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3話(3)あんなカレーでも食べた兄は優しい?!

 PM6:00。  ご飯を炊かねば!! 如月が炊飯器を開け、釜を洗い始めるのをみて、計量カップで米を測り、四合分洗う。  炊飯釜に洗った米を入れ、4の目盛まで水を注ぐ。炊飯のボタンを押した。準備オッケー!! 「そろそろカレールー入れた方がいいのかな?」 「そうですね、入れましょう」  カレーの箱を開け、ルーを取り出し、鍋の中へ入れる。  ぽちゃん。  ルーを全て入れたはずなのに、水っぽく、シャビシャビしている。煮込み時間が足りないのだろうか。 「なんかシャビシャビだね」 「そうですね」  水を大量に入れた張本人のくせに他人事!!! 「とろみつける方法は、ないのかな」 「う~~ん」  如月が台所の隅を人差し指で静かにとんとん、と叩き考え始めた。そのとんとんをじーっと見つめる。 「スープなどにとろみをつける場合、水溶き片栗粉を入れたりしますよね。カレーにも同じように入れたら、とろみがつくのではないでしょうか?」 「なるほど。既にこんなに水分があるのに、更に水を入れても大丈夫なの?」 「この水分量なら、混ぜながら入れれば、水で溶かなくてもとろみがつくかもですね。知らんけど」  ※片栗粉は水で溶いてから入れましょう。水溶き片栗粉は入れても味は薄くなりません。  買い置きの上白糖が入っていたカゴに、片栗粉が入っていたのを思い出し、取り出すと、如月が急に慌てて、私の手を掴んだ。 「少しずつ入れましょう」 「わかってるって~~」  お玉で混ぜながら、片栗粉を少しずつ入れていく。  如月は片栗粉を入れるところを確認すると、風呂を洗いに浴室へ行ってしまった。片栗粉はみるみるうちに、粘りを帯び、固まった。 「如月~~とろみつかないんだけど!」 「えぇ?」  後ろを振り返ると、欠伸をしながら、如月が台所へ戻ってきた。カレーが覗き込まれる。 「なんかスライムみたいですね。片栗粉って全部入れたんですか?」 「入れたけど……」 「あぁ……」  如月は両手で頭を抱え、任せたことを後悔した。  PM7:00。  軽快な音楽と共にご飯が炊き上がった。30分以内には、兄が帰ってくるはず!!! 見た目とは裏腹に匂いだけは美味しそう!!!  私たちはずっとキッチンでカレーを観察している。 「水分は減りましたね」 「片栗粉を入れたことで具材が増えたって感じ!!」 「どうするんですか、これ」 「もう、どうにもできないよ、これでいくしかない」  サプライズというより、最早、罰ゲームに感じる。  PM7:20。  玄関の方でガチャっと音がした。帰ってきた!!! 嬉しそうな顔をした兄がリビングへ来た。 「ただいま、外までカレーの良い匂いした」 「たまには作ろうかなって」 「今日カレーにしようかなって思ってたから、丁度良かった~~」  兄はジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛け、部屋着に着替えるため、脱衣所へ行った。如月と顔を見合わせ、合図し、今のうちにカレー皿へ炊き立てのご飯とカレーを盛った。  *  今日はとても嬉しい。卯月がご飯を作ってくれたことは今まで、一度もなかった。  家庭訪問以降、卯月と如月が急に仲良くなり、兄としては妹を取られたみたいで、少しヤキモチを妬いていた。  ご飯を作り、待っていてくれるなら、2人が仲良くなるのも、悪くないかもしれない。  ワイシャツを洗濯機に入れ、長袖のTシャツとハーフパンツに着替える。俺はこんなにゆるいスタイルなのに、如月はオーバーサイズのTシャツ、イージーテーパードパンツを着ていて、オシャレでむかつく。  俺もテーパードパンツ買おうかな。  リビングへ行くと、カレーは一皿だけ並べられていた。絶対におかしい。 「これは俺の分? 如月は食べないの?」 「私は睦月さんが食べ終わったら、自分の分をよそって食べます」  如月は目を合わせようとしない。おかしい。 「卯月は食べないの? 腹減ってるんじゃない?」 「お兄ちゃんが食べるところをみてから、後で食べるよ」   卯月の方を見ると、サッと目を逸らされた。  このカレー何かある。  カレーには、具材に紛れ、ブヨブヨとした変なものが混じっている。まぁ、このくらいなら食べれるだろう。少し訝しみながらも右手で、スプーンを持ち、カレーを口元へ運んだ。 (これは不味いーー)  あまりの不味さに左手で口元を覆う。  卯月と如月は淀んだ目で、こちらを見ている。「うわぁ食ったよ」とでも言いたげだ。  甘い、甘すぎる。カレーは甘口派の俺でもこれは流石に甘すぎる。チョコレートよりも甘い。まるで砂糖を水で溶かし食べているかのようだ。  そして口に入れた瞬間、カレールーと一緒に片栗粉のような粉っぽさが広がり、口内をまとわりつき、グニグニとした気持ち悪い食感が居た堪れない。  噛みきれない、飲み込めない、クソまずい。  でも香りだけは良い。これはカレーのおかげというところか。これで匂いが臭かったら、吐いていたに違いない。  何故具材が全て千切りなのか、分かりかねる。  評論:佐野睦月  言いたいことは山ほどあったが、二人の手を見ると傷だらけで、絆創膏がいっぱい貼ってあり、苦労して作ったことが垣間見える。  バカだな、そう思いながらも微笑んでしまう。 「美味しいよ」  そして満面の笑みでもう一言告げた。 「だが、もう二度と作るな」 「…………」  2人は落ち込んだ。  ひとくちしか食べてないけど、これ以上食べれないと思い、スプーンを置く。卯月が「あのね」と話し始めた。 「カレーは失敗しちゃったけど、迷惑かけちゃったり、いつも頑張ってるお兄ちゃんのために作ったの……」 「うん」 「えっと、これは少し早い母の日いや……ブラザーズデイです」   卯月と如月が顔を見合わせ、「せーの」と笑みを浮かべた。 「「いつもありがとう」」  机の下から小さな花束を取り出し、笑顔で渡され、受け取る。嬉しい。『お母さんいつもありがとう』と書かれたメッセージカードが花束に添えられていた。 「……お母さんじゃないし」  胸と一緒に顔が熱くなる。 (あぁ、もぉ。なんだよ……)  カレーの不味さなんて、どうでも良い。『ありがとう』ってなんでこんなに嬉しいものなのだろう。ただ、そこに2人が笑って居てくれるだけで、幸せに思う。 「お兄ちゃん大好き」 「ちょっ!!!」  卯月が後ろから抱きついてきた。重い。卯月も大きくなったなぁ。 「私も睦月さん大好きですよ」 「重っっ!!!」  卯月の後ろから如月が更に抱きしめている。団子状態だ。 「アレアレ~~? 睦月さんは言わないんですかぁ~~?」  如月がニヤニヤしながら茶化してくる。2人してニヤニヤしている。 「……大好きだ、バカ!!」  恥ずかし!!! なんでこんなこと言わされなきゃいけないの!!! 耳まで赤いのが自分でも分かる。 「ツンデレだ~~」 「ツンデレだ~~」 「もーー、暑いし、重いわ!!」  2人はそれでも離れようとしない。この瞬間でさえ、幸せに思う。 「ところで睦月さん、私、お腹が空きました」 「カレーがあるだろ」 「あれはこの世の食べ物ではありません」 「そう思うなら俺に食わせるな」  ペシっと如月の頭を叩く。 「私、お兄ちゃんのカレーが食べたい」 「もう、仕方ないなぁ」  まぁ、あのカレーは食べることが出来ないからな。キッチンへ向かうと、さっきまで幸せでいっぱいだった気持ちは一変し、怒りが込み上げてきた。  何これ!!!! きったな!!!!!  切った野菜が散乱した台所。片栗粉で白くなったコンロ。床は何かをこぼしたのか、ザラザラする。流しに置かれた洗い物は山のよう。 (何これ?? え?? 俺、今から片付けて作るの????)  自然に両目から涙が出た。  家にずっと居るんだから如月がやっ「はいはい、手伝いますって!!!!」  地獄のようなキッチンを如月と一緒に片付ける。  キッチンカウンターに先ほど貰った小さな花束を、コップに入れて飾る。この花束を見るだけで、口元が緩む。  気分が上がって、家事が進みそうだ。  ありがとう。

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