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3-13 魂の記憶

 無明(むみょう)栄藍(そうらん)の後ろを歩き、案内された部屋に辿り着いた。栄藍は観音開きの右側の扉を開け、中へと促す。窓のない部屋は意外と明るく、いくつあるか数えるのも大変な無数の燭台の灯りは、幻想的といえよう。  天井は別空間としか思えないほど高くにあり、壁に沿って円柱状に本棚が配置されていて、碧水(へきすい)で訪れた蔵書閣を思い出した。もちろん蔵書閣の本棚の数とは比べ物にならないのだが、無明の瞳は当然の如く輝いていた。 「ここにある書物ぜんぶ、おじいちゃんが集めたの⁉ 上の方に置いてある本はどうやって取るの⁉」 「この空間はあくまでも俺の創造物だからな。必要なものを頭の中で願えば····ほら、この通りだ」 「····すごい! つまりはおじいちゃんが空間の主だから、おじいちゃんの好きなように配置を変化させたりもできるんだねっ」  栄藍はこの空間に夢中になっている無明に対して、どこか嬉しそうな表情でその姿を眺めていた。もちろんこの部屋は、可愛い孫がこういうのが好きだと知っていて創った空間だった。まさかここまで喜んでくれるとは思っていなかったが。 「光架(こうか)の民の能力が、他の五大一族とはちょっと違うのはどうして?」 「光架の民は、始まりの神子が魂を分けた存在である宵藍(しょうらん)様が、ひとと交わって子をなしたのがはじまりだ。自身が死した後、魂の輪廻によって別の身に宿り続けるため、強大な神子の力に耐えられる存在、つまりその血と肉を分け与えたものが必要だったのだろう」  生まれた赤子が成長し成人となった後、また霊力の強い者と交わって子をなす。そうやって少しずつ血を繋ぎ、やがて神子の魂が宿る唯一の一族として、光架の民という存在が生まれた。 「しかし宵藍様が子をなしたのは最初の一度きりで、その後は何度転生しても子はなせなかったそうだ。逆に始まりの神子はひとならざるモノを次々と生み出していった。知っての通り、良いモノ以上に多くの悪いモノを····すべての元凶は闇神(あんしん)を蝕んだ邪神のせいではあるが、」  この()の国の始まり。神が生み出したとされる始まりの神子と、闇神である黒曜(こくよう)が創造したということは、この国に住むほとんどの者が知らない事実である。  黄龍が生まれ、四神が生まれ、大地が生まれ、水が生まれ、草花や木々が生まれ、さまざまな生き物が生まれ、やがてひとが生まれた。  古の時代。後に各地を統べることになる五大一族の始祖となる者たちは、元々その地を守護していた黄龍と四神の血を呑み、それぞれの力を分け与えられたことから始まる。  彼ら彼女らから繋がる血は、今日(こんにち)の五大一族の能力が物語っている。血の濃い薄いは能力に比例し、本家とその分家の能力に差があるのは血の濃さが関わっているが、稀に本家以上の能力をもって生まれる子もいた。 「この地に生まれ続ける穢れを闇神がひとりで背負った結果、邪神という存在が生まれ、始まりの神子が肉体と魂を分けたことで、この国の理も変わっていった。その結果、光架の民が生まれ、神子の魂は繰り返すことになる」  各地を治めるために五大一族が先に始まり、その理の中で光架の民は本来は存在するはずがなかった一族。神子は不死であり老いない、まさに神という不確かな存在の代わりだった。  穢れの絶えないこの地を浄化するために神子は存在していたわけだが、愛する闇神の傍にいるために、その役目を放棄したといってもいいだろう。  一方、魂として分けられたもうひとりの神子は、その身が朽ちるまでこの国を巡り、穢れを浄化するために命を削り続ける。生まれては死に、死んでは生まれて。永遠ほど記憶を繋いで輪廻する。 「そんな神子がその魂をもって邪神を封じ、五百数十年以上もの間魂の輪廻も止まったあの出来事以降。光架の民の役割もまた変わった。神子の代わりにこの国のあらゆる出来事を記録し、残す。血を繋ぐ。いつか、神子の魂が廻ると信じて」  栄藍はそう言って、自分を見上げてくる無明をじっと見つめた。そう、無明こそが自分たちの希望であり、光。孫でありながらも自身の親でもあるかのような不思議な感覚が、ずっと胸の奥にある。 「神子が記憶を引き継いだまま輪廻するのと、光架の民が記録の民と呼ばれることは、繋がってる証ってことなんだね」 「そうだ。我々光架の民の能力は神子を補佐するためにある。不在だった期間すべての記録がこの先の部屋に保管されているんだ。それを守り、来るべき時に神子に渡すのが役目。神子自身がこの地の歩く歴史書であり知識の宝庫といっても過言ではない」  神子とその先の部屋にある"記録の核"は繋がっており、そのすべての知識が集約されている。『記憶の核』から取り出したものを『記録の(ぎょく)』と呼び、手に取れば好きな記録の閲覧ができるのだ。 「これからはお前が望めば、意識と記憶の核が繋がり、いつでも(ぎょく)から情報を得られるだろう。この先にお前の望むものがあるといいが」  本棚の間にある扉の先。そこに確かめたかったことの答えがあるかもしれない。無明はうんと小さく頷き、開かれた扉の先へとひとり歩を進める。 (確かめたいこと、知りたいこと····本当は、どっちも知るのが怖い)  けれども、確かめなくてはならない。どうしても、知らなくてはならない。神子として生きていく覚悟を決めたからこそ、終わらせないといけないこともある。 「無明。お前は確かにこの国の神子で、その身に背負うには大きすぎるほどの天命を受けている。だがな、お前が不幸になるようなことはあってはならない。誰かの犠牲で守られたセカイなど、残された者は後味が悪いだろう?」 「ありがとう、おじいちゃん。でもね、俺。もう迷わないって決めたんだ。だからぜんぶ受け入れて、神子として生きてく。そのために知らなくちゃならないことがある。確かめないといけないことも。だから····、」 「ああ、俺は止めたりしないさ。お前がそれを願うのなら進むといい」  神子のやろうとしていることを止める権利もない。孫が望むものを与えるのはじじいの特権だ。栄藍はぽんと軽くその背を押し、無明はそれ以上はなにも言うことなく扉の向こうへと消えていった。 「····さて、どうしたものか」  先程は大人げない態度をとってしまったが、それもこれも神子に付きまと····もとい、今生でも神子の傍らに居座り続け······もとい、共に傍に寄り添っている華守に対して、光架の民は記憶(・・)として良い印象を持っていない。  本人の意思に関わらず、拒否反応というか、娘を嫁に取られた父親というか、なんともいえない感情が湧き上がってくるのだ。それは栄藍だけではなく、おそらく皆がそうだろう。  逆に神子の眷属である鬼神(きしん)に対しては畏れ多くもあり、親しみもある。これは魂に刻まれた記憶であり記録なので仕方がない。栄藍としては孫の幸せを願いたいところだが、こればかりはどうしようもないのだ。  無明が出てくるまでは時間がかかるだろうから、とりあえず奴と話でもしてみるか、と頭を搔きながら踵を返し、栄藍もまた扉の反対側へと出ていくのであった。

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