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第1章:再会 2

――パシャッ、パシャッ。 静寂に包まれているスタジオ内にシャッターを切る音が響く。真っ白なバックスクリーンの前に立ち、ポーズを決めるのはもう何年もやっている仕事だから慣れっこなのに、カメラのレンズ越しに『見られている』かと思うと、胸がざわざわして落ち着かない。 時折「いいですね」と由利に投げかける声にいちいちビクッとしてしまい、スタジオ内が少しざわつくのが分かる。由利はこの仕事をにプライドを持っているのでいつも堂々としているし、自信があるように見せているからか、らしくないというスタッフの声が聞こえてきた。もちろん、いつも通りにできないのは自分が一番よく分かっている。 すると、絶え間なく響いていたシャッター音が急に止み、カメラの後ろからYURIがひょこっと顔を現した。 「少し休憩しましょうか、由利さん」 「あ、す、すみません……」 「いえ。コンディションが悪いなら一旦リセットしましょう」 せっかく楽しみにしていた仕事なのに、自分の弱い心が顔を出して現場に迷惑をかけるなんて前代未聞だ。本当に情けなくて、スタッフから「気にしないでください」と言われてもぺこぺこ頭を下げながら謝るしか方法がなかった。 「すみません、少し一人にしてください」 マネージャーの萩尾にそう言って、控え室に帰った由利はペットボトルの水を飲んでから項垂れた。せっかくセットしてもらった頭をガシガシとかき回して、カメラマンのYURIのことを思い出す。マスクをつけた上にキャップを深く被っていたからちゃんと顔は分からないが、あの声と絡みつくような視線には覚えがあるのだ。 こういう仕事をしていると『見られる』のが普通だし、邪な感情を持って接触してくる人も、そういう目で見てくる人も多いので慣れっこだと思っていたのに。どうしてあの人の視線だけはこんなに突き刺さって、心臓が暴れ狂ってしまうんだろう。 ――コンコン 「……萩尾さん?今は一人にして欲しいって…」 「すみません、YURIです」 「ゆ、YURIさん…!」 マネージャーやスタッフじゃないのならこのまま無視するわけにはいかない。YURIのせいで調子が悪くなったなんて言えないし、初めて会った人に対して流石に失礼だ。控え室のドアを開けると、深く被ったキャップの下から由利を見下ろしているYURIと目が合った。 「体調悪いですか?大丈夫ですか?」 「大丈夫です、ご迷惑をおかけしてすみません……」 「それならいいんですが。もしコンディションが悪いなら日程を変えてもいいですよ」 「いやっ、それはスタッフにも悪いので大丈夫です」 「そうですか?じゃあ10分後にまた再開にしますね」 それだけ言ってくるりと踵を返すYURIの腕を、思わず掴んでしまう。引き止められると思っていなかったのか彼はキャップの下の目を丸くしていたが、腕を引いた由利もなぜこんなことをしてしまったのか分からず困惑した。 「……どうかしましたか?」 「あの、YURIさん……」 彼の腕を引いた手のひらからじんわりと体温が伝わって、由利の中に流れてくる。その感覚にまたどくどくと心臓が脈打ったのと同時に『久しぶり』に味わう感覚に、くらりと目眩がした。 「帽子とマスクを、取ってもらえませんか?」 「なぜですか?」 「あなたの顔を見たい、から、です……」 そう言うとYURIがフッと小さく笑う。YURIは自分の腕を掴んでいた由利の腕を逆に掴み、彼は控え室に入ってきて後ろ手で鍵を閉めた。腕を掴んでいたYURIの大きな手は由利の手のひらを撫でて、一本ずつ確かめるように指を絡めてくる。空いているほうの手がマスクの端にかかり、由利は口から心臓が出てきてしまうんじゃないかと思うほどだった。 「………マスクと帽子を取らないと、自分の義弟(おとうと)も分からない?」 マスクと帽子を取ったYURIの素顔を見て呆然とする。絡みつくような視線と声は、やはり予想通りの人物のものだったのだ。 「(らん)……」 椿藍(つばきらん)、24歳。3歳違いの由利の義弟だ。大人になってからほとんど会っていなかったからか、素顔を見るまで藍だという確証がなかった。なんせ由利が藍とまともに会った最後の記憶は彼がまだ中学生の時。成人式の時は写真が送られてきたが、直接会ったのは藍が中学生の頃が最後のような気がする。 成長した藍を見て『大きくなったな』とか『売れっ子カメラマンになったなんて誇らしい』とか、そんな感想よりも先に『どうしてここに』という気持ちのほうが大きい。彼とはあまり良好な関係ではなかったというのもあるし、由利と同じ名前で仕事をしている意味も分からず、頭の中が混乱した。 「兄さんとちゃんと会うのは8年ぶりくらいかな?僕たちが家族になってからは10年経つけど」 「……」 「積もる話はあるけど、話してる暇はないね。撮影再開まであと5分くらいしかないから」 「藍、ちょっと待って」 「ん?」 どうしてこうも、淡々と話ができるのだろうか。わだかまりを残したまま離れたのは由利のほうで藍と気まずくなることがあったからなのだが、彼は違うのか?そのことについて怒っているとか、恨んでいるとか、そういうことはないのだろうかと勘繰って背中に冷や汗が伝う。そんな由利の様子に気がついた藍は、汗が滲む額にそっと触れた。 「兄さんのことを恨んでるとか、あの時のことを怒ってるとか、そんなのはないよ。そんな次元はすでに過ぎたから」 「藍、俺は、あの……」 「兄さん、それよりも撮影どうする?続行する?それとも嫌いな弟だって分かったから心の準備をさせてって、みんなに頼んで延期してもらう?」 困っている由利を楽しそうに見つめる藍にからかわれているのが分かる。彼は小さく笑いながら絡めた指を一本ずつ外していき、指の股を撫でてきた。弟にいいようにされるなんてまるで『あの頃』と同じような状況に、ここが仕事場なのにもかかわらずぞわりと背筋が粟立った。 「…そんないい加減な理由で延期するわけないだろ。こっちだってプライド持って仕事してるから」 「………うん、知ってるよ。じゃあ撮影再開しようか、兄さん」 ノースリーブの衣装を着ている由利の細い腕を撫でて、藍はにっこりと笑って見せた。

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