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3-25 始まりの神子

 少しずつ息を整え、落ち着かせるように瞼を固く閉じる。しばらくそのままの状態で抱きついていた宵藍(しょうらん)が、ゆっくりと顔を上げた。  薄闇の中でさえ蒼白とわかるその顔色を心配して、黎明(れいめい)は宵藍の頬に両手で包み込むように触れた。今にも泣き出しそうなその大きな瞳。なにか言いたげな宵藍をただ静かに見守るしかなかった。 「······前に話したよね? 繋がっている夢の話。私と、もうひとりの、」 「なにかあったのか?」  唇を噛みしめ、宵藍は俯く。苦しそうなその表情に、何もしてあげられない自分を悔やむ。神子がその夢をみるようになったのは、紅鏡(こうきょう)烏哭(うこく)に攻め入られた半月前から。 「始まりの神子が自分の魂を半分に分け、その半分である私に神子として転生を繰り返させ、邪神が生み出している穢れを鎮めさせているって」 「だがそれは夢の中の者が言っているだけで、君を晦冥(かいめい)に誘い込むための罠かもしれないだろう?」  ふるふると首を横に振り、宵藍はその言葉を否定する。 「······わかったんだ。夢の中で出会った時、手を重ねた時、私がずっと感じていた····欠けていたなにかが、ぴったりとはまったのを」  それはまるで初めからそこにあったかのように、不思議と溶け合うように、意識を共有することができたのだ。 「さっき、夢で言われたんだ····逢魔(おうま)の真名を私に預けると。逢魔は、あの子は、もうひとりの私の····、」 「そんな偶然、」  しかし出会った時幼い鬼子だった逢魔が、記憶がないのにも関わらず宵藍を慕いくっついて離れなかったのは、無意識に面影を追っていたからなのかもしれない。 「神子は子は産めないのではなかったか?」 「····始まりの神子は特別なんだ」  始まりの神子の特殊な体質。それは、神と名の付く存在のみが善でも悪でも子を宿せる。孕ませるにはその神気を注ぐ必要があり、善神であれば神子の眷属が生まれ、悪神であれば闇の化身が生まれる。  逢魔がどちらに該当するのか、宵藍にはわからない。邪神に孕ませられたのだとしたら、と途中まで考えて止める。 「どちらにせよ、魂だけが輪廻している私自身からはなにも生まれないのは確か」  しかし始まりの神子は違う。この地が生まれる千年以上前。神は神子の身体を使って、のちにこの土地を守護する四神と黄龍を産ませた。やがて生まれた五人の人間にその血を飲ませたことで、今の五大一族の始祖が誕生した。一族の直系だけが特殊な力を持つのは、その名残だという。  特殊といえば、光架(こうか)の民のはじまりだろう。始まりの神子が、ふたつに分けた自身の魂を宿す器となる子孫を繋ぐために生み出した、特別な一族。当然、他の一族たちとは異なる能力を持ち、特別な一族となっていったのは言うまでもない。  永い時間の中で、光架の民は神子のためにあらゆる出来事を【記録する】役割を果たすこととなる。神子の血を引く唯一の末裔として、この地において重要な存在といえよう。 「すべては自分が愛した闇神、黒曜(こくよう)の傍にいるために····けれども今の闇神は、永きに亘る穢れの影響で、邪神に蝕まれ始めているみたい。いつ完全に染まってしまってもおかしくない」  黎明は正直、今語られている真実を咀嚼できそうになかった。それこそお伽噺としか言いようがない。そしてそれを自分が聞いても良いのかとも思う。こんな、きっとこの国の誰も知らない重大な秘密を。 「君には、すべて知っていてもらいたい。その上で頼みたいことがあるって言ったら······きっと私を嫌いになる」 「嫌いになどならない」  宵藍がどうしてこんな話を自分に聞かせているのか、なんとなくだが察しは付いていた。今は烏哭の黒方士(こくほうし)などと呼ばれている、始まりの神子と意識を共有するようになり、ほぼ毎日のように夢を見て青ざめた顔で目覚める。 「なにも知らずに君が目の前から消えてしまうくらいなら、知っていた方が覚悟もできる」 「······黎明、」  何かを終わらせようとしているのだと、黎明は感じていた。その理由は解らないが、いつものように笑っていても、どこか思い詰めているかのような宵藍の表情は、隠しきれないくらい暗かった。  そしてその後に宵藍が告げた言葉と自分に対する頼みに、黎明は即答することはできなかった。  神子として宵藍が下した決断は、黎明が受け入れるには容易ではなく、むしろなぜ今なのかと反対する言葉を口にしてしまいそうで。  その返事を先延ばしにしたところで何も変わらないと解っていながらも、少しでも繋ぎとめておきたいという願いがあった。 「君には、私たちがいなくなった後のこの国を守って欲しいと思ってる。もちろん、ちゃんと対策を練ってから託すから心配はないよ? 今、ふたりで色々と準備もしているんだ。四神のことや、この地の穢れのこと、それに、」  向かい合っているのに俯き、目も合わせずに早口で明るく話してみせる宵藍の言葉を遮るように、黎明はそっと右手で頭を掴んでそのまま自分の右肩に顔を埋めさせた。 「わかったから、もうなにも言わなくていい」 「私は、本当に酷い神子だよね······君に、こんな残酷なお願いをしておいて····君が、そんなことは止めて傍にいてくれって言ってくれるのを期待していたんだ。でも君は優しいから。ちゃんと私の話を聞いて、考えてから答えを出してくれるって····わかってたのに」  肩口が薄っすらと濡れているのがわかる。どうしたら、その涙を止めてあげることができるだろう。本当の意味で守ってあげられるだろう。 「私は、君のことが····本当に愛おしい。離れたくない。この命が消えるその瞬間まで、傍にいたい」  祈るように吐き出されるその声に、黎明は顔を歪める。そしてもう片方の腕を背中に回して、強く強く細い身体を抱きしめる。しがみついてくるその指先は衣を固く握りしめ、離れたくないと言った言葉の通り、必死だった。 (君に伝えたいことがたくさんあるのに。俺は、なにひとつ言葉にできなくて)  それでも何も言わずに笑ってくれる宵藍に甘えていたのたど気付かされる。真っすぐに想いを伝えられたなら、どんなに楽だろう。しかし現実の自分は、あいしてる、というひと言さえ、上手く紡げないのだ。  その涙が止まるまで、抱きしめてあげることくらいしかできなくて。そうやってお互いを支えるように長い時間抱きしめたまま、気付けば外は仄かに明るくなっていた。

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