことをいう子だな。素直におじいちゃんと呼べばいいだろうに」
けらけらと陽気に笑って、栄藍は立ち上がる。同時に後ろの者たちも顔を上げ、皆、無明の姿に興味津々のようだった。
「お、おじい、ちゃん? さっきの言葉。俺のことを見守ってくれてたって本当?」
「嘘をついてどうするのだ? 可愛い孫がまさか神子の印をもって生まれたと聞けば、心配にもなるだろう。あの地は晦冥崗 も近いし、いつ邪神に命を狙われるかもわからない状況だったからな」
翡翠の瞳。光架の民の特徴のひとつであるその瞳の色を、ここにいる皆がもっていた。無明にとってはそれがすごく新鮮で、なんだか嬉しかった。藍歌と自分だけが異質な気がしていた幼い頃。いつからかそんな気持ちも薄れていたが、こうして同じ血が流れているひとたちを目の前にしてみると、不思議な繋がりを感じる。
五十代後半くらいの栄藍だが、顔自体は藍歌とは似ても似つかない。おそらく藍歌は母親似なのだろう。すでに亡くなっていると聞いている。光架の民たちは皆白い衣を基調とした装いをしており、長である栄藍が纏う衣にだけ袖と裾に薄緑色の模様が描かれていた。
「鬼神 殿も傍にいたのであまり心配はしていなかったが、幼い頃はいつも無茶ばかりしていたから、なにかやる度にハラハラしていたのが懐かしい」
「あはは····そんなことまで」
まああの頃は痴れ者全盛期というか····やりたい放題していたかも。
「あのね、ここに来たのはちょっと知りたいことがあったからで····長であるあなたとふたりきりで話がしたいんだ」
「私の屋敷でいいかな?」
うん、と無明は頷く。
白笶と逢魔はお互い視線だけ交わす。本当ならその内容を一緒に聞きたい。だが、無明が最初から『ふたりきりで』と言い切ったために口をはさむこともできない。
「じゃあ、白笶たちは自由にしてて。あ、あと、今日はここに泊ってもいい? 光架の民だけが読める"記録の玉 "というものががあるって聞いたんだ。俺、調べたいこともあって」
「かまわないさ。お前は神子で、その魂は光架の民の始祖でもある。だが、そこのふたりは立ち入り禁止だ。例外はない」
白笶にふいと視線を向けて、栄藍は途中からどこか厳しい口調でそう告げた。逢魔は首を傾げながらその様子を窺っていたが、その意図はなんとなく理解できた。かつて晦冥崗 で眠りについた神子の、最後の華守であった黎明 。永遠の輪廻によって再び神子の隣にいる白笶。
(神子にとって華守はなくてはならない存在。けど、ふたりはあの頃から····)
五百年以上前。逢魔がまだ自身のことを知らず、ある村で鬼子と呼ばれ忌み嫌われていた頃。匿われていた宿で、ふたりに出会った。宵藍と黎明だったあの頃、すでにふたりは結ばれていた。
ある怪異を解決した後、逢魔を引き取り家族として迎え入れてくれたふたり。かけがえのない時間を三人で過ごした、あの思い出のぜんぶが、愛おしい。宵藍と無明。黎明と白笶。今生でもふたりは惹かれ合い今に至る。
「俺たちのことは気にしないで。ゆっくり調べてきていいよ、」
白笶は押し黙ったままなにも言わないのはわかっていたので、逢魔が代わりにそういって手を振った。無明が調べたいことは、同じく自分たちが知りたいことでもある。なにかを隠しているその答えがここにあるというのなら、尚更だった。
「うん、じゃあ後でね」
くるりと背を向け無明は栄藍の後を追う。
残されたふたりを気遣うように、光架の民のひとりが今夜泊まる屋敷へと案内してくれることになった。簡易的な平屋ばかりいくつか建っているだけの場所だが、山の頂には見えなかった。ここは結界の中の別空間なのかもしれない。
「こちらでお休みください。屋敷の中の物は自由に使ってもらってかまいませんので。ただ、長の言ったように我々には我々の掟があります故、」
「余計なことはしないで大人しくここにいろってことでしょ? 心配しなくてもいいよ。俺たちふたりとも、聞き分けのいい素直な良い子だからさ」
どの口が····と白笶は喉から声が出そうになったが、逢魔のそういうところは見習いたいとも思う。
「では、なにかあれば呼んでください。ここにいる間は、神子様のことは私たち光架の民が見守りますので、ご安心を」
案内役の中年の女性は、そう言い残してそそくさと去って行った。
どちらかといえば新しくそれなりに広い屋敷だった。無明がここに来るとわかっていて用意していたに違いない。あの長の発言からして、ずっと見守っていたというのも事実だろう。
「さて、と。じゃあ、俺たちはなにして遊ぼうか」
女性の足音が遠のいていき、やがて聞こえなくなった頃。逢魔はふっと口の端を上げて、なにかを企むように楽しそうに無邪気な笑みを浮かべると、白笶に向かってそう訊ねるのだった。
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