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14話(5)
ーー翌日
いつもより早く目が覚める。寝つきが悪く、寝不足感は否めない。布団から起き上がり、玄関を見に行く。如月の靴はない。はぁ。いや、うん。俺が悪かった。いくらなんでもあんなこと言うべきではなかった。それしか思い浮かばない。
スマホを開き、如月のやり取りの画面を開く。送った内容、全て既読無視。返事が来ないから、鬼のようにメールを送る。自分でも分かる、最早、メンヘラ。
【どこにいるの?】既読。
【なんで出て行くの?】既読。
【いつ帰ってくるの?】既読。
【誰といるの?】既読。
【1人なの?】既読。
【今日は帰ってくるの?】既読。
【まだ怒ってるの?】既読。
【話し合いたいんだけど】既読。
【さびしい】既読。
【如月返事ちょうだい】既読。
【電話していい?】既読。
送った全てのメールに既読がつく。返事は来ない。でも、今既読がつくってことはスマホを見ている。電話してみよう。通話のボタンを押す。
『はい』繋がった。出てくれた。
「……話し合いたいから、帰ってきて」ごめんの一言が出てこない。
『……メール、うざい。少し放っておいて。そのうち帰るから』うざい……。声が冷たい。
「そのうちっていつ? 今日? 明日? 明後日? ねぇ、今どこにいるの? ねぇ1人なの? それとも誰かと」ツーツー。切れた。あう~~。
うざいか。え、うざいの? 俺、うざいの? そうなの? だって、だって~~、仕方ないじゃあ~~ん。まぁ声聞けただけ良しとするか。とりあえず、朝のルーティンを行おう。
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ーー経理課、オフィス
「神谷、おはよう」椅子に座っている神谷に声を掛ける。
「あぁ……おはよう」どこか上の空だ。
「何かあった? 大丈夫?」ぶっちゃけ、他人のことを気にかける余裕はない。
「まぁ……皐が出て行っちゃった……」ん?
皐も家出している? 今までの経験則から直ぐに勘づく。2人は絶対に一緒にいる!
「神谷、あのね。如月も家出中なの。どこ行ったか知らない?」皐への嫉妬で顔が歪む。
「知らんがな~~。あ、でも如月さんって自分の家あるんでしょ。帰ったんじゃないの」神谷は机に伏せ、ため息をついた。
「え? 家あるの?」初耳だ。家あるなら、いちゃつけるじゃん!
「恋人に対して無関心すぎでしょ。前も思ったけど、佐野ってさ、如月さんのことあんまり知らないよね」机に伏せながら神谷はスマホに映る皐の写真を眺める。
「そんなことは……」神谷は少し考えて、口を開いた。
「……行ってみれば家。家わかるよ、僕。皐のことつけてたから偶然だったけど」何か考えるような目つきでこちらを見る。
「皐さんもそこに居るんじゃないの? 一緒に行こうよ」1人じゃ不安だ。
「行かない。僕が行くと、多分如月さんに会えないよ。1人で行ってきて」神谷は住所をメールで送った。
1人でいくのは嫌だな。皐と一緒に居るのかもと思うと、余計に行きたくない。見たくないものを目の当たりにしそうで、怖い。ケンカしたままでもいい。一目、顔が見たい。少し、顔を見たら帰ればいい。早く、仕事終われ。
*
「おはよう、弥生。久しぶりに同じ布団で一緒に寝たね?」皐はにんまりと笑う。
「ひとつしかないからぁ~~。ソファで寝たくないですし」ソファに座り、脚を組む。膝の上にクッションを置き、ノートパソコンをその上に重ねて、執筆を始める。あ、割ったティーカップ片付けてなかった。まぁいっか。
「私は仕事へ行くよ。あまり部屋を汚してはいけないよ」鞄を片手に皐は玄関を出た。
「はいはい、いってらっしゃい」
朝から睦月からのたくさんのメールで疲労感。返す気も起こらず、全て既読して済ませた。挙句、追い討ちのような電話。若い女の子と付き合っているような錯覚に陥り、げっそりする。
「はぁ。集中出来ない。お腹すいた」
ノートパソコンを閉じ、コーヒーテーブルに置く。とりあえず着替えよう。紅茶で汚れたシャツを脱ぎ、ソファに掛ける。仕事部屋のクローゼットから着替えを取り出し、居間へ戻る。
テーパードパンツから、テーパードパンツに履き替える。脱いだものはとりあえず床に捨て、キッチンへ行く。冷蔵庫を開けても、何もない。睦月さんの朝ごはんが食べたい。う~~ん。
まぁいっかぁ、食べなくても。
あぁ、そうだ、原稿を印刷しようと思ったんだ。仕事部屋へ行き、スマホからデータを送り、印刷を始める。途中から紙が出てこなくなる。紙詰まりだ。
「えぇ~~どうやるの? これ」
表示された手順に沿って、コピー機を開けていく。奥の方で蛇腹状の紙が詰まっている。手を入れても、うまく取れない。
「直せない……後で皐に直してもらおう」
途中まで印刷した原稿と紙詰まりでビリビリに破れた紙を持ち、居間へ行く。
中途半端に印刷したなぁ。直ってから最初から印刷し直そう。手に持っている全ての紙を宙へ放り投げる。
「シャワーでも浴びよう」
下着以外の全ての服を脱ぎ、床に落とす。もう一度仕事部屋へ行き、着替えを一式取り出し、浴室へいく。
先ほど感じた疲れはシャワーと一緒に流せた気がする。着替えを済ませ、バスタオルで頭を拭きながら、キッチンへ行き、水分を補給する。
「あーー本読もうかな」
コップをキッチンカウンターへ置き、書斎へ向かう。歩いている途中で頭に掛けていたバスタオルが落ちる。まぁいいや。
茶系統でまとめたシックな書斎。壁一面の本棚は、魅惑そのもの。気になる本を手に取り、心ゆくまま静かに読み耽る。
如月弥生、久し振りの自堕落な生活。
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*
仕事が終わり、急いで、教えてもらった住所へ向かう。神谷からは『19時までに行け』とアドバイスをもらった。何故19時? 時間はギリギリだ。
駅からマップを頼りに歩いていく。この辺らしい。目の前には高層マンション。ぇえ? 中入れないじゃん。あの人絶対外でないでしょ。
「どうやって中入るの!!!」
エントランス付近を彷徨 く。人の出入りはない。途方に暮れ、エントランス前でしゃがみ込む。
はぁ。会えると思ったのに。顔を合わせても、嫌な顔をされ、ケンカになるだけかもしれない。それでもいいから会いたかった。
たった1日だけ離れた時間。
如月をそばに感じていないと不安になる。不安を解消したくて、衝動的に行動してしまう。そんな俺に対して如月はきっと付き合いきれなくなっている。
分かっている。今この不安を抱え、我慢していれば、時間が解決してくれることも。でも、どんな状況でも繋がっていたい。この会えない時間が、如月と俺の関係を終わらせてしまうのではないかという不安の歪 み。
自分が壊れてしまいそうなくらい如月が好きで仕方がない。
「何故ここにいる」皐はしゃがみ込む睦月に声を掛けた。
「あ……」思うように声が出ない。やっぱり皐と居たのか、という悲しみ。
「謀ったな、湊。私がこいつと2人になったら、身を引き、引き合わせると思ったか。良い度胸だ。あいつの計略に免じて、助けてやろう」皐は薄く笑い、持っている買い物袋を睦月に渡した。
「何これ……?」買い物袋を受け取る。
「仲直りの魔法だ」中を見ると、2人分の夕飯が作れそうな食材が入っていた。
「あとこれ。部屋のカギだ。合鍵のスペアだ」どんだけカギ持ってるの。
「12階の角部屋だよ、睦月」初めて名前を呼ばれた気がする。皐は更に続ける。
「卯月は預かる。1日ゆっくり過ごすといい。私は人が良いな」あははと声に出し、笑い、皐は軽く手を振り、帰って行った。
「ありがとう……」聞こえなかったかもしれない。また会った時、伝え直そう。エントランスへ向かい、鍵を差し込み開錠する。エレベーターで12階へ。角部屋まで足を進め、鍵を差す。ドアを引き、中へ入った。
「おかえり、皐」脱力感のあるいつもの如月の声。声の聞こえた方へ向かう。ソファに腰掛け、気怠げな表情で執筆する如月の前に立った。
如月は執筆する手を止め、睦月を見た。無言の見つめ合いに、胸が詰まる。頭では、一言『ごめん』と言えばいいと分かっているのに言葉が出ない。情けない。
「…………俺のことまだ好き?」なんて愚かで浅はかな質問なんだろう。
「……嫌いになるとでも思った?」その言葉に安堵して、目が潤む。自然に次の言葉が出た。
「ごめん……」
それ以上の言葉はもう要らない。引き寄せられるようにお互い、顔を近づける。顔を少し傾け、唇を重ねる。唇が軽く触れる程度の優しいキス。薄目を開けて、如月を見る。穏やかに微笑まれ、舌先で上唇をぺろりと舐められた。
「あけて」
如月は立ち上がり両手で睦月の顔を挟み、唇を密着させる。言われた通り、口を少し開く。入ってくる舌を優しく包み込み歓迎する。舌の挿入と包み込みを、顔を傾け交互に何度も繰り返す。舌の密着度に愛を感じ、離れがたくなる。
「ーーはぁ……」ゆっくりと呼吸を整える。
「ごめんね?」如月は人差し指を軽く曲げ、唇に当て、クスッと笑う。
「絶対悪いと思ってないでしょ」キスの余韻で頬が熱い。如月の顔が近づき、耳元で止まる。
「そんなことないですよ。お風呂、入る?」蜜のように甘い声と吐息が耳に響く。
「ーー……うん」心臓が早鐘を打った。
なんだか安心してしまい、ふと周りに視線を移す。なんだ、この部屋は。如月しか目に入っていなくて、全然気付かなかった。きたない。物凄く汚い!! 汚部屋!!
「ーー痛っ」何かを踏んだ。陶器の破片。危な!
「大丈夫ですか?」如月は平然とソファに座る。乾いた紅茶で汚れたソファ。足元には割れたティーカップが放置されている。
「え、そこ座るの?」普段、家事をしているせいか、部屋が汚くて落ち着かない。
「え? ダメですか?」ノートパソコンを手に取り、執筆を始めようとする。
(風呂、洗ってないだろうなぁ……)
ねぇ、如月。もしかして、俺の風呂洗い待ちだったりする? まぁ、そうだわね。こういうのは俺担当だもんね。えぇ、やりますとも!! この汚部屋、綺麗にしてみせましょう!!
鞄をテーブルの上に置く。ワイシャツのボタンを2つ開け、指の関節を鳴らし、気合いを入れた。
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