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5 うきうき

 期末テストはちゃんと手応えがあって、高校に入ってから久しぶりの感覚だった。先生が答案の背を揃えるのを見ながらため息をついていると背中をつつかれる。 「行くぞ」  振り返ると宗田だった。俺は応じて、荷物をまとめる。  本当だったらテストが終わればすぐに部活が再開のはずだけれど、今年はグラウンドの整備だかなんだかが入っているらしくまだ部活は休みだった。クリスマスプレゼント買いに行くから付き合えよ、と宗田に言われていて、制服のまま学校から割と近い大型ショッピングモールへと向かった。  電車で移動中、「渋谷とか行かなくていいの」と訊くと、「いいよ、選択肢多すぎて訳わかんなくなりそうだし」とのこと。  それを聞きながら当然自分は誠一郎に何をあげるかを考えていて、というのは今年はクリスマス当日はなんと部活はオフの予定で、俺たちももちろん会うことになっていた。あらかじめ話し合ってプレゼントの予算はお互い三千円までと決めてある。とはいえなかなかいいものが決まらず、俺もプレゼントは未購入だった。  今日、何かしら方向性くらいは決めておきたい。  もちろん俺のそんな目論見を宗田は知らない。  電車を降りると、遊歩道の街路樹にはLEDのイルミネーションの白いテープが巻き付いている。まだ外は明るいから光っていない。目に入る広告もクリスマスのものばかりで、普段学校と家の往復だからあまり意識しないけど、どうですか! クリスマスですよ! って感じだった。  クリスマスが終わったら年越し、そんで二月にはバレンタイン。冬はイベントが多いんだなと改めて感じる。今まで冬休みは家でだらだらおこたでみかんで、年末年始の特別番組くらいしか特に印象になかったけど、そうか、こういうものなのか。  今まで何気なく過ごしていた冬。モノクロに思っていたものが、恋人がいるだけでなんだかすごくカラフルに感じる。楽しいことがいっぱいある。好きな季節を聞かれたら、今までは夏、即答だった。冬なんて寒いし暗いし乾燥してるし好きじゃなかったけど、冬もいいな全然ありだな楽しいなと思うくらいに俺の気持ちは変化している。  我ながら単純で、そうか、浮き足立ってるんだ。  ショッピングモールのディスプレイは緑と赤と金色でデコレーションされている。  自動ドアから中に入ると、もわっと暖気が俺たちに襲いかかって、吹き抜けの大きな空間がきらびやかにディスプレイされている。トナカイのモニュメント、サンタの帽子や靴下を模したオーナメントがぶら下がって、そして目の前の大きなクリスマスツリーはぴかぴかに光っている。  さりげない音量で、だけどちゃんと主張しつつクリスマスソングが鳴っている。  ほら、クリスマスですよ。うきうきしますね? そう言われているみたいだ。  何度も来ているモールも違った風景に感じて、そうか、これだけ店があって、どこもかしこもクリスマスだからといろんなものを売っていて、すごく目移りする。  確かに、宗田の言う通りだ。  ここだけでもこんだけ店があって、店の中にはいっぱい商品があって、その中からプレゼントを選ぶ。一つだけ。大変だ。渋谷だの原宿だのに行ったら、迷う間もなく今日が終わってしまいそうだった。  というわけで、とりあえず一回モールをぐるりと回ることにする。真ん中に大きな吹き抜けのあるモールなので、移動距離がいやに長いけれど、普段一応鍛えてるので問題ない。見て回りながら訊く。 「予算、いくらくらいなの」 「決めてねぇんだよなぁ。いくらくらいがいいんだろ。あんま高いのも引かれるだろうしさあ……」  予算が決まってないと、選択肢はもっと広いから大変だろうな。 「見ててなんかピンとくるものがあればさ、あんまり値段は気にしないつもりなんだけど」  なるほどね。  雑貨屋、服屋、アクセサリーに化粧品、色々と見て回って、ベンチに座って一息つく。  宗田は手すりにだらんともたれかかって、 「やっばい全然見当つかない」  そう言って愕然としている。とはいえ、俺も同じ気持ちだった。宗田にくっついて誠一郎へのプレゼント、何がいいかなってこっそり探したけど、 「あいつが何欲しいのか全然わかんねぇー」  そうそれ本当にそれ。 「何あげたら喜んでくれるんだろ」  本当になあ。心の中で俺は頷く。はぁ、と二人でため息をついた。 「検索したらさ、いくらでもこれをあげれば間違いないみたいの出てくるけど」  俺はスマホを見ながら言う。 「そういうことじゃないよね」 「そう、それな。ほんと」  宗田は起き上がって、 「え? てか智志も誰かになんかあげんの?」  そう訊いてきた。まずい。俺は『高校生 プレゼント 男子 嬉しい』と表示していた画面を消して、「違くて、想像の話。俺があげるならって、仮定」、そう言って誤魔化した。  宗田は頭の中が自分のことでいっぱいなのか、すぐに「はぁーどーしようかなぁー」と言ってまた手すりにもたれかかった。しばらくそのままそうなので、 「トイレ行ってくる」  そう言って立ち上がる。  歩きながら考える。  プレゼントって難しい。相手が何が欲しいかなんてわかんないし、だからこっちがあげたいものを素直にあげればいいって考えることもできるけど、だからって向こうがいらないものはあげたくない。  せっかくあげるなら喜んで欲しい。じゃあやっぱり、相手が欲しいものをあげるべきなんだろうか。  そういう風に考えて、悩んで、でも多分、それが楽しいんだ。  だってそれって、相手のことを考えるってことだ。相手のために時間を使うってことで、だからみんなプレゼントをしたいと思うんだ。だからプレゼントは楽しい。  そういう一つ一つの発見が嬉しかった。  トイレのすぐ近くの踊り場に特設店がオープンしていた。それが目に止まったのは、なんだか見慣れた雰囲気があったからかもしれない。近寄って覗き込むと、スポーツをモチーフにしたアクセサリーを販売していた。野球のものも沢山あって、実際のボールの素材を使用しているらしい。  ――これにしよう。  自分でもびっくりするくらいすっと決まった。もう、これ、って感じ。  多分これ以上のものはないだろうという感じだった。今日、ここに来た意味だ。看板には『期間限定・関東初出店!』って書かれている。  そのまま勢いで買っちゃおうかと思ったけど、さすがに一旦トイレに行って、ちょっと気持ちを落ち着かせた。  でも、俺の気持ちはもう決まっていた。  改めてお店を見る。  予算は三千円。とはいえ、実際には五千円くらいまでは誤魔化して出すつもりだった。見てみると、キーホルダーが三千五百円。うん。本当にぴったり。 「あの、これ、ひとつ」  野球ボールのちっちゃい版みたいなキーホルダーを指差す。 「プレゼントですか?」  店員さんがにこやかに笑いながら俺に尋ねる。  そうなんです、と言おうと思って、はたと気づく。  俺がプレゼントでこれ買うのって、変、かもしれない。  だってそれって明らかにクリスマスプレゼント、だし。  どちらかというと、俺がもらう側っぽい感じのもの、だし。 「無料でラッピングも承ってますので、ぜひ」  躊躇している俺に店員さんが言う。  その笑顔に励まされて、 「あ、じゃあ、お願いします」 「はーい」  なんでもないことのようにそのキーホルダーをラッピング袋に包んでくれた。  紙袋も余計にくれて、俺はそれをトートバッグにそっと入れた。  カバンを宗田のところに置いてこなくてよかった。何買ったんだよとか変に突っ込まれたらめんどくさい。  宗田のもとに戻る。遅かったなって言われるかと思ったけど、結局宗田は自分のことでいっぱいいっぱいみたいで、まだぐったりとしていた。俺は心の中で、宗田お前にも何かきっといいめぐりあいがありますようにと祈った。 「行くかー」  宗田は起き上がって、俺たちは再びモールを探索した。  ――最終的に、宗田は悩みに悩んで、雑貨屋の女性店員に相談してハンドクリームを買った。           *  年が明けて、まだ暗いうち、ほとんど徹夜状態で待ち合わせに向かって、駅には部員たちがぞろっと揃っている。二年生だけだ。一年生は多分あいつらで勝手にやってるだろう。 「あけおめー」 「あけましておめでとう」 「今年もよろしくー」  なんて各々に挨拶して、ぞろぞろと神社への道を歩く。  スポーツの神様を祀った神社で、学校からそんなに遠くない。県の中でも割と辺鄙なところにある神社だからか、道に人もまばらだ。とはいえ、今年は俺たちも引退の年で、夏は最後の大会だ。  俺の隣で寒がっている宗田に言う。 「初詣、マリちゃんと行かなくてよかったの」 「え? ああ、ま、さすがにな。こっち優先。一応事情は説明したし」 「へえ」 「いってらっしゃーいって言われたよ」  なんだかんだ、宗田とマリちゃんは順調そうだった。 「プレゼント喜んでくれた?」 「あ、そうそう。好評だった。あのお姉さんに感謝」 「良かったね」 「あれ、てかお前手袋買ったの? 新しいやつ?」 「え、ああ。うん、まあ、そんな感じ」 「へえ。なんかかっこいいな――って何にやにやしてんの」  俺はその手袋で口元を揉んで、「いや、気に入ってるから、ね」とだけ言った。  神社はやっぱりかなり人がいて、参道に並ぶ。視線を走らせると少し離れたところに誠一郎はいて、進藤とか、レギュラーの部員たちと真剣そうに話している。  やっぱり部内だと別グループだ。  本当は二人で来たかった。別にこれが嫌ってわけじゃないけど、……まあでも、クリスマスは一緒だったし。そう自分を納得させて、だらだらと喋りながら順番を待った。  そして賽銭箱の前に立つ。  たまたま、列のタイミングで誠一郎が隣に来た。  いや、それは実際はたまたまじゃなくて、俺がそうなるようになるべく調整した。大成功だ。今年はいい年になりそうだ。  二人で賽銭を投げる。  横目で祈る誠一郎を見ながら、まあ、これで十分。そう思った。  俺は手を合わせてお祈りする。祈る内容は前もってちゃんと考えてあった。  野球部のこと、誠一郎のこと、それから自分のこと。それから家族とか、世界の平和とか。欲張ったから長くなって、でも隣の誠一郎も動く気配がない。 「あいつら祈りすぎじゃね?」と後ろで声がして、さすがに顔を上げて手を離した。  そして当たり前のように別グループに戻って、解散。まだ夜が明けたくらい。  帰りの電車に乗って、宗田と二人で乗り換え駅で降りたタイミングでスマホが震えた。 「あけましておめでとう」  改めて誠一郎は言った。 「おめでとうございます」  二人で頭を下げ合う。顔をあげると正面に誠一郎だけがいる。独占してるって感じがすごく良い。  慣れない道を歩く。少しずつ朝が空を覆いはじめている。誠一郎は胸の前で手を温めるために揉んでいて、そこには俺と色違いの手袋がはまっている。 「子供の頃によく来た神社でさ。一緒に行きたくて。でも野球部の予定があったから諦めてたんだけど、やっぱ、どうしても。大丈夫だった? 疲れてない?」 「うん、大丈夫」  駅から歩きながら誠一郎は苦笑いして言う。 「まあ、もう初詣じゃないんだけどさ」 「有効期限内だよ、まだ正月だし。大丈夫大丈夫。神様だって二回も来てくれたらむしろ嬉しいよ」 「はは、その通りかも」  誠一郎の目が嬉しそうに笑って、誠一郎を笑顔にできたことに嬉しくなる。野球部のみんなと一緒にいるのはもちろん楽しいし、みんなで初詣できたのはよかったけど、なんだろう、やっぱり、ちょっとこれは違う感じ。  なんか、すごく落ち着くな。  会話が落ち着いて二人で歩く。俺は今誠一郎の隣にいて、誠一郎と同じ景色を見ていて、それは正月の冷えていて綺麗で特別な空気で。  神社にたどり着いた。小さい神社だけどさすがにそれなりに人がいる。俺たちは並んで、 「さっき、何祈ってたの」  待ちながら誠一郎が訊いてくる。 「ずいぶん長かったけど」 「せ、誠一郎だって、長かっただろ」  俺が誤魔化すようにそう言っても、 「欲張っちゃったんだ、いろいろ。大事な年だし」 「俺も。神様もびっくりしたと思う」  二人で笑う。  初笑いかな、って話して、初夢って結局いつ見る夢なんだっけ? とか話しているうちに順番がやってきた。  俺と誠一郎はお賽銭をもう一度投げて、両手を合わせる。  今度は、誠一郎とのことだけ。  百円玉を投げて、手を合わせて、誠一郎とのことを考える。でもそうすると気持ちがすぐ隣にいる誠一郎の方に向いちゃって、かえって考えがまとまらなくて、でもとにかく、ああもっと一緒にいたい、それだけかな、ああでも、せっかくだし。  そうやっているうちに、結局さっきと同じくらい長くなってしまう。  でも、隣の誠一郎も同じくらい長かった。           * 「また中身減ってる」  新学期、昼休み。宗田が教室で、パウチのチョコレートの袋を覗き込んで言う。 「見た目そのままでこっそり減らすのって、なんか詐欺みたいだよな。こういうのって問題になんないのかな」  それを聞いて、俺は考えていた。  ――誠一郎なら詐欺かどうかわかるのかな。  とはいえ、まあ、さすがに詐欺にはならないんだろうけど、じゃあどこからだったら詐欺になるのかとか、誠一郎ならわかるのかな。今日の夜聞いてみよう。  文句を言いつつもパクパクと食べている宗田を見る。 「ほら、もうなくなっちゃった」  そう言ってからになった袋を振った。 「お前、食うの早すぎだよ」 「そうか? こんなもんだろ」  指を舐めながら宗田はなんてことのないように言う。  俺はあっという間に食べられてしまったチョコを思う。見た目だけそのままで、中身だけしれっと減っていて、あっという間に食い尽くされて――。  それって、まるで、俺の誠一郎への感情――と、真逆だ。  なんて思う。  俺の誠一郎への感情。俺があいつを好きだってこと。それは実はずっとちゃんとそこにあって、そしてそれに気づいてしまって、それ以降減る気配がない。どんどんどんどん膨らんでしまって、パッケージはそのままなのに、ぱんぱんになって破裂しそうだ。  だから、こんな風に何気なく話をしているだけでもついつい誠一郎のことを考えてしまう。結びつけてしまう。俺の中に誠一郎が溢れてしまう。  俺、本当に誠一郎が好きだ。 「あ、移動しないと」  時計を見て宗田が言った。二人で美術室へ向かう。  廊下を歩いていると、向こうに見慣れた影。もう、遠くからでもすぐわかる。誠一郎だ。誠一郎も移動教室らしく、隣にいる進藤と何かを話している。誠一郎も進藤と話しながら俺に気がついたらしく、ちらりと視線だけ向けて、ちゃんと見ないとわからないくらい少しだけ、笑った。俺はちゃんと見ていたのでそれがしっかりわかった。  それだけで、十分すぎる。  俺にはそれで十分。  ――だけど、もうちょっとだけ。  欲張りな俺は宗田と話しながら、すっと誠一郎に近づけるように宗田と左右の場所を入れ替えて、誰にも気づかれないように、すれ違いぎわに誠一郎の手の甲を指で突いた。  誠一郎がぶふっとむせる。それを聞いて俺はにやにやが抑えきれない。  誠一郎とはそのまま離れていくけど、俺の指先がじんわりあったかい。 「智志、何、どうしたよ」  宗田が不思議そうに尋ねてくるので、なんでもないと誤魔化した。

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