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第25話
腰に回された伊織の手。目の前にある顔が近づいてくる。数センチ先で伊織が「雄大」と言った。
掠れたみたいになった伊織の声と、遊びに行っているときとは違う空気感。頭の後ろに伊織の手が当たる。
伊織が瞼を閉じた。
キスされるな、と思ったときには唇が重なっていた。
「っ……、ん、っ……」
つられて目を閉じた雄大の唇に軽く当たった伊織の唇は一度離れ、今度はしっかりと合わさってきた。伊織の唇の間から、ほんの少し伸びてきた舌に、ちろりと唇を舐められて、伊織の腰あたりにあったシャツを掴む。
部屋でキスをせがんだ時にされたような、ねっとりとした口づけ。口内に入ってきた舌が、雄大の舌に絡んでくる。舌の上、舌の横、舌の裏側。くるりと舌を一周した伊織の舌は、今度は逆回転して上あごに当たった。深く入っていた伊織の舌が抜けていく。
「ん……、ぁ……」
チュッと音を立てて唇が離れた。
「っ、雄大……」
名前を呼ぶ伊織の声に耳を塞ぎたくなった。
(うわぁ……。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……)
頭の後ろをそろそろと撫でられる。
雄大はシャツから手を離し、もう一度口づけようとしてきた伊織の二の腕を掴んでグイと押す。
「い、伊織! 待って!」
「は? 何?」
「ちょ、一回ストップ!」
伊織に言って、雄大は下を向いた。伊織との間にできた隙間に頭を突っ込み、喚きそうになった声を飲みこむ。
(これ……、ちょっと、マジで……)
途端に、心臓がバクバクしてきた。伊織の雰囲気が前とは違うのだ。大事なものを扱うみたいに伊織が頭を撫でてくるから、耐えられなくなった。キスした時とも、触り合いをした時とも違って、甘ったるくて、柔らかい。
「雄大? どうした?」
頭上から伊織の声がする。下を向いたまま、「ちょっと、待って」と雄大は言った。
(どうしよう……、すげえ、緊張する)
どうしてあんなに気軽に『キスしたい』とか『触ってみたい』などと言えたのだろう。なんでもないことみたいに、遊び半分で触れたのだろう。バカみたいに道具を買いに行って、まるでゲームを攻略するみたいに『練習』できたのだろう。まだ、キスをされただけなのに、ひどく緊張してしまって伊織を掴んだ指先に力が入った。
ずっと下を向いていたら、「大丈夫か?」と伊織に聞かれた。
「平気」
土壇場になって雄大が慌てたとでも思ったのだろうか。無理強いする気はないと伊織に言われて、雄大は言った。
「いや、でもお前……」
顔を上げた先にあった伊織の顔から、さっきまでの熱が引いている。心配そうな顔だ。
(あ……)
ノリで交際を始めたのも、キスをせがんだのも、触り合いも、全部雄大からだ。練習を始めて、かまってくれない伊織に腹を立て、伊織を探しに来た。全部、雄大が勝手にしたことだ。雄大のペースで、雄大の自由に。
「なあ、伊織。オレのこと好き?」
「え? ああ、うん」
「ヤリたい?」
じっと目を見て言ったら、伊織の目が僅かに揺れた。
「……そりゃあ、まあ……、うん」
「だよな。じゃあ、オレ風呂入ってくる。伊織、ちょっと待ってて」
ぱっと伊織から手を離して、雄大は洗面所に駆け込んだ。勢いよく服を脱いで風呂場の扉を開ける。
してもいいと言ったのは雄大なのだ。伊織としてみたい、ホテルに入るまでは確かにそう思っていたし、今もしたくないとは思っていない。ただ、伊織といるこの部屋の空気があまりにいつもと違うから、緊張しただけだ。
(ビビんな、オレ!)
道具も何もないから、あるもので準備しなくては、と気合を入れた。
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