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29話 やっと会えた時は愛しさしかない!
「あ。睦月さん。私、明日から1週間くらい実家に帰ろうかと思います」
「は……?」
からん。
睦月の手からスプーンが落ちた。私の言葉を聞いて、思考停止の如く、固まっている。睦月の表情が少しずつ曇っていくのが分かる。
睦月さんの表情が暗くなるのも当たり前。お盆に実家へ帰ったばかりなのに、また帰ろうとしている。今度は1人で。先ほどまであった睦月の笑顔が消え、少し不安になる。
でも私はどうしても実家へ帰りたかった。今後の執筆活動のため、少し1人になって考える時間が欲しい。自分の家だと睦月さんが簡単に来れてしまう。
「な、なんで……?」不安そうに見つめてくる。
「調べ物とか、取材とか、行きたいところもあるので……あと千早の仕事の手伝いも兼ねて」ぎゅ。Tシャツが睦月に掴まれる。
少し都合の良いような言い訳。千早に仕事の手伝いを頼まれているのは本当だ。まぁどうせ、いつもの手伝いだと思うけど。
「それは……実家に帰らなきゃいけないことなの……? 千早さんの手伝いって何……?」ごもっともな質問である。
1週間顔を合わせないというのは、私に依存しがちな睦月さんにとって、かなりの不安要素でしかないのだろう。でもどうにか許可を得たい。
「あっちの方が本もいっぱいありますし……実家の方が都合よくて……。千早の件は仕事の相談に乗るようなものですよ。悩んでるみたいですから」なだめるように睦月の頬を撫でた。
「やだ……」ですよね。
まぁ、元々「いってらっしゃい」なんて優しい言葉で背中を押してもらえるとは思っていなかったし。睦月さんの、依存、束縛、独占欲が私には絡みついている。そう簡単に通る話ではない。
愛してるがゆえの重い愛情。でも、イヤだとは思わない。汚い感情も全て曝け出して、愛してくる睦月さんは、愛しい。
「1週間でちゃんと帰ってくるから」睦月の両手を手で包み込み、目を見つめる。
「やだぁ……やだやだやだぁ~~!! 1週間有休取る!!」包んだ手が振り払われた。
「こんなことで有休無駄遣いダメ!!! 有休大切!!!(知らんけど)」駄々をこねる子供みたいにTシャツを引っ張ってくる。
「じゃあ5日!!! ちなみに1週間行く場合、千早さんと会う日は俺も行く」どういう条件?!
5日の場合は来ないってこと? 千早の仕事の手伝いに恋人連れてくるってどうなの?! デートじゃないんだから!!! 社会人とかやったことないけど、それはダメな気がする!!! なんとなく!!!
「5日の場合は千早と会う日は来ないってことですか?」訝しみながら訊く。
「5日の場合も千早さんと会う日は俺も行く」どんだけ!!!
5日も1週間も何も条件が変わってないのでは?!?! むしろその場合、1週間行った方が2日お得(?)ということか!!! おけ!!! 1週間で打診!!!
「なら1週「なお、1週間の応募は締め切られました」睦月は無表情で告げた。
「は、はめられたぁあぁぁああ!!! 何これ!!! 選択肢5日しか残ってない!!! なんか良いように丸め込まれたぁあぁあぁ!!!」
「良かったね、予定が決まったよ。如月」なんて邪悪な笑顔!!!
もはや、鬼!!!! 顔は笑ってるのにオーラが黒い!!! こわすぎる!!! これ以上の交渉は状況を悪化させる!!! やめよう!!!
「5日で大丈夫です……」敗北。哀しみで俯く。
「千早さんとはいつ会うのかな?」顎を掴まれ、睦月の方を向かされる。こ、こわい。
笑ってるけど、千早と会おうとしてること内心めっちゃ怒ってる?!?! オフで会うわけじゃないし!!! 今事前報告してるのに?!?!
「……3日後」顎を離してもらえない。
「そっかぁ、おっけー。有休取るね。はぁあぁぁ~~っ……こんなことならもういっかいシとけば良かったぁ~~っん」睦月の顔が近づき、唇が重なった。少し強引なキス。
「ん……」
色々思うところはあるが、これでいいのかも。1週間顔が見れないのは私もさびしい。それに睦月さんがこの条件で納得してくれているなら、それに越したことはない。
「如月、やっぱり3日で……」甘えるように見つめてくる。
「だーめ。もうだーめ! そんな顔しても5日です~~」
不満を持ちながらも譲歩してくれた、その優しさが心に沁みて、睦月を胸元へ抱き寄せた。
ぎゅ。
「5日間いちゃいちゃできない。その間に欲求不満になっちゃったらどうしよう!!!」背中に回る睦月の腕が強く締まる。
「いや、それはいつものように(?)ご自分で」爽やかな笑顔で伝える。
「だってだって……1人じゃなんか物足りないんだもん!!!」
(この人は何を言ってるのかな?)
「明日早いので……も、もう寝ますんで……(これ以上、えっちに付き合いたくない)」睦月を自分から剥がし、和室へ向かう。
がしっ。
背中から抱きつかれた。
「恋人に言うことないの??」
言うこと? なんだろう。ありがとう? おやすみ? 行ってきます(?)なんだ?? さっきの会話の流れから考えろ!!! マスターベーションが物足りないだっけ?!?! えーっとえーっと!!! あぁね!!! なるほど!!!
「後ろでマスターベーションすれば良いんですよ」拳を握り、自信満々に答える。
「何を言ってるの?」冷めた表情で見つめてくる。
「え? なんか物足りない的な話だったので、1人でも満足できる案の提示を……」何かミスった?
「もぉーー!!! そうじゃなくて!!! 愛してるでしょぉおおぉおおお!!!」
背中から怒りで睦月が頭をぐりぐり擦りつけてくるのが伝わり、なんだか愛らしく思えて、笑みが溢れた。
「はいはい。愛してますよ、睦月さん」
後ろにそっと手を回し、睦月の頭を撫でた。
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*
ーー夏季休暇も終わり、日常が戻る。翌日。
「睦月さん私、行ってきますね~~」
「朝ごはんも俺と食べずに行くと言うのか!!! この薄情もの~~!!!」玄関で靴を履く如月の背中をぐーで殴る。ぽかぽか。
「だって時間が迫ってますし……」如月は腕時計を見た。
普段はおしゃれで高そうな腕時計をしているが、今日はお揃いの腕時計をつけてくれている。離れていても同じ時を刻む、腕時計。お揃いのものをつけているのだから、想われているのは間違いない。
むー。でも朝ごはん一緒に食べたかった!!!
「これ……電車の中で食べたら」
ランチクロスで包んだ2つのおにぎりを如月の目の前へ突き出す。炊き立てのご飯で作った鮭おにぎり。家を出てから、お腹が空かないように愛情を込めて作った。なんとなく気恥ずかしくて、顔を横に逸らす。
「わざわざ作ってくれたんですか?」
「そうだよ……お腹空くかなって……」ぎゅ。如月の腕が俺を包む。
「ありがとうございます。嬉しいです。電車で頂きます~~っ……苦し!!!」そっと背中に腕を回し、きつく抱き寄せる。ぎゅむ。
2日間耐え抜くためのエネルギーチャージ&いちゃ溜めは必須!!! これをしなければ3日後に会う前に死んでしまう!!! もっと、もっと、ハグを!!! そして愛情を吸収せねば!!!
「2日分愛情えねるぎぃーーチャーーーージ!!! ぁあああぁああ!!!! さびしぃいいぃい!!!! いやだぁああぁあ!!! 行かないでぇええぇえ!!!」ぎゅううぅ~~。
「ちょっ!!! 何?!?! 力強っ!!! 睦月さん!!! 苦しい!!! 今更行かないは無理ですよ!!!」なでなでなで。
後頭部が優しく撫でられる。そんな優しいなでなでじゃ足りない。全ッ然足りない!!! 充電出来ない!!! 最低ライン、キスぐらいはしてもらわないと!!!
「如月、行ってきますのちゅーして」じぃっと如月を見つめる。
「そんな可愛く見つめないで。もう仕方ないな~~」如月は睦月に顔を近づけた。
「ん……っん…んはぁ…ん…ふ」唇が少しずつ触れ合う。ゆっくり、丁寧なキス。その優しさが、不安な気持ちを落ち着かせる。
「ん…はぁ……ん…んっ…んはぁ…ん…ふ…はぁ…ん」呼吸が合ってくると、唇を少し開け、如月を迎い入れる。キスも暫くお預け。いっぱいしておかなくちゃ。
舌を大きく絡める如月に全てを委ね、触れ合わせる。これが終わったらもう出発してしまうかと思うと、やめたくない。
もっとキスしたい。
「…ん……んん…んっ…はあぁっ……睦月さん、ストップ。もう行かないと」求める俺に対して、緩やかに離された。
キス終わっちゃった。さびしい。もう少し、もう少しだけ、俺に愛を!!! らぶを!!! ぱわーを!!! 2日間生きるために!!!
やっぱりそのためにはアレしかない!!! でもでも~~っ。卯月がリビングにいるのにぃ。これは生き抜くためだ!!! 致し方なし!!! 誘おう!!!
「如月、えっちしよ」如月のシャツを両手で掴む。
「いやいやいや……」ぎゅう。シャツを引っ張る。目を瞑って何か格闘している。
「如月ぃ……えっちしよ?」うるうるうるじぃ。
「だぁああぁあああぁあ!!!! だからもう行くんだってばあぁああぁあ!!!! それは出来ません!!! もぉ!!! ちょっとだけですからね!!!」如月は荷物を床に叩きつけた。
「やったぁ~~でも、えっちがだめならおくちでするしか……こんなところで恥ずかしい」もじもじ。背徳感で頬が染まる。
「くっ。いいよ、する!!! します!!! なんか分かんないけどあざとい!!! ずるい!!! 可愛い!!! ぁあああぁああ!!! 断れない!!!」如月は目元を押さえて泣いた。
ーー如月は睦月に弱かった。玄関先でいちゃいちゃ致すこと20分。
「ぁっあっ…きさらぎっ…やっだめっ…きもち…あっはぁ…俺っ…んっ出ちゃうっ…はぁあっ……」もういちゃらぶチャージ満タンっ。
「ん……満足した?」挑発的な笑みが少しゾクっとする。
「うん……ありがと……」如月を優しく抱きしめた。ぎゅ。
このハグも最後。次は2日後。さびしい。
「……もう行きますね……(私、朝から頑張った)」疲労感のある如月に少し申し訳なさを感じる。
「いってらっしゃあ~~い」
満面の笑みで如月を送り出す。
「……行ってきます」
如月は薄く微笑み、家を出て振り返り、睦月を見つめた。
「?」
「…………」
最近、睦月のことが鬼嫁に思えた如月であった。
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