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22話 家事スキル持ちだからって全て押し付けていいわけじゃない!
ーー卯月は夏休みに入り、睦月はお盆休みに突入した。如月は結局、睦月の束縛を振り切ることが出来ず、千早に会えず、モヤモヤしながら、過ごしていた。
ーー8月お盆休み初日。
3人は都心から離れ、電車に乗り、生まれ故郷へと向かっていた。
「まさか、同郷とは……」如月は行き先の同じ電車に乗りながら呟く。
「それはこっちの台詞……」外の景色を見ながら考える。
思いもしなかった、まさな同じ地方出身なんて。どこで育ったとか、どこに住んでいたとか、話したことはなかったし、如月に訊いたこともなかった。ほんと俺たちダメだな。
まぁ、そのおかげで、卯月も一緒に帰ることが出来て、良かった。生まれ故郷は都会でも田舎でもない。田んぼもあれば、大型ショッピングセンターもある。都会すぎず、田舎過ぎず、ちょうど良い過ごしやすい場所だ。
目的の駅に到着し、スーツケースを持ち上げながら、電車を降りた。
「ふわぁ、ついたぁ」欠伸をしながら、卯月がエスカレーターに向かって歩き始めた。
「1人でばーちゃんちとか大丈夫? 初日は一緒に過ごそうか?」
何年も帰っていなかっただけ、1人で行かせるのは少し心配。エスカレーターへ順番に乗っていく。
「全然平気。なるようにしかならないし~~私はお兄ちゃんの方が心配だけど?」卯月が振り返り、心配そうに見つめてくる。
「え? なんで?」
「如月の実家行くんでしょ? 人生の山場じゃね?」山場?!
いや、そんな山場では……。でも絶対に如月の家族に俺の存在を恋人として、認めてもらわければならない!! これは俺の目標!!!
「そんな気負わなくてもいいですって。煩いだけの家ですから」後ろから如月の顎が肩に乗った。ドキドキする。
自動階段が上まで来ると、如月は肩から顎を離した。近くにあった、如月のぬくもりがなくなって、少し淋しい。
スマホを自動改札機にかざし、改札口を通り抜ける。もたもたしてる人が一名。「何やってんの?」と、如月にゲートの向こうから声をかけた。
「ざ…残高不足で……チャージしてます」何やってんだか。
「あ、出来ました!! 今行きます」如月と合流した。
こんな駅だったかな? と思うくらい、整備され、綺麗になっている。昔はもっと汚かったような気がしたけど。日々、世の中は進化していると、実感。
「卯月さんも私たちも、駅に迎えが来ますよね。ロータリーへ行きましょう」
スーツケースを引きながら、歩き出す。階段を降りると、円形になったロータリーに着いた。車はあまり、停まっていない。一台の古い軽自動車の陰から、懐かしい人が現れた。
「よくきたね」祖母だ。歳いったなぁ。
「おばぁちゃん!! いつぶり? 最後に会ったのは私が小学生の時だね!! 大きくなったでしょ!!」卯月は嬉しそうに駆け寄った。
「べっぴんさんになったね」祖母は優しい目で、卯月の頭を撫でた。
「そうかな? お兄ちゃんもいるよ!」話を振られ、にっこり微笑みかける。
「睦月もよくきたね。2人ともお母さんによく似てる」
卯月も、俺も、ぱっちりとした目にくっきり二重瞼は、母親譲りだ。改めて、似てると言われると少し照れくさい。
「この人はだあれ?」祖母は如月を見つめた。
「えーーあ……睦月さんの友達です」え? 如月の言葉に思わず固まる。
はぁ?! 友達だぁ?!?! ひどくね?!?! 何しれっと嘘ついてるの?! お互い家族に挨拶するって話だったのに、ここに来て友達?! ないわぁ!!! 腹が立つ。
「俺の恋人!!!」苛立ちで声が大きくなってしまう。
絶対に受け入れてもらえる、そう思っていた。なのに、返ってきた反応は、自分が考えていたものと全く違うものだった。
「……気持ち悪いからやめなさい」冷たい目だ。
「あはは、やだなぁ。睦月さんの冗談ですって。友達ですよ、友達。家が近かったので、途中までご一緒しただけですから」
こういう時の如月は滞りなく喋る。笑っているのに、目は笑っていない。こうなると思って、恋人だと言わなかったの?
「孫とは何も関係ないの?」如月は自分の自身の腕をギュッと掴み、答えた。
「ないですよー。ただの友達です」
「そう。同性の恋人がいるのかと思ってびっくりしちゃった。あんまりそういうのはね」祖母の目つきが少し穏やかになった気がする。
「あは……きっと…素敵な女性と結婚しますよ……」如月は目を伏せた。
如月から不安と緊張がひしひし伝わってくる。そんな哀しい顔で俺が他の誰かと結婚するなんて言わないでよ。結婚なんてしないよ。今すぐにでも如月を抱きしめたい。胸が苦しい。
「じゃ、私はここで。睦月さん、卯月さん、またね」ぽんっと頭を撫でられた。
「いや、え、一緒に行くよ」
この場を離れようとする如月に手を伸ばす。如月はニコッと軽く笑い「いいから」と伸ばした手を掴み、押し返した。
「何がいいの……?」ロータリーの先へ進んでいく如月を見つめる。
「お兄ちゃん、行こう。今は多分その方が如月とお兄ちゃんの為だよ」卯月に背中を押され、車へ乗り込んだ。
それはそうだけど……。如月が嫌な想いしながら、俺の立場を守ってくれたようなもんだし。このまま別れたら、誰が如月のフォローするの? 明日は会えるよね?
夏季休暇は無限にある訳じゃない。1日も無駄には出来ないし、したくない。心に不安を抱えたまま、窓から流れゆく景色を見つめた。
*
「姉さん、ごめん。待った?」車のドアを開け、スーツケースを乗せる。
「睦月ちゃんは?」運転席から小春が訊く。
「あ~~ちょっと色々あって? 来れるか分かんないよね」荷物を乗せ終わり、助手席へ座った。
「へー。みんな楽しみにしてたのに。残念」
つまらなさそうな顔をする姉の姿を見ると、睦月さんはうちでは歓迎されているのかもしれない。
「睦月さんではないけど、家に連れてきたい人が……」スマホをポケットから取り出し、メール画面を開く。
「友達?」
「千早」
「あぁ~~ね。千早ちゃんの実家寄ればいいの?」小春の質問に軽く頷き、スマホへ目を落とす。
【僕も今実家だよ。会う?】
【うん。うちくる?】
【久しぶりにいくー】既読
今から迎えにいきますっと。送信。運転してるのは姉だけど。やっと千早に会える。家族も居るし、浮気にはならないでしょ。
はぁ~~あ。何が素敵な女性と結婚しますよ、だよ。自分で言って、吐き気がする。結婚なんかして欲しくない。願わくばずっと一緒にいて欲しい。でもそれは考えちゃいけない。考えられる可能性の全てを視野に入れないと。
色々思考を巡らせてるうちに、車はある場所で停止した。あれ? 道案内なんてしたっけ? ただ今、千早の実家前。
「場所覚えてたの?」小春に訊く。
「何回送り迎えさせられたと思ってるの(※如月と小春は7歳差)」
千早は初めて出来た、同性の恋人だ。理解者でもあり、高校生活を共にした思い入れのある人でもある。
「如月くん、小春お姉さん、こんにちわ」千早はこちらを見るなり、軽く頭を下げた。
「千早ちゃんはあの|睦月《バカ》と違って相変わらず、礼儀正しいね」苦笑いしか出ない。
「あはは。37ですよ、僕。常識はありますよ。よろしくお願いします」千早はもう一度頭を下げ、車へ乗った。
車は無言で進んでいく。30分も掛からず、実家へ着いた。助手席から降り、スーツケースを下ろす。千早と目が合い、声をかける。
「ごめんね? 突然」
「暇してたからいいよー」千早は軽く笑って、車を降りた。
ふふ。なんだか懐かしい。スーツケースを引きながら、千早と家の中へ入る。実家のなんとも言えない匂いが鼻にまとわりつく。こんな匂いだったかな。佐野家に居すぎて忘れてしまった。
「弥生ちゃんだ~~」四女の琴葉は笑顔を浮かべ、玄関で出迎えた。
「ただいま」軽くハグをする。
「千早くん久しぶりだね」
「うん、久しぶり。琴葉ちゃん」
軽く挨拶を済ませ、リビングへ進む。リビングには、母がお茶を淹れて待っていた。少し老けたなぁ。
「おかえり」母は優しく笑った。
「ただいま」
小説家になることを反対され、勝手に家を出て行き、帰って来ないような親不孝者なのに、温かく出迎えてくれて、有り難く思う。
「自分の部屋に荷物置いてきたら?」
「そうだね」千早と一緒に、自分の部屋へ荷物を置きに向かう。
ドアを開け、中へ入る。何も変わっていない私の部屋。いつも執筆していた机に触れる。埃は積もっていない。ちゃんと手入れされている。本棚もあの時のままだ。
「懐かしいね」千早は部屋に入り、本棚から一冊本を取り出した。
「これ、よく読んだ」本をペラペラとめくり、懐かしんでいる。
「うん、読んだ」千早の隣に立ち、本棚を見つめ、ある本を取り出し、千早へ渡す。
「はいこれ。千早が好きなやつ」官能小説。
「違うって~~何回も読んだけどね」クスクスと笑い合う。
本を元あったところへ戻し、一緒に床へ座ってお互いのことを話し合う。今の仕事、読んでいる本、よく行くブックカフェ、最近出かけた場所、他愛のない会話。
「千早は今恋人いるの?」特に意味もない質問。
「いないよ。中々同性っていないし。如月くん以降、女性とも付き合ってみたりしたけど無理だった」色々あるよね。
「そっかぁ……」返す言葉が見つからない。
「君は今はどっちの性別と付き合ってるの?」
「男性だよ」千早は少し驚いたような表情をした。
「へー。皐さんとゴールインするかと思った」検討はしたけどね。
「あの人はもう結婚間近だよ。私は生涯、独身貴族かなぁ」あはは、と笑う。
睦月さんとは結婚できないし。不意に思い出す。自分が睦月に言った『素敵な女性と結婚しますよ』という言葉。気持ちが下がり、ため息が出る。はぁ。
「なんでため息つくの」千早は如月の頬に触れた。
「恋人の家族に『私は彼と友達で彼は女性と結婚するよ』って笑顔で伝えた。情けないね」はぁ。もう一度ため息をつく。
「それ、一生理解得られないし、認めてもらえないやつ」千早は指の背でなだめるように如月の頬を撫でた。
「もう良いんだけどね……どうせ結婚出来る訳じゃないし……なんか少し、思い上がっていたかな。理解してもらえるって。多様性が広がっていても、みんながみんな、受け入れてくれる訳じゃないのにね」
認めてもらえなかったことが辛い。加えて、睦月の家族へ自分は睦月とそういう関係ではないと言い切ったことも辛い。どこか期待していたのかもしれない。それを裏切られたようで心が抉 られている。
慰めを求めるように、千早の肩にもたれかかる。
「辛かったね。認めてもらうことが全てじゃないよ。2人が幸せなら、僕はそれで良いと思うけどね」千早はそっと、如月の肩を抱き寄せた。
「うん……」
これ以上はお互い何も言わず、黙って寄り添いあい、このまましばらく過ごした。
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