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3-24 隠し事
「ふたりとも、お疲れ様」
宵藍 を視界に入れた途端、逢魔 は小さな子どものような笑顔を浮かべた。すぐに駆け出したかったが、思い出したかのように修練をつけてくれた師父 に対しての礼をしなければと雑に拱手礼をして終わらせ、それからやっと駆け寄った。
「おかえりなさい。難しい話は終わった?」
縁側に座る宵藍の左横に座り、甘えるようにその白く細い指を握った。逢魔も色白だが、宵藍はそれ以上に儚く見える。遅れて黎明 が右側に座る。無言で頭を撫でなられ、宵藍はふふっと小さく笑った。
今、五大一族は一丸となって烏哭 の一族を一掃しようとしていた。この数年、各地の怪異の被害は大きく、一番に目を付けられたのが紅鏡 だった。
半月前。金虎 の一族の持つ術式を無効にする力は彼らにとって脅威で、故に烏哭は物理的な侵略で一族のほとんどを亡き者にした。一族で生き残ったのはふたりの公子と数人の術士たちのみ。民たちの半分以上はなんとか逃げのび、他の一族たちがそれぞれ受け入れていた。
公子や術士たちはここ、碧水 、白群 の敷地内に保護されている。今や、紅鏡は烏哭の者たちが操る妖者や妖獣によって四六時中監視されており、誰も近づけない状態になっていた。
晦冥 の地に一番近い紅鏡は、本来ならこちらが攻めるための結集の地になるはずだった。
「金虎 の公子たちの傷も癒えたし、皆交えて話をしたよ」
他に、緋 、雷火 、姮娥 のそれぞれの一族の代表として、五大一族の宗主たちが全員集まっていた。
「私も近い内に戦いに加わることになると思う。もちろん最前線でね」
「なにそれ。なんで私たち じゃないの?」
その言い方に違和感を覚え、逢魔はすかさず問いかける。もちろん自分も傍にいるつもりだし、黎明だってそれを良しとしないだろう。
「私は神子だから、死んでもまた生まれる。始まりからずっと追加されている記憶を保ったまま。でも君たちは違う。一度失ってしまえば二度目はない」
「なんで失う前提なの? そんなのまるで、」
烏哭には勝てないと神子が肯定しているようなものだ。
「これは、私が提案したこと。君たちはそれに従って後方で事が収まるのを待っていて欲しい」
握っていた手に力が入る。逢魔は訳が解らず眉を顰めた。しかしそれ以上神子はこの件について語る気はないらしく、なにを訊いてもはぐらかされてしまう。故に、黙って聞いているだけの黎明に対して、逢魔は苛立ちを覚える。
いつもなら神子が無茶なことを言う時は必ず反対するはずなのに、なぜか黙り込んでいるのだ。
「師父、あんたはそれでいいのか? 華守は神子を守るために存在してるんじゃないの?」
「逢魔。お願いだから、もうこれ以上なにも訊かないで?」
「そんなの無理だよ。俺にとって神子はあなただけだ。せめて理由を教えて欲しい。なにをしようとしているのか」
宵藍は懇願する逢魔の頬をそっと撫でる。撫でた頬の横の左耳にある、銀の細長い飾りがシャラシャラと涼しい音を奏でる。
すっかり自分より大きくなり、整った面立ちに幼さはこれっぽっちも残っていない。それでも逢魔は我が子同然で、いつまで経っても自分たちにとっては可愛い子どもなのだ。
「約束する。その時が来たら必ず話すと。だから、ね? このお話はこれでおしまい」
触れている手に自分の手を重ねて、逢魔は仕方なく頷く。本当は今すぐにでも話して欲しかったが、その悲し気な表情に言葉が出なかった。
黎明はもしかして知っているのだろうか。だからなにも言わないのだろうか。逢魔は甘えるように宵藍の腰に抱きつき、顔を腹に押し付ける。
昔からこうするとなんだか落ち着いた。まるで母親の腹の中にいるような、そんな安らぎ。憶えてもいないそんな感覚を、錯覚するほどに。
(俺を生んだひとは俺を捨てたけど、神子は俺がなにをしても見捨てないで見守ってくれていた)
これからもずっと三人でいるのだと思っていたのに。いつか来る終わりのことなど知りたくもない。このままずっと、このぬくもりを感じていたい。
よしよしと、そんな甘えたがりの大きな子どもの頭を撫でて嬉しそうに微笑む宵藍を、黎明は静かに見守っていた。
こうなることを、ずっと予感していた。数日前に神子が語ったことは、黎明には衝撃的な話であり、同時に絶望を覚えた。
この国の根底を揺るがすようなそんなお伽噺のように実感のない昔話は、ただただ空想のようで。しかし虚構ではないと知る。
(だが、俺は······その時が来たら、)
きっと、その手を離さないだろう。誰が何と言おうと最後まで傍にいる。たとえそれが間違いであっても。誰からも理解されなかったとしても。
黎明は、秋の薄い雲が広がる空を見上げて、ひとり目を細めた。
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